第12話
「調べものですか、店長?」
田丸さんに顔を覗き込まれて、僕は慌ててスマートフォンから顔を上げた。
「いや、大したことじゃないんだ」
まさか「正社員」「アルバイト」「恋愛」などというキーワードでネット検索を繰り返していたとは言えない。
注文していたビールや酎ハイのジョッキが大量に運ばれてきて、僕はスマホをワイシャツのポケットにしまい込んだ。
今夜はアイラさんの歓迎会だ。
全従業員が居酒屋「幸子」に集まっている。柏木書店御用達の居酒屋だ。何か祝い事があるとこの店に集まるのである。柏木書店の方はいつもより二時間前に閉めてあった。
「どんどん飲んでってくれよ!」
カウンター奥の厨房から、仁志が声を張り上げた。混み合った店内にも関わらず、こちらの座敷まで声がよく通る。さすが僕とは違って、二代目としての貫禄が仁志にはあった。
「じゃあ、ほら、店長。一言」
お酒が行き渡ったところで、朝のスタッフ三人組から催促される。甲斐田さん、増田さん、小田さんの三人は、中央の席に座らされたアイラさんの両脇をすでにがっちりと固めていた。
……うーむ、嫌な予感しかしない。
「あー……じゃあ、まぁ」
僕はビールジョッキを持って立ち上がった。
「今日はアイラさんの歓迎会ということですが、新年会も兼ねてますので、皆さんどんどん飲んでください」
大した挨拶もないが、こちらを見上げているアイラさんと目が合って、僕は言葉に詰まりかけた。
三角座りで酎ハイのジョッキに両手をちょこんと添えている、そんな彼女も可愛らしかった。
「乾杯」の合図の後、場はすぐに盛り上がり始めた。
アイラさんは朝の三人組から質問責めにあっているようだったが、斜め向かいに座っている僕の位置から会話の内容はよく聞き取れない。
辻君と田丸さん、それにお昼のスタッフである藤井さんが僕の周りで大学卒業後の進路のことについて話に花を咲かせている。藤井さんは三十代の女性だが、歳が近い分、辻君と田丸さんの相談に乗ってあげているようである。僕はといえば、新卒で小さい出版社に入社した後に一度失敗して地元へ帰ってきているので、二人に偉そうなことは言えなかった。
どちらかというと、辻君は田丸さんにアタックをかけないままアルバイトを辞めるつもりなのか、僕はそこばかりが気になっていた。
「圭ちゃんのどんなところが好きなわけ?」
ふいに甲斐田さんの声が鈍器で殴られたように耳に飛び込んでくる。
「ちょ、甲斐田さん!」
「それ、あたしも気になってましたっ!」
ハイハイと田丸さんが手を上げる。すでに相当酔っ払っているように見える。
アイラさんの方は顔が赤くなったり、酔っているような兆候は見られない。
だけどそもそも、天使ってお酒を飲んでも大丈夫なのか?
「店ちょは、とてもやさひい人れす。いつもわたひのはなひをきいてくれへ、笑ってくれると、ぽわわぁ〜んとちちゃいまふ」
ぽわわぁ〜んとした表情で虚空を見つめながら、アイラさんは言った。全然だめじゃないかッ!
「おぉーッ!」と茶化すような感性が上がる中、僕は彼女の背中からにょきにょきと純白の翼が生え始めているのを目撃して、口の中のビールを盛大に吹き出してしまった。
「ぶはぁッ⁉︎ げほ、げほ」
「あぁ、もう、なにやってんのよ、圭ちゃん」
小田さんが立ち上がって座敷を離れる。台ふきんをもらってきてくれるらしい。
(い、今だあぁぁーッ!)
僕は空いたアイラさんの隣の席へダイブした。
(アイラさん! 背中! 羽ッ!)
「はぇ……? なんでふか?」
どういう原理か知らないが、翼はすでにぐんぐんと大きくなっている。
だあぁ、もうッ!
こうなったら!
僕はアイラさんの肩に手を回して、彼女の背中を思い切り自分の胸元へ引き寄せた。
「うひゃあぁ〜ッ! 店長、大胆……!」
田丸さんが顔を真っ赤にしながら悲鳴を上げる。
僕は周りの反応を無視してアイラさんをさらに引き寄せた。
(翼! しまってください!)
「あぁ……ふぁ〜い」
目をとろんとさせたまま、ようやくアイラさんは背中の翼を収めた。
だが、それだけでは終わらなかった。
アイラさんが、猫のように僕の首のあたりに頬をすり寄せ始めたからである。
「せんじうのよおに、ぎゅうぅ〜っと、していただけるのでふね」
「なになに! もしかしてもうナニしちゃったの、圭ちゃん⁉︎」
「してないよ!」
わらわらと詰め寄る朝の三人組の向こう側、カウンターの奥から仁志が般若のような顔でこちらを睨みつけていた。
——だから、エッチなんかしてないってば!
アイラさんがふへへと妙な笑い声をあげて、さらに寄りかかってくる。
彼女の体が密着して、僕の鼻の穴は自然にぷっくりと膨らんだ。
……む、胸はじっくり触っちゃったけど。




