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最終話世界を売った猩々


 


 萩宮が移動手段を確保しようと、鬼にスクーターの撤去を頼んだ。リーダー格の男から自動車の鍵を奪えば、交番まで歩かずに済む。ミナカの嫁はすぐ忠告した。


 「飲酒運転なんてダメよ。車内で警察を待った方が良いわ」


 鬼が無言で立ち、男の両脚からスクーターを取り除く。彼はズボンのポケットを押さえ、抵抗したが萩宮に手の甲を簪で刺される。すっかり誘拐被害者から盗人へ変わり身していた。


 「己も()()()になる身なのだ」


 引き抜いて、鍵を強奪する。礼儀正しく、助け合いの精神を持つ日本人は震災の映像にしかいなかった。謝礼代わりの蹴りを彼の顔へ入れる。手の甲の出血に、リーダー格の男は悶えた。


 負傷している男達の呻き声が徐々に減っていき、生存者は僅かとなってしまう。人命を娯楽として消費される穢れた土地へ1台の黒いSUVが訪れる。


 彼らの近くで停車し、男は降りた。愛車に相応する屈強な体躯の彼がケーキ屋の店長だ。異常な空間へ希望の光は差し込む。彼が辺りの光景に、動揺を隠せなかった。


 「これ、本当に人間の所業か? ()()()()()()()()()()()がしたようにしか見えねぇぞ」


 脚の動かない男は誘拐行為を伏せ、終始被害者のような語り口で助けを求める。偶然通り掛かった無関係者と思い込む。


 「俺は誘拐犯を助ける義理なんて無いぞ。大丈夫だ、それ位喋れるならすぐ死なない」


 単独行動をする余裕が無い彰はSUVの傍へ行き、一先ず安堵した。ケーキ屋の店長が萩宮から鬼と男達の争いについての話を聞く。それは人体の破壊を目的とした、思想の無い行為だ。


 国産ミニバンを使う必要が無くなり、彼女は鍵を捨てる。飲酒のせいか、鬼が数歩先で地面に吐瀉物を出す。ケーキ屋の店長は背後から忍び寄ろうとした。


 しかし、鬼がその気配に気付き、振り向く。奇襲出来なかった彼は危険を承知で、強硬手段へ出る。横腹に拳を打ち込み、前蹴りを放つ。それを受けつつも、鬼が同じく左右の横腹へ拳を打ち返す。


 どちらも間合いから抜けず、攻撃の手を緩めない。蹴りや拳が容赦無く入っており、生者らしい戦いを行っている。


 手足を失った男達の犠牲を無駄にする程、怪物の身体が傷付く。それと同じくケーキ屋の店長もかなりの打撃を受け、無事で無かった。


 その様子を見ている萩宮は、中年男性の意図を汲めず不服そうな表情となってしまう。ミナカの嫁も関心を失い、ベビーカーを押してSUVの方へ行く。そして、彰の頭を意味も無く叩いた。


 ケーキ屋の店長が優勢とも均衡状態とも見える争いが数分程続き、両者は顔にいくつも痣を作り、息を切らす。未だ勝敗が着かず、単調な殴り合いで傷だけ増えていく。


 ケーキ屋の店長が腹部を殴ったと同時に、鬼は素早く彼の顎へ反撃の拳を打つ。喧嘩の範疇を超える予感をした萩宮が止めに入る。


 「これ位で十分ですわ。兄様には(わたくし)が付いてますから心配要りません」


 「お前はいっつも他人を利用して、健気な女を演じているな」


 蟀谷(こめかみ)を片手で押さえながら彼は、彼女へ苦言を呈す。萩宮が鬼を背後から抱き締めると、彼は無言でそれを受け入れた。彼女の手で容易に捕縛されている。


 10分後、パトカーと救急車がようやく到着した。鬼は手錠を掛けられ、警察官に両脇を抱えられながらパトカーへ連行される。ミナカの妻がオランウータンのぬいぐるみを抱き見送った。


 「俺達は2人でB()I()G()H()U()T()A()N()だ」


 ぬいぐるみは黒い眼帯を装着し、ライダースジャケットに着替えさせられている。彼女の奇妙な台詞を他の男女が聞き流す。配偶者の状況を深刻に捉えてない。


 「お労しや兄上」


 傷害行為の責任を鬼へ押し付けた萩宮も彼を労わる。鬼を乗せたパトカーは発進し、関係者の彼らが警察官の事情聴取を受けた。人間の残酷な死の事実しかそこに残っていない。


 2ドアSUVで住宅工事現場を離れた頃は、すっかり真夜中となっている。食事会の場所へ送り届けられ、彰だけ荷物を回収し、自転車に乗って夜道を走った。消灯している家しか彼を待っていない。


 その夜以降、人脈を使って法の裁きを上手く逃れた男は、半年間地元から放逐される。名前を出す事すら忌避され、節分の時期にケーキ屋内で()()()()()()()()が展示された。


 常連客の女子達に復帰を強く求められて、3月初頭、ミナカはケーキ屋従業員へ戻る。不祥事を起こした芸能人の芸能界復帰と同じく、客達が彼に対して甘い。


 

 悲惨な夜の出来事から2年の月日を経た8月下旬、彰はケーキ屋へ足を運ぶ。ミナカに送迎を頼む為、ショートケーキを購入し、隣の喫茶スペースへ行く。店長はその思惑を見抜いているのか、訝しげな表情だ。


 白いヘアバンドを着けている三つ編みの女子客が、オランウータンのぬいぐるみのトレーニングを補助していた。コスプレ用の白いセーラー服姿は目立っている。


 補助を受けていたぬいぐるみが、赤い女性用下着姿でベンチプレスを行う。人類文明の宣伝効果は霊長類の嗜好にまで及んでいた。


 専用トレーニング器具の傍に、白いハッチバック型クロスオーバーSUVの置物を並べている。黄金のメーカーエンブレムで、彰は高級車と把握した。彼が見慣れていないデザインだ。


 バーベルシャフトを左右の柱へ引っ掛け、女子客はぬいぐるみを降ろした。すると、横で立っていた長身の人物がマナー違反を指摘する。


 「マシンを使い終わった後に汗を拭き取らないと、()()()()()()()になりますよ?」


 白のシニヨンキャップを着け、黒いメイド服の上から白いエプロンの格好をしていた。ぬいぐるみの代わりに、女子客はスカートからハンカチを出して拭く。


 彼女と目線が合い、彼は逸らして、離れた席へ着席する。女子客がすぐ彰を指差しながら騒いだ。かなり警戒されている。


 「クロイ、あの不敬な奴から(わらわ)を守るのじゃ!」


 「下衆め! 妾を殺したくば、まずは貴様から死んでみせよ!」


 赤い鬼の恐怖に悩まされて、誰かの支えを欲し、彼は以前ケーキ屋で彼女へ無謀な告白を敢行した。その結果、危険人物の汚名を着せられている。残忍な怪物より扱いが惨めだった。


 ストーカー殺人事件の報道によって、ケーキ屋の従業員達は店内の監視を強化している。もし彰が三つ編みの女子客へ接近した場合、店長は迅速に彼を店から叩き出す。


 「お嬢様から何も奪うな」


 女子客のメイドを演じる人物は彼女の肩を持つ。人気アニメキャラクターのコスプレをしている2人が周囲の女子客達から写真を撮影された。彰は声を掛ける事すら許されない。


 彼がショートケーキを食べながら三つ編みの女子客の退店を待った。その最中に、1人の少年は店内へ入る。首から白い王冠のような装飾品のペンダントを下げていた。


 大きく無垢な瞳を持つ愛らしい顔立ちをしており、ライオンの子供と似ている。彰が近くを通り掛かった面識の無い彼へ伝言を頼む。


 「おいガキ、あのメイドに明日の朝、車出してくれって伝えろ」


 「Puta madre(くたばれ), Pinche mama(ドブカス) vergas」


 どの国の言語か分からない返答をした少年は、メイドの人物にその要望を伝える。車を『()()()』と言い間違え、性風俗店へ行く目的に曲解した。


 「くろあじゃ無くて車! クロイ、あの不敬な奴を絶対に乗せるで無いぞ! 命令じゃ!」


 「承知しました。Hijo de(クソ猿) putaは乗車拒否しますね」


 三つ編みの女子が退店しない限り、メイドの人物は彼女の指示に従う。誤解を招いた少年は三つ編みの女子の対面へ座る。そして、1ピースのショコラケーキを従業員に運ばせた。


 男子小学生の策略で移動手段を失い、彰が少年を睨んだ。それすらも男子小学生は都合の良い解釈をして、三つ編みの女子客に嫉妬被害を伝える。今の少年が()()()()な状態だった。


 彼女は彰と関わらない方が良い事を勧める。三つ編みの女子から(ヒル)と同じ認識を持たれていた。他者の善意に寄生し、幼稚な精神で生きている。


 男子小学生への抵抗を諦め、何の後ろ盾も無い彰はショートケーキの残りをまた食べていく。



  理解が難しい部分や細かい部分の解説を載せておきます。

 〇己も熱中症になる身なのだ。

  芥川龍之介著「羅生門」の下人の台詞「己も餓死する身なのだ」のパロディです。ふざける余力は彼女に残っています。

 〇日本人弄り

  昨今のSNS内における分断煽り(性差別、特定民族への中傷)の皮肉です。萩宮は兄様の絡まない事象の時だけ比較的常識を弁えます。

 〇ケーキ屋の店長

  前職が陸上自衛官です。ミナカを息子だと思っている人物の1人で、彼の扱いに長けています。

  毛嫌いしているハイラックス〇ーフは、ワックス磨きを命じた先輩、コンパで意中の女子を横取りした同僚の愛車でした。

  ケーキ屋のコスプレイベントを取り仕切っている人物も店長です。副店長とミナカを使い、若年層の客を集めています。

  萩宮が苦手とする53歳独身男性です。

 〇ヴェロキラプトルの群れ

  ケーキ屋の店長はスプラッター映画に興味を持っていない為、「ジュラシックパーク」シリーズを連想しました。

 〇萩宮の捕縛に無抵抗な鬼

  行動原理をすっかり見失っていたからです。わざと彼女の筋書きに乗っています。

 〇俺達は2人でBIGHUTANだ

  「メタルギアソリッドⅤ ファントムペイン」の台詞「俺達は2人でBIGBOSSだ」のパロディです。

  HUTANはインドネシア語で森を意味します。ミナカとぬいぐるみは運命共同体です。

 〇お労しや兄上

  「鬼滅の刃」の継国縁壱が上弦の壱、黒死牟へ言った名台詞から取っています。怪物と化した兄へ送る言葉の点で同じです。萩宮はミナカより数ヶ月早く誕生しています。

 〇三つ編みの女子客

  ミナカを兄と慕う女子、二田部秋菜にたべあきなです。A〇oファンの為、神様が左足で描いた顔と弄られています。彼女の名付け親はミナカです。

  「呪術廻戦 懐玉・玉折編」の天内理子(厳密には彼女の声真似配信者)のコスプレをしています。

  凶暴性の強い人間が周りにいる環境で育ち、強気な18歳女子となってしまいました。

  彰のような他人へ求めてばかりの自立していない人間を嫌っています。

  アルバイト先の差し入れとして、ケーキを良く購入する常連客です。

 〇メイドの人物

  「呪術廻戦 懐玉・玉折編」の黒井美里くろいみさとのコスプレをしています。

  秋菜のホールケーキ購入成約の謝礼&店内にハイラックス〇ーフの置物を無断で展示した罰です。

  この格好でデートする権利のオークションが勝手に開催される程、客から人気です。

 〇ぬいぐるみの格好

  「ゴールデンエッグズ」のボディービル部員ステファンのパロディです。大胸筋強制サポーターとショーツの設定です。

  若い女子と万博デートしたミナカを妬み、彼の妻が嫌がらせでさせています。彼女は年下の同性から慕われたい願望を持っています。しかし、扱いが下手な為、悉く嫌われています。

 〇ぬいぐるみの筋トレ

  大量消費社会や、作中登場人物に対する皮肉です。ぬいぐるみはボディビルブームで偽りの男らしさを追い求め、その結果、正反対の肉体へ成り果てた筋トレ愛好家を表しています。

  映画「ファイトクラブ」のロバート・ポールセン(ボブ)は、ボディビルのチャンピオンでしたが、競馬用のステロイド剤に手を出し、精巣ガンを患います。その治療で睾丸を失いました。

ステロイド剤の副作用によって体の一部が女体化しています。ボブもオマージュ元の1つです。

  副店長の配偶者、蔑称ユーザーは既に筋肉の育成で日常生活へ支障(サプリメントの摂取予定時間など)が出ており、危険な状態です。ボブと同じ末路を辿る可能性を持っています。

  少年期、映画「ファイトクラブ」を観て、テイラー・ダーデンに憧れたミナカは大量消費社会に踊らされています。

  自己満足でぬいぐるみへ乗り物の置物を与え、生きる為、多くの客にケーキを買わせています。

  様々なコスプレで自分を偽り、客の機嫌を取っています。常に彼の心は満たされません。

  最愛の兄様の妹を演じ続け、萩宮は精神崩壊と紙一重の人生を送っています。

  他者を虐める自分に慣れ過ぎた結果、ミナカの妻が息子と夫以外の人間にあまり好かれないです。

  凝り固まったクロスカントリーの理想像で、ケーキ屋の店長は車の買い替えが出来なくなっています。

  1度偽りの自分を演じた結果、秋菜は天内理子の口調、思考などに侵食されつつあります。

  PCゲームや深夜アニメに熱中し過ぎるあまり、彰が人並の青春を送れませんでした。

  これからも彼らは虚栄心に支配されながら生きていきます。

 〇SUVの置物

  〇ヨタ・〇ラウン(スポーツ)を基にしています。この車を天内家(コスプレ上)が所有している設定です。

  選ばれた理由は、中二病の天内理子が高級セダンより高級SUVを好みそうだからです。

  夫の運転で会社へ向かう最中、ミナカの妻は実車を偶然見つけ、〇ルシェ・〇カンと見間違えました。

  銀色のメーカーエンブレムが日光で黄金に見える事もあります。

  置物のメーカーエンブレムは〇ルシェと錯覚させる為、わざと黄金にしています。

  「呪術廻戦 懐玉・玉折編」の時代背景を考え、〇ルシオや〇ンチュリ―と迷いましたが、見栄えを優先しました。

 〇少年客

  副店長の息子、斎方櫻晴さいかたおうはるです。母親譲りの美少年で女子高校生から弟のように可愛がられています。

  無料でケーキを食べられるのは彼の特権です。平凡な10歳の男子小学生です。

 〇ペンダント

  「龍が如く8外伝 Pirates in Hawaii」のノア・リッチが着けているペンダントの模造品です。

  本家はノアの祖父が倒した巨大なイカ(クラーケン)の牙から作っています。

  模造品の制作者はミナカです。櫻晴に頼まれて作りました。

 〇くろあ

  某声真似配信者が〇野行動の動画で車を「くろあ」と言い間違えました。それから彼女の弄りネタになっています。

 〇非英語圏言語の罵倒

  母親からスラング英語を禁止されている櫻晴はスペイン語で代用しています。

 〇勝手に意味を変えられた彰の頼み

  性風俗店の早朝割引を目的に、彼がミナカへ車の送迎を頼んだ事にしています。

 〇承知しました

  「家政婦のミタ」を代表する台詞であり、2011年の流行語大賞にも選ばれました。

  ミナカはもう1つの台詞、「それは業務命令でしょうか?」を良く運転代行を頼まれた時に使います。

 〇赤ちゃんオランウータンのぬいぐるみの行方

  どこかの病院のナースステーションでマスコットキャラクター兼警備員となっています。

  テラノの置物(台座代わり)がセットです。ケーキ屋の宣伝も兼ねています。

 〇世界を売った猩々

  ミッジ・ユーロのカバー曲「世界を売った男」のパロディです。

  赤い鬼を裏でオランウータンのぬいぐるみ、アパアパが操っていた、無理のある陰謀論を暗示しています。

 


 ―――――――――――――――――――

 


 「〇滅の刃」の劇場版を観て、その影響で「赤く染まる夜」を書きました。全4話構成と読み易い長さですが、とても他人へ勧められる内容でありません。

 その過酷な条件で読んで下さった読者の方には感謝しています。ありがとうございました。

 もし次に短編を書く場合、残酷な描写の少ない内容にしたいと思います。

 

 

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