表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/72

啼子の里

「あまり我から離れるでないぞ? ここの湯は少々においが強すぎて鼻が効かぬのでな」


狐娘は上品な仕草で服を脱ぐと、丁寧に畳む。


「そんな無理をしてまで温泉に浸からなくても良いのでは……?」


曾良も一糸まとわぬ姿で狐娘と並んで湯に浸かることにする。現代では考えにくい風景であるが、当時の温泉は混浴が当たり前であった。


「何を言うておるか。ここまで来て湯に入らぬなど……つまらぬじゃろうが。旅として」


狐娘は尻尾を振って湯を波立たせながら、言い放った。


「それは、確かにそうかもしれませんが……」


曾良は、なぜか隣にいる狐娘を直視できなかった。


「なんじゃ、急に背中を向けて……」狐娘はそこで何かに気付いたらしく、不敵な笑みを浮かべた。「なるほど、我に肩でも揉んでほしいということじゃな~?」


「いっ!? いえ! 決してそういうわけでは……!?」


胸が妙に高鳴っているが、それは温泉に入って身体が温まっているからに違いない。曾良はそれ以上深く考えないことにしたのだった。


「遠慮せずともよい、たまにはこういうのも楽しかろう」


「いえ、本当に大丈夫で――うわあっ!」


肉球の感触を両肩で感じ、曾良はこそばゆさに悲鳴をあげるのであった。



 承和じょうわ四年(八三七年)、この近くにある潟山がたやまという山が大爆発し、この地から轟音とともに温泉が湧き出した。


 平安時代に成立した歴史書・『続日本後紀しょくにほんこうき』にも、そのような記載がある。


 一説によれば、この温泉が湧きだす轟音が「鳴声なきごえ」と呼ばれるようになり、これが現在の地名「鳴子なるこ」の由来とも言われている。


 ただし、「鳴子」の名前の由来については、もう一つの義経よしつね伝説に関する昔話の方が有名かもしれない。



 源頼朝みなもとのよりともから逃れるため、奥州へと向かっていた義経よしつね御一行。


 そこに同行していた義経の妻・郷御前さとごぜんは、ちょうどこの近くにある亀割峠を通りかかった折に、義経の子を産んでいた。


 しかし、なかなか産声をあげないその子の産湯として、この温泉を使ったところ、ようやく初めて声をあげたので、この辺りを「啼子の里」と名付けた。それが転じて「鳴子」になったという説が古くから伝わっているのだという。


「なるほど、その話は芭蕉先生が知ったら喜ぶかもしれませんね」


夕飯時に旅籠の主人から「啼子の里」の伝説を教えてもらった曾良は、芭蕉に思いを馳せた。


 目の前の狐娘は、焼き魚を綺麗に骨だけ残して食べ終えたところである。芭蕉の意識はまだ戻っていない。


「なんじゃ、我と一緒にいながら、他の娘の話をするとは……。妬いてしまうのう?」


「芭蕉先生を娘扱いするのはやめてください」曾良は思わず訂正した。「芭蕉先生は、私の大切な師匠であって、恋人でも異性でもないんですから……」


 それに対して、狐娘は特に反論することはなかった。ただただ、曾良の真剣な顔を眺めつつ、嬉しそうにほくそ笑むだけである。


 無性に腹が立った曾良であったが、九尾の狐相手に喧嘩を売るほど愚かではない。


 心を落ち着けるため、曾良はゆっくりと深呼吸をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ