平泉(十六)
降り始めた雨は勢いを増して、滝のような大雨となった。
芭蕉は、ひとまず火事の心配はなくなったことで、光堂以外の場所に意識を向ける余裕ができた。
(気は引けますが、やはり確認しておかねばなりません)
四の尾・遠見を再び使用し、約五百年後に義経堂が出来ることとなる、あの高台へと目を向けた。
『改変』によって、源九郎狐が同行しないこととなった今、その結末がどのようになったのか、見届けなくてはならない。
兼房のような想いが、いまの芭蕉にはあった。
(見えてきましたね……)
雨によって、燃え上がる持仏堂の火は消えつつあった。
「急に降ってきやがった。これ以上燃やすのは無理だな」
「これだけ燃えれば泰衡殿もお喜びになるだろう。この程度がちょうどいいのさ。山火事になったら消すのが一苦労だからな」
火のついた松明を手に、二人の兵がそんな話をしているのが聞こえた。
(間に合わなかったか……。源九郎狐が不在の今、判官どのの自刃を止める者はいない。恐らく、判官どのは奥方様とともに燃え落ちた持仏堂の瓦礫の下敷きでしょう)
四の尾・遠見を三度使用し、芭蕉は源義経へと視点を移す。
例え既に義経が亡くなっているとしても、芭蕉は「その姿を見届けなければならない」という義務感のようなものに駆り立てられていた。
暗闇に浮かぶ遠見の像が、別の景色に切り替わる。そこには、亡くなった義経の姿が映し出されるはずであった。
しかし、実際には、そうならなかった。
(これはいったい……どういうことでしょうか)
芭蕉は自分の眼前に広がる光景を信じられずにいた。
そこには、見知らぬ場所で楽しそうに宴会をしている義経と郎党たちの姿が映し出されていたのである。
並べられている料理は豪勢なもので、とても一日二日で準備できる量とは思えなかった。
(話を聞いてみましょう。なにか、この状況を理解するための手がかりがあるかもしれません)
義経たちが話している会話から、その宴会を企画した人物の名前が明らかとなる。
「再び、こうして遮那王様もとい、九郎殿にお目にかかることができる日が来ようとは。光栄でございます」
「こちらこそ。吉次殿の丹精込めたおもてなし、まことに痛み入った。本当にありがとう」
吉次と呼ばれた商人風のいで立ちの男は、義経の言葉に涙ぐんでいる様子であった。
(なるほど、吉次ですか。つまり、ここは金売吉次の館であるに違いありません)
どういうわけかは知らないが、義経たちは早くに泰衡たちの奇襲を把握し、余裕を持って平泉から出立していたのだろう。
金売吉次とは、三代・秀衡の命にて奥州で金を採り、それを都で売りさばいていた商人である。まだ遮那王と呼ばれる子ども時代の義経を最初に平泉へと連れてきた人物でもある。
もちろん吉次にとって、秀衡の遺言は絶対だと考えていた。
「生きていくためには、まずは自分たちで金が採れるようになることが先決です」
吉次は、世間話のついでに、義経に蝦夷地での砂金の採取方法などを教えているようであった。




