平泉(十四)
曾良は九尾狐の無茶な要求に困惑した。
「五百年前から残っている物など知っているはずが……」と言いかけて、ふと思い至る。
もし、火災などでお堂が全て焼けてしまったとしても、石碑や石灯籠などは残るのではないか。
「中尊寺は歴史ある寺院ですので、寺の者に訊ねれば、焼け残った物について詳しく教えてもらえるかもしれません!」
「なるほど、たしかに良い考えじゃ。それでは我も一緒に行こう。案内を断られるようなことがあれば、魅了の力を使ってやろう」
曾良と狐娘が連れ立って本堂に行くと、寺の者は狐娘を二度見したが、すぐに冷静さを取り戻して「何か御用でしょうか」と尋ねてくる。
事実をありのままに話すわけにもいかないため、曾良は「五百年以上前から存在していた石碑や石灯籠などがあれば教えてほしい」と要件だけを簡潔に伝えた。
結論から言えば、石は確かに存在していた。
ただし、それは石碑や石灯籠ではなかった。
案内してもらったのは、光堂よりも更に奥へ進んだところにある釈尊院の墓地に立っている五輪塔であった。
釈尊院五輪塔。
「これは、奥州藤原氏の三代・秀衡の時代に建立されたものと伝わる五輪塔です」
寺の者が丁寧に教えてくれる。
「よく五百年の時を超えて残してくれたものじゃ…」
狐娘が七尾を優雅に振りながら五輪塔に手を合わせるのを見て、案内してくれた寺の者は視線のやり場に困っている様子であった。
曾良は事前に九尾狐に頼まれていたとおり、寺の者の気を引くために声をかける。
「他にもいくつか境内に宝塔があるとお伺いしましたが、それはどのあたりなのでしょう?」
寺の者が狐娘から目を離した一瞬の隙を狙って、五輪塔に対して七の尾・改変を使う。
『芭蕉よ。我が出来るのはお主を五百年前に送り届けることまでじゃ』
九尾狐の声に送り出されるように、芭蕉の中に過去の風景が流れ込んでくる。
「拙者はいったい五百年前で何をすれば良いのですか!?」
『我に訊かずとも、これまでも度々やってきたことじゃろう? お主の光堂への想いを詠むだけでよい。それがお主の本心であるならば、五百年を超えて光堂を現代にまで残す助けとなろう』
「拙者の歌に、そのような力があると……?」
『芭蕉よ。お主が殺生石で狐娘になった時、最初に我が与えた狐の尾には何の力も残っていなかったのじゃ。しかし、覚えておらぬかもしれぬが、お主はその空っぽのはずの尾だけで力を使いこなした。つまり、それはお主が最初から持っていた力ということじゃ』
次第に、九尾狐の声が遠のいていく。途切れる直前、九尾狐はこう言い残した。
『そうじゃのう。その力、名付けるならばーー』
一の尾・言霊。




