平泉(十三)
「芭蕉の言うとおり、光堂は確かに存在していたのじゃ。先ほど義経堂前で我が七本目の尾を振るうまではな」七尾の狐娘は言う。
七本目の尾に秘められた力。それは、かつて九尾の狐が『改変』と呼んだ力であった。
その性質は、人や物の過去に干渉して書き換えることにより、現在の人や物の状態を変えるという強力なものである。
「にわかには信じがたいことです。いったいなぜ光堂を消してしまったのですか…?」曾良は半信半疑といった様子で、狐娘を見つめていた。
「我が『改変』したのは、源九郎狐という弟子の過去じゃ。奴は義経堂の前で我に『改変』の力を託し、自らに『改変』を使ってほしいと願ったのじゃ。『改変』の能力は術者本人には効果が及ばない。だから我に頼んだのじゃろう。実に賢い狐じゃ」
「源九郎狐はな、兼房という名の老武士として人々に認識されていったことで、狐に戻る機会を逸してしまい、自身の本来の姿すら忘れてしまったと言っておった。そうなった化け狐は、もはや狐でもなく、かと言って人間でもない憐れな存在となってしまう。無論、我は光堂を巻き込むつもりで力を行使したりはしておらぬ。源九郎狐を兼房という存在と完全に切り離し、兼房の役割を別の者に担わせるようにしたのじゃ。その時点で、力を行使した我以外のすべてが『改変』され、書き換えられたのじゃよ。その結果、光堂にまで影響が及んでしまったのは、完全に誤算じゃったが……。もしかすると、源九郎狐が兼房として平泉に留まり続ける中で、光堂を火災から守るような出来事があったのかもしれぬ。これは我の仮定じゃが、源九郎狐は、兼房とは別の存在となったことで、平泉に来なかったことになったか、もしくは、平泉から立ち去ったことになったのじゃろう。山火事が止める者がいなくなったことで、光堂にまで火が到達してしまった」七本を優雅に振りながら、仮説を披露する美しき狐娘。
「話が複雑でついて行くのがやっとですが、つまり、もう一度『改変』の能力を使えば、すぐに光堂を取り戻すことができるということでしょうか?」曾良は首を傾げた。
「我の力に期待してくれるのはありがたいことじゃが、『改変』には人や物に触れることが必要不可欠じゃ。改変したい過去の時点から現在まで存在している人や物がなければ『改変』は使いようがないのじゃ」
長命の源九郎狐は、もう平泉にはいない。
残っていたはずの光堂も、消えてしまった。
「北上川や衣川、山などでは駄目なのでしょうか」
「おそらく、それでは上手くいかぬじゃろう。『改変』の対象となるのは人と、人が作り出した物だけじゃ。五百年前からこの地に残っている建物などに心当たりはないか、曾良。『改変』後の平泉に詳しいお主が頼りじゃ」
「私が!?」曾良は予期せぬ話に目を丸くしていた。




