平泉(十一)
狐娘芭蕉と曾良は、とにかく義経堂を離れることにした。
謎は残るが、いつまでもこの場所に留まり続けるわけにはいかない。
今日の日暮れまでには、一関の宿に戻る約束をしているのだ。
一関と平泉は三里も離れていないが、それでも歩けば片道2時間以上かかる道のりである。あまり余裕はない。
「拙者は、これほど夢の内容を鮮明に覚えていられたのは初めてです。まるで、実際に目の前で起きた出来事であるかのように、生々しい光景でした」
「私が兼房の歌を詠んだため夢に影響があったのでしょうか」曾良が深刻そうな表情でそんなことを言うので、芭蕉は少し頬を緩めた。
「ふふっ、どうでしょうね……案外、忘れてしまっているだけで、曾良君こそ兼房の幽霊にでも会っていたのかもしれませんよ」
「そうかもしれませんね」曾良も微笑んだ。
石段を下りてしばらく歩き、衣川に辿り着く。
「義経堂から見た北上川は雄大でしたが、間近に見ると衣川もなかなか大きな川に見えますね」芭蕉が感嘆する。
「平安時代の末期までは、この衣川を越えた向こう側は蝦夷の勢力が及ぶ地域だったそうです」
北方に居住し、異なる風俗や文化を持つ蝦夷の人々は、大和政権の支配に抗っていた。
「そんな蝦夷の人々の中にも、共存を目指そうとした者がいたのかもしれませんね。陸奥国や出羽国では、一部の蝦夷の人々が共に暮らしを営んでいたと言われています」
衣川が北上川に流れ込む合流部より少し上流に行くと大きく蛇行している部分がある。
「ちょうどあの衣川が大きく曲がっている辺りに、和泉三郎こと、忠衡殿の居城があったのですよ。いまは田畑になっているようですが……」芭蕉は狐尻尾を振りながら、まるで見てきたかのように語りだす。
「そうなんですねぇ……」曾良は熱心に語る芭蕉の姿に思わず微笑んでしまう。
「あっ、曾良君。その顔は信じていませんね?」芭蕉は少しだけ頬を膨らませて言う。「実際、拙者はこの目で見たのですよ。まぁ、夢の中でのことですが、あの風景は間違いなく五百年前の平泉だったに違いありません」
「す、すみません。芭蕉先生の言葉を疑っているわけではないのですが、何だかいつもの芭蕉先生が戻ってきてくれたようで、急に嬉しくなってしまったのです」
「拙者はいつでも変わらず拙者のままですよ。もう、曾良君を置いて遠くへ行くつもりはありませんから、安心してください」そう言ってから、芭蕉は思うところがあったらしく言葉を続けた。「変わらぬものと言えば、ここまで来て光堂を見ないわけにはいきませんね。さぁ、急いで行きましょう」
中尊寺金色堂、通称・光堂とは、天治元年(1124年)に奥州藤原氏の初代・藤原清衡によって建立された仏堂である。
前九年合戦・後三年合戦で亡くなった多くの人々を供養するため、そして平泉を平和な国家にするために建てられたと言う。
「芭蕉先生。ちょっと待ってください」曾良は戸惑いの表情を浮かべていた。「いま、光堂を見に行くとおっしゃったのですか?」
「ええ、そのとおりですが」芭蕉は訝しげな表情で振り返る。
「あの、何かの勘違いではないかと思うのですが、光堂は……」曾良は口ごもりつつ、言った。「光堂は、だいぶ昔に焼け落ちて今は何も残っていないはずでは……?」




