目覚めと交渉──2
仲間。
それは確かに、昼に言っていた。
「お前はなにか違うだろ?……なんか分かんねぇけど、そんな気がする」
「そんな気がするって……」
何を言っているんだろう、この男は。
けれど、冗談ではないようだった。真剣な顔をして、デュランはこちらを見ている。
「いや、待ってくれ。根拠はあるんだよ、根拠は。そんな気がするって言っても、勘とか気分とか、そんなあやふやなものじゃない」
「……なんだ」
その物言いは、同じく怪力を持っている師匠の正反対をいくものだった。
あの人はユメルのことも、ただの勘で助けた人だからな……同じ怪力と言っても、二人は同類などではないのだろう。
まだ会って一時間も経ってない人間だけれど、そんな気がした。
デュランが口を開く。
「ほら。お前を殺そうと、首を絞めただろ?覚えてるか?」
「…………」
首を絞め、殺そうとしたことはなんでもないらしい。
その物言いだけでも、この男がどういう人間か分かると言うものだった。
マニを攫ったかと思えば仲間に勧誘する──なんだか、この男とはどう接するべきか分かりにくいな。
敵対心を持って接するのが、この場合の正解か?
「で、だ。まぁその時は本当に殺そうと思ったんだけどよ。こう……ぎゅっと」
「…………」
可愛らしい擬音とは裏腹に、やっていることは人殺しである。
全然可愛くなどない。
「お前が気絶したのが分かって……こりゃもう少しだと思ったんだよ」
「……それで?」
聞いていて、ここからは俺の知らない情報であることに気付く。
ここだ。ここから何が起こったんだ?
ユメルはどうなった?
「でな。その時に、空から鷲が降ってきたんだよ」
「……空から」
「空から──ああ、これはお前のことじゃなくて天の空のことな──」
「…………」
「それからあの、青髪のお嬢ちゃんを連れて飛んで行ったんだよ」
「…………」
それは。
つらつらと言われた割には、その情報はあまりにも重いものだった。
「さっきも言ったけどよ。俺は森の山育ちってなもんで、大抵の動物は見たことあると思ってたんだが……あんなデカい鷲は見たことなかったな。らしくもなくびっくりしちまった」
「…………」
それが、俺が気絶した後に起きた事か。
ユメルを乗せて、鷲が飛び立った。
ユメルを連れ去ったデカイ鷲。
そんな都合のいい存在は、世界中を探し回っても、一羽しかいないだろう。
「ルーク……」
「お。やっぱり知ってたか」
口尻の片方を上げ、こちらを覗き込んでくるデュラン。
しまった。つい名前を口に出し──いや、いいか。
あの後の状況を知るためには、いつか触れないといけない内容だろう。ここで出し渋って、後出しで知っていることを伝えるのは──印象が悪い気がする。嘘をついていると思われかねない。
こちらから情報を出したほうがいい。
「ルークってのが、あの鷲の名前なのか?」
「……そうだ」
「ふぅん。まぁ確かに、ルークって感じの見た目だったな」
その感想からは、あまり知性が感じられなかった。
「…………」
そんなことより、今はルークだ。
考えるべきことはいつまでも増え続けるけれど、考えるのをやめるわけにもいかない。
「青髪のお嬢ちゃんの声に反応したのか──すっげえ速度だったぜ。お前に意識がいってたとはいえ、俺が気付いた時には飛んでたからな」
「……飛んで」
「お嬢ちゃんを背に乗っけて、ビュンと」
その時の状況を、思い出すまでもなく口に上らせているようだった。
記憶を探る必要もないほどに、強く印象に残っているのだろう。
「どこに飛んだかなんて、大体の方角ぐらいしか分かんねぇぐらい速かった」
「…………」
多分、それは最終手段の一つだったはずだ。
戦闘力だけで言えば、師匠に続くルーク。
そのルークが蛮族を相手にできない理由は、単純に木が邪魔だということ──それ故に、俺たちが逃げられるよう近くの空を飛んで待機すると言っていた。そのルークが、ユメルを助けるためとはいえ、木の合間を縫って助けに入ったのだ。
よほどの異常を感じて──自分が行かなければいけないと判断したのだろう。
「おかげで、青髪のお嬢ちゃんは殺し損ねちまったな……マニだっけ。あの白髪の子を助けにきたのが、お前ら二人だけとは思ってなかったけどよ……まさかあんな化け物に出会うとはなぁ」
「…………」
もしかして。
これは、安心していいんじゃないか?
殺し損ねたということは、少なくともあの場からは逃げることが出来たということだ。今この場では、俺もデュランもその後のことは分からないけれど──当初の予定と似たように、ルークとユメルは蛮族から撤退できたのだろう。そこに俺とマニがいれば完璧だった──けれど最悪の可能性は回避した。
ユメルは捕まっていない。ルークもおそらく、共にいるはず。
それは、俺が殺されなかった事実以上に、俺にとっての嬉しい情報だった。
まだ、俺達は戦えるのだ。デュランの言い振りから、マニは救うことは出来なかったのだろうけれど──まだ、間に合う。ここからなんとしても早く抜け出して、ユメルとコンタクトを取らなければ。
ユメルは諦めてはいないだろう。俺を当てにしなくとも、ルークがいなくとも、一人でここに乗り込んでくるだろう。
それに備えなければいけない。
「俺の聞き間違いじゃなけりゃ、あの鷲、人の言葉喋ってなかったか?聞いたことない声が聞こえた気がするんだよな」
「!」
聞かれたのか。
ルークの声を。
マニを救うことに関しては、それは特段、関係がないことだけれど──それはマズくないか。いや、何が具体的にどうマズいかと言われると分からないけれど、なんだかマズイ気がする──魔物の存在は別に、秘匿されているわけではないとしても(魔物達の森という名称があるのだ。知っている人は知っている)。
師匠ではないけれど、また。
嫌な予感がする。
「魔女の子。普通の人間にはないような連携をする二人の魔女の仲間。そいつらに協力的な、人語を話すデケェ鷲」
ちょっと待て。そういえば結局、俺を仲間に勧誘する理由は説明していない。今のところ、あの後にあった出来事を教えてくれているだけだ。
そこからどう、俺を殺さず仲間にしようとする理由に繋がるのか。
ルークを──ユメルを乗せて飛び立つルークを見て。
デュランは何を思った?
「お前らよぉ」
「────」
「何者なんだ?」
異世界。
折衷現象。
消える人間。
超常。
「…………」
「どうも……俺が知ってるガキじゃねえんだよな、やっぱり。お前らぐらいの歳の頃は、俺なんてなーんにも考えずに生きてたぜ。腹が減りゃ飯を食い、眠くなりゃ泥のように眠る……泥のようにってのは使い方違うか?」
「…………」
「これでもお前らよりは生きてるからな。人を見る目はそこそこあると思うんだけどよぉ……お前らは分かんねぇんだよな──どういう人生を送ってきた人間か」
何を目的に生きている人間か。
デュランはそう言ったのだった。
「ま、要は興味が出たってだけなんだが。なんだ?面白そうなことがありそうな予感っつうの?」
「…………」
そういうことか。
どうやら、デュランは単純に、俺達に興味を持っただけらしい。確かに、ルークを見た人間の反応としては、それは正しいのだろうけれど、ただ、こうも簡単に立場を変える変節者なのか、こいつは。
これは、どう対応するべきだ?
興味が出たなんていう理由で話せるほどに、俺たちの折衷現象に対する覚悟は甘くない。他人に情報を話すことで少しでも解決する確率が下がるならば──あいつを取り戻す確率が少しでも下がるならば、言わないことを迷わず選択するほどには覚悟を決めている。
これはおそらく師匠もユメルも同じだろう──折衷現象はそれほど、俺たちの根幹に深く根付いているのだ。
けれど、デュランが知りたいのはそこなのだろう。
「俺らが攫った白髪の……魔女の子とか言われてる奴はあんまり、そんな感じはしねぇけど。まぁでもどうせ、お前らと仲良くしてたんだ。あいつもなんかあるんだろ?」
「…………」
マニが折衷現象とは関わりのないということも、見抜いている。それに間接的にだけれど、そんなマニにも何かあるということも。
アンレスタの王女。
一国のお姫様。
「で、どうよ。俺の仲間にならねぇ?その情報と引き換えに、俺と──もちろん立場は対等でいいぜ。お前らは強そうだしな……俺に隠してることを除いても、即戦力だろうよ。筋力的な意味じゃ青髪のお嬢ちゃんはそれほどでもないだろうけど、頭は切れるだろう。今日お供についてたあの四人は使い物に──あぁこれ、昼に言ったか」
「……情報か」
「おう。お前らのヤバさを教えてみろよ」
「…………」
言うか、言わないか。実のある同盟になるかどうか。
見るからに自分の欲に忠実そうな男だ。自分の知りたいことはどんな手を使っても知ろうとするだろう。俺がここで言わなければ、暴力に訴えることも想像に易い。
最悪、昼の再来である。
けれど、かといって安易に言ってしまうのも──選び辛い選択肢だろう。
俺たちにとっては重要なことでも、この男にとってどれほどの情報になるかは未知数なのだ。他者にいたずらに吹聴するなんてことは、この男にとっては赤子の手をひねるより容易い。それが意味するのは──ここで話すということは、これから先、他人に事情がバレていることを常に考慮しないといけないということである。
折衷現象のことを、被害に遭っている俺たちが他者に言うことは有り得ないけれど、この男が外に漏らす可能性を常に考えないといけないということ。ただでさえ、簡単に依頼主とやらを裏切る、この姿勢の持ち主である。楽観的に見るなら、既に依頼が終了しているからというのがその姿勢の要因なのかもしれないけれど。でも、こいつにそんなものを期待するのはマズイだろう。
それ以外にも、師匠の家にある資料も危険に晒されるかもしれない。
「…………」
「……答えは出ねえか」
ここで──一つだけ。
気掛かりになることがあるのだ。
そう、マニのことである。
おそらく、この城のどこかにいるであろうマニのことは勿論、常に考え続けている。今までの会話からは、どこにいるのか、どういう状態かまでは分からないけれど──ユメルの友達である。
助けないわけにはいかないのだ。
もともと、マニの救出劇だったのだし──そこを見違えてはならない。
よりにもよって、折衷現象とは関わりのないマニである。魔女の子だからなんていう理由で捕まり、その上命の危険に晒されてしまったら。
まず間違いなくユメルは壊れるだろう。
魔女という存在について師匠に糾弾された直後に、魔女目的の集団に奪われるのだ。
自分の存在と、自分の先祖が残した伝承のせいで。
「……一つだけ」
「お?」
ならば。
たとえ俺の事情が他人に漏れたとしても、そこだけは完遂しておくべきだろう。
ユメルを牢から出した人間として。
ユメルに目的を与えた人間として。
師匠も同罪だけれど、まぁ、三日後になんとかしてもらおう。
「お前の仲間になるのに……一つだけ条件がある」
「……へえ。ここで俺に対して条件ね。その精神もやっぱり普通じゃねぇよなぁ──ま、その方が期待も高まるってもんか。条件ってのは?」
普通じゃないと思ってもらった方が、この場合は有利に進む。
そこを逃さない。
師匠の訓練を受けた人間が、そこを逃すはずがない。
条件は単純明快。
「あの白髪の女の子──マニの安全を保証しろ」