表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/49

侵入者──8

 と、昼の狩りが終わったのだろう、そこでルークの姿が見えた。その逞しい足には鹿のような獲物が肉塊となって握られていた。


「お。時間ももったいないし、狩りに行っておったんじゃよ」


 俺を見つけるなり、ルークはそう言った。翼の風圧は、いつものように凄まじかった。

 まぁ、時間も時間だ。わずかな時間を見つけて昼飯を見つけるのは、合理的だった。


「で、あの小娘は? あれからどうなったんじゃ?」

「ああ。あんな感じだよ」

「ん?」


 言われ、目線でマニを示す。そこには、ユメルと一緒に野菜を仕分けするマニの姿があった。

 

「……なんじゃ、ユメルの知っておる人間じゃったのか? 兵じゃないって予想は合ってそうじゃが」

「合ってるよ。兵なんかじゃなくて、ユメルの友達」

「友達……」


 ルークはまじまじと二人を見る。二人のその様子から、何かを感じ取ろうとしているのだろう。

 そうしているうちに、その目が少しずつ優しいものになった。 

 まるで孫を見るかのような、優しい目。


「ふむ。なるほどのぉ……細かい説明は本人にしてもらうとしても、ユメルのあんな顔」


 初めて見たの、とルークは笑った。翼を震わし、心の奥底から笑う。側から見ても嬉しそうなのが分かるような、そんな笑い方だった。

 ルークにとっては、ユメルもマニもおそらく俺も、同じようなものなんだろう──我が子同然とすら、思っていそうだった。

 ユメルとマニに対しては、俺もその節があるけれど。


「あれ?」


 と、そこでユメルがこちらに気づいたようだった。後ろを振り向き、俺の側にいるルークを捉える。


「いつの間に。ルークさん、狩りは……」

「魔物⁉」


 と。

 けれどそんなユメルの声は、後ろにいるマニの声で掻き消された。

 マニにとってはルークも初対面。魔物に見えるのは分からなくもない。

 ルークが前に出る。


「魔物じゃないわい。儂はルーク、鷲じゃよ」

「ルーク……鷲?」


 目を見開いて、ルークを観察するマニ。近くに行こうにも行けず、それでも目を離さずジッと見るその様子は、怖がっているというよりは好奇心が勝っているように見えた。ルークのような大きさの鷲は、今まで見たことがないのだろう。

 子供心に刺さる姿を、確かにルークはしている。


「儂はソラ達の……保護者みたいなもんかの?」


 こちらを見、ルークは首を傾げた。相変わらず、人間臭い言動に磨きがかかっていた。

 保護者……まぁ、大外れではないか。どこかの師匠よりかは何倍も、ルークは保護者のような働きをしている気がする。

 とはいえ、立ち向かう問題が、通常の尺度で考えられない問題という話はあるけれど。


「保護者かぁ。ソラが言ってた、アンレスタに詳しい人、ってこの人?」


 俺が言った「知り合い」を、マニはルークのことと思ったようだった。人ではないけれど、ニュアンスは確かにそんな印象ではある。

 ただ、もう一人いるのだ。

 化け物みたいな人間が。


「違う違う。ルークのことじゃないよ」

「そうなの? 今はいないの?」

「……今はね」

「ふぅん」マニは分かってるのか分かってないのか、微妙そうな声で頷いた。


 まぁ。と、思う。

 いつの日か──マニと師匠は、対面するのだろう。ここに来た以上は、マニのことは師匠に話さなければいけない。マニがここの場所を他の人に密告するとは思わないけれど、師匠が帰ったら、すぐにでもだ。

 この家の主は満場一致で師匠なのだから。


「……そんな感じじゃ。よろしくの」

「よろしくね」


 そうこうしているうちに、マニとルークは自己紹介を済ませたようだった。

 そこでマニがルークの翼を掴み、ぶら下がる。

 あれは……遊んでいるのか?


「よっと……なにこの翼! 筋肉すごいね?」

「そうかの? まあ飛ぶ度に鍛えているようなもんじゃからの」

「へぇ〜、私がぶら下がっても微動だにしないね」

「鍛え方が違うからの」

「ほえ〜」


 今出会ったばかりの二人は、まるで親友のように遊んでいた。

 ……俺が初めて見た時は驚いて、言葉を出すのに精一杯だったよな?

 殺されるとも思ったのに。

 どうやらマニは、信頼した相手にはすぐに心を開くようだった。それがたとえ出会って五分もたたない相手だったとしても、マニが信じるに値すると判断すればそれでいいのだろう。

 へぇ、と俺はルークの翼にぶら下がるマニを見る。

 アンレスタの王族として、養われた目なのだろうか。人を見る目なんて、大人だろうが精度は怪しいだろうに……師匠は例外だとしても。


「……お兄さん。手伝っていただけますか? マニが遊んでしまったので」

「あぁ。そうだね、分かった」


 いつの間にか後ろに立っていたユメルが、呆れたような顔でぼやいていた。今から昼を用意しようかというところで遊びだす友に、何を言っても無駄だと判断したのだろう。昔からの習慣も、それには入っている気がした。


「……ん、そうだ」


 そこで発想した。

 マニはいつまでここにいるつもりなのだろう。

 話を聞く限り、他の者には無断でここに来たらしいのだ。

 昼を四人で食べるというのは賛成なのだけど、ならば先にこれも聞いておくべきことだった。


「マニ。そういえば、いつまでここにいるの?」


 まさかずっとここにいるわけにもいかないだろう。アンレスタの王族に、どんな規則やしきたりがあるかは知らないけれど、一人娘を野放しにしていいとは思わないだろうし。

 マニにとって、辛い選択なのは承知の上だ。


「うーん」ルークの翼に掴まりながら、マニは天を仰ぎ考える。


 どう見てもバランスがいいようには見えなかったけれど、そこは若さだろう──不安定な場所にしがみついて遊ぶなんてのは、子供にとっては日常茶飯事だから、あんな体勢でも大丈夫なはず。俺も昔は、飽きもせずにやった記憶が残っている。()()()と一緒なのは言うまでもない。

 

「それなんだけど……ここにいるのダメなのかな」


 マニは笑った。


「私、ユメルと一緒がいいから。ここにいたいんだけど、ダメ?」

「ここにって……」


 それは、予想できた答えだった。

 ユメルとこれだけ仲がいいのだ、念願叶って牢から出たユメルと、一緒のままでいたいなんていうのは、マニにとっては当然の願いだろう。ユメルがここから離れるわけにもいかないのが、それに拍車をかけている。

 けれど、それが限りなく不可能に近いであろうことも──勿論予想済みだった。


「アンレスタ国の人達が、黙ってないんじゃない?」

「…………」マニの無言。

「ここにいるのは今は、知られてないとしても……いつかは見つかるんじゃないかな。国の王族が消えたとなったら、誰でも心配するだろうし」

「……そうなんだけど」


 どうやら、自分が王族であること、その事実の重さを、マニは自覚しているようだった。10歳、俺の三つ下とはいえ、生まれた時からそんな環境に身を置けば、誰でもそうなるのだろう。

 王族故の責任。

 王族故の重圧。

 思えばユメルを救えなかったのも、その身分が邪魔をしていそうだった。


「でも、あんなところに戻りたくなんて……ないの」

「……戻りたく」

「ないの。あんな頭のおかしい人ばかりの国には」

「…………」


 ユメル関連の対応で、マニのアンレスタ国への印象が、考え得る限り、最低のものになっていそうだった。

 ユメルを魔女と断定し、監禁。そこから死罪へ。

 魔女の捕獲を喜ぶ国民からしてみれば、それは一種のお祭りのようなものだったんだろう──悪しき魔女が居なくなる、その日は国の記念日にすらなりそうな雰囲気だったはず。

 その中の、まさに中枢。そこにマニは一人、ぽつんといたのだ。

 それは、どんな気分だったのだろうか。

 実の親にすら、そんな気持ちを持ってしまうほどの、その環境下にいるのは。


「だから、ね? ここにいさせてくれないかな」

「……うぅん」

「ダメ?」

「……とはいっても」

「いいんじゃないかの?」


 と。

 そこで、ルークが口を挟んできた。 

 バサリと、翼を震わせる。


「せめて、リュークが帰ってくるまで。そこらまでは、ここにいてもいいじゃろう。あやつがどう考えるかを聞くまでは、無闇に返す方が危険な気がするぞい」

「……なるほどね」


 師匠。この家の主にして、折衷現象に立ち向かう仲間の一人。

 その帰りを待ち、考えを聞く──か。

 それは、確かに一つの正解に思えた。

 あの人の案無くして、俺が大事なことを決めるべきではないだろう。マニは折衷現象に直に関係しているわけではないが、今後の行動に影響が出かねないことだから──また、あの人を頼りにしてもいいはず。

 師匠にまた頼ろう。

 これが結論だった。

 成長していないと言えば、それはその通りだが。

 が、こんなもの、一人が決めることでもない。


「……そうだね。師匠の帰りを待つまでは、いいか」

「……師匠? リューク? 誰かな?」

「ああ」


 マニが不思議そうな顔をしていた。記憶を探り、今までの話に出てきたかどうかを思い出している。

 俺は師匠のことを説明した。といっても、さんざん「知り合い」として、特徴を言ったような気がするが──それ以外にも言うべきことは、異世界関係以外でも、山のようにあった。


「──へぇ。じゃあ、その人がここのリーダーみたいなものなんだ」

「……そうだね。今はいないから、帰りを待つまでは、ここにいてもいいと思う」

「本当? やった。いつ? いつ帰るの?」

「ええと」


 きらきらと眩しい、今にも輝き出しそうに笑うマニを尻目に、俺は考える。

 師匠の帰りがいつであるか、だ。

 ルークも知らない、ユメルも知らない。俺も知らないとなれば、ここで俺はマニに知らないと言うしかないのだけれど、そう言うのも躊躇われるだろう。マニの子の顔を見れば。

 マニがここに、それこそずっとここにいるというのは、おそらく有り得ない。いつかどこかで、アンレスタ国、アンレスタ城に帰らなければいけない──マニがここにいればいるほど、ユメルの危険度が跳ね上がり、ついでに俺の危険も迫りやすくなる。それはマニの望むところではないはずだ。

 とはいえ、師匠がいつ帰ってくるかは、俺達はやっぱり──


「五日後ですよ」


 ユメルが口を開いた。


「昨日聞いたので、正しくは四日後ですか」

「! ユメル、知ってるの?」

「はい。昨日聞きました」


 なんということもなさそうに、ユメルはそう言った。

 あれ。

 ユメルも、師匠の帰りがいつだったか知らないんじゃなかったか? たしか師匠は、誰にも伝えずに行ったと……

 今日の朝を思い出してみる。朝起きて、箒を持ったユメルに会い、外に出て、ルークに師匠の帰りを──


「ありゃ。儂の勘違いかの?」


 そうだ。ルークが言っていたのだ。

 おそらくユメルも知らないだろう、と。

 どうやら、その予想は外れていたようだった。

 ユメルは朝、俺が起きる前に、師匠と話をしていたらしいのだ。つまりこれは、その時に聞いた──のか。


「かかか。聞くはなんとかっていうが……こんなこともあるんじゃの」ルークは悪びれる風もなく、そう言った。


 いや、ルークは悪くないか。確認を怠ったのは、他の誰でもない自分である。師匠の帰りなんて、いつかは帰る、ぐらいにしか考えてなかった、そのツケが回ってきたのだろう──まさかこんなところで必要になるなんて、考えなかった。


「四日かぁ。短いような──短いような……そっか」


 少し残念そうに、マニは言った。

 四日というのは、微妙なラインだろう。長いとも思わないし、短いと言い切ることもできない。すぐに過ぎそうで、そうでもないというような間隔。

 マニにとっては、言葉通り、短いのだろうけれど。


「まぁ、ここにいれるだけで、私にとってはいいからね……それじゃ、改めて」


 俺にとっては、二度目の改まりである。


「この四日間、よろしくお願いします」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ