侵入者──6
ユメルにマニを会わせるべきか。それに対する解答は、俺には分からなかった。
どうやら、ユメルのことを知っているのは本当みたいだけれど。
それでもなぁ。
いや──いや、まぁ、本当のところは、結論はもう出てるんだろうけれど。
「ソラはあの子のこと、どこで知ったの?」
マニは不思議そうな顔をしていた。
リゲル国の人間が魔女を知っていることに対して疑問を持つことは、筋が通っている──森に阻まれているのもあって、あまり国交があるわけではないのだ。
「知り合いがね……そこらの情報に詳しくて」
「ふぅん?」
師匠のことを伝える必要はまだない。今ここにいない人の細かい素性なんて聞かされても、混乱するだけだし。
「実は、その人のおかげで魔物に襲われなかったりする」
「へぇ? その人のおかげ?」
「うん。この森の魔物に喧嘩ふっかけて全勝するような人」
「ふふ。ソラの冗談、あまり面白くないね」
勿論、冗談ではない。俺もルークから聞いただけで実際に見たわけじゃないけれど、あの人ならやりかねない。
と、思う。
「それで、あの子、どこにいるのかな?」
「…………」
「ソラは知らないの?」
「…………」
どうしようか。
どこにいるのかを教えて会わせる、それ自体は簡単なのだ。来た道を戻るだけでいい。なんならそこにはユメルだけでなく、帰りを待つルークの姿もあるだろう。
箒を持ったユメルが目に浮かぶ。
自虐的な会話をするユメルが。
「……知ってるよ。場所」
「!」
多分、過保護な考え方なんだろう。
今のユメルに余計な刺激を与えるべきではないなんて、そんな考え方は。
俺が救出した。その事実がなにか、ユメルに対しての不要な思考を俺の頭の中に生んでいる気がした。あくまで、俺とユメルは協力関係なのだ。間違っても親子などではない。
俺が守らなければいけないほど、ユメルは弱いのか。
「本当?」マニが目を開く。
「俺があそこから連れ出したんだし。知ってるよ」
「教えてソラ。あの子に会いたいの」
信じてもいい気がする。ユメルが気負いすぎることなどないと。悪影響なんてないだろうと。
「……ここから、歩きやすい道に沿って真っ直ぐ。そこにある家に、俺の仲間といるよ」
歩いて、一時間ほど。
そもそもアンレスタ城から森まで歩いてきた疲労が蓄積されているマニの休憩を挟みながら、俺達は師匠の家へと着いた。
空を見ると、太陽が傾き昼頃を知らせている。
朝からなにも食べていない──いい加減にお腹が空いて来た。
けれど、ここからが本番なのだ。
気は抜いていられない。
「ここが……」
横に並ぶマニの顔は、あまり好印象なものではなかった。どっちかというと、困惑しているような顔をしている。
顔に出る、素直なタイプ。
「……こんな変な場所にいるの?」
それは、まぁ、皆が思うことだった。
一見、木なのか廃墟なのか検討がつかない。家の形なんて微塵もない。たとえ高名な大工を連れてきても、家だと判断はしない。
俺達は、そんな家に住んでいた。
「ここだよ。ここにいる。外にいないから、中だね」
「……誰が建てたの?」
「さっき言った、俺の知り合いが」
「…………」マニの無言。
俺は、それこそ師匠のように、顔から思考を予想してみた。ユメルよりかは幾分、表情が豊かだ、難しいことではない。
──どんな大男なんだろう。魔物に全勝なんてのも、あながち嘘ではないのかも。
という感じだろうか?
「……いや。あの子に会いに来たんだから。関係ないか」と、数秒経ったところで、マニは吹っ切れたらしかった。
ユメルに会えることを第一に考えるその姿勢は、なんというか、目を見張るものがあった。ユメルに会えるならば、と。
ふぅん、と。
俺は感心する。
それにしても、いつからの仲なんだろうか。口振りでは、少なくとも牢に捕らえられる前から知っていたみたいだったけれど。
王族のマニと、魔女の末裔ユメル。
一体いつ、出会ったのだろう。
きっかけも気になるところだった。
「あれ……」
と。
いつもの扉まで数歩と行ったところで、こちらに扉が開いた。端からみえる青い髪と、そこに入れる人間の可能性から、早くも、予想がついていく。
ユメルが顔を見せた。
「お兄さん? どこに行って……」ユメルが、こちらを見る。
と同時に、横にいる人間の姿が目に入ったようだった。
ユメルにしては珍しく、ぎょっとしたように目を見開く。そこまで感情が表に出るのは、ここに来てからは初めてだった。
「……マニ?」
信じられないというように口を動かす。ユメルの目は確かに、マニを捉えていた。
一応。
万が一。
もしかしたら、俺の思い違いかもしれない──その可能性が存在することに、俺は今、初めて気付いた。
マニとユメルがお互い知らない人であり、マニは場所を知るために送り込まれたアンレスタ国の敵の可能性──とか。ユメルのことを知っているというのは、マニの言葉でしか聞いていないのだ。嘘をつくくらいなら、10という年齢を考えても容易だろう。
けれど。
そんな俺の邪推は、どうやら取り越し苦労のようだった。
ユメルは、マニを知っていた。
「……なんでここに? どうして」
ユメルは、見つかるはずのない宝物を見つけたかのように、手を伸ばす。指は少しだけ震えていた。
「……ユメル!」
マニがユメルに向かう。後ろ姿からも、感情が抑えきれないまま走り出したのが分かった。
そのままユメルに抱きついた。
「ユメル! 会いたかった! ずっと」
「……マニ」
マニの目にはまた、光るものがあった。魔物に出会った時からそう間隔は空いていないけれど、それでも涙は止まらないようだった。