結婚宣言
令嬢たちの策略は日に日に巧妙さを増していった。宮廷内での地位を固めるため、彼女は奈緒に対する陰湿な攻撃を繰り返し、巧みに周囲を取り込みながら、奈緒を孤立させていった。彼女が奈緒の弱点を見つけ、そこを突くように仕向ける度に、奈緒は次第に宮廷の中での居場所を失っていった。
最初は彼女自身、ルシアンの支えがあればすべて乗り越えられると信じていた。しかし、令嬢たち、特にエリゼの策略は予想以上に巧妙で、彼女の足元をすくい、奈緒がひとりで立ち向かう力を奪っていった。日々の仕事に追われ、宮廷内での孤立感が深まる中、奈緒は次第に心が疲れ果てていった。
そして、ある晩。宮廷で開かれた宴の席で、エリゼはついに奈緒を公然と侮辱した。
「平民のあなたが王妃だなんて、国民が納得すると思って?」
その言葉が響いた瞬間、周囲の人々が一斉に息を呑んだ。まるで空気が凍りついたかのように、静まり返った。
奈緒は言葉を失い、その場で立ちすくんだ。心臓が激しく鼓動し、身体が震えた。何度も何度も、この瞬間が来ることを恐れていた。しかし、それでも現実が目の前に迫り、奈緒の心は深く傷ついていた。どうしてここまで侮辱されなければならないのか、どうして彼女がこんなにも自分を貶めるのか、奈緒の中でさまざまな感情が渦巻いていた。
そのとき、凍りついた空気を裂くように、ルシアンの声が響いた。
「黙れ。」
その一言が、まるで嵐のように宮廷の静寂を打破した。ルシアンが冷徹にエリゼを睨みつけると、周囲の人々もその威圧感に圧倒され、誰も口を挟むことができなかった。
そして、ルシアンは奈緒に歩み寄り、彼女の手を取った。その手は冷たく、しかし確かな温もりを感じさせるものであった。彼は奈緒の目をしっかりと見つめ、毅然とした態度で言い放った。
「この女性は、私が生涯をかけて守ると決めた人だ。誰であろうと彼女を傷つけることは許さない。」
その言葉が空気を震わせ、宮廷内に重く響いた。まるですべての時間が一瞬止まったかのように感じた。周囲の貴族たちも、ルシアンの言葉に驚き、しばし言葉を失った。しかし、その瞬間、奈緒の心の中にあふれる感情は、言葉では表せないほど複雑であった。
ルシアンが自分を守ってくれるというその言葉に、奈緒は一瞬目を見開いた。これまでずっとルシアンに支えられてきた自分は、彼のために尽くすことばかりを考えていた。だが、今ここで彼が自分を守ると言ったことに、奈緒は初めて深い感動を覚えた。
その瞬間、彼女の心は少しずつ解けていった。今までの恐れや不安、孤独感が少しずつ薄れていき、ルシアンが示してくれたその強さと愛情に、心から安心感を覚えたのだった。
「ルシアン……」
彼女は小さな声で彼の名前を呼んだ。その声には、これまで感じたことのない深い感情が込められていた。ルシアンはその声に応えるように、そっと奈緒の手を握り返した。
エリゼはその場に立ち尽くしていたが、次第に彼女の顔には怒りが浮かび始めた。彼女の思い通りに事が運ばないことに、エリゼは明らかに動揺していた。しかし、その顔を見たルシアンは冷徹に告げる。
「これ以上、私の妻を侮辱することがあれば、許しはしない。」
その言葉は、もはや単なる警告ではなく、確かな決意を感じさせるものだった。エリゼは、さらに口をつぐんだ。
その後、宴は静かな空気の中で続けられたが、奈緒はその場にいることが辛くてたまらなかった。エリゼの言葉が心に刺さり、さらにルシアンの言葉に励まされたが、それでも心の中に湧き上がる不安は完全には消え去らなかった。
だが、その晩、ルシアンと奈緒は久しぶりに二人きりでゆっくりと過ごすことができた。ルシアンは、いつものように冷徹な顔をしていたが、その眼差しの中には、確かに温かな愛情が込められているのがわかった。
「奈緒、心配しないでくれ。これからも君を守り続ける。」
彼の言葉に、奈緒はふと胸の奥に温かいものを感じた。彼がこれまでどれだけ自分を支えてくれていたのか、そしてこれからも一緒に歩んでいけることを実感した。その思いは、何よりも強く、何よりも大切なものであることを、奈緒は初めて感じた。
ルシアンに守られることで、奈緒は少しずつ自分を取り戻し始めた。そして、彼との絆が深まるにつれて、彼女の中にある不安や孤独感は少しずつ消えていき、心に温かい光が差し込んでいくのを感じた。
傷つけられ、孤独を感じた時こそ、ルシアンの存在が奈緒にとって何よりの支えであり、彼との愛の絆が、どれほど強いものなのかを知ることができた瞬間だった。