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労り

魔物との戦いから数週間が過ぎた頃、王宮では奈緒の名前がさまざまな形で語られるようになっていた。戦場での活躍が評価され、軍関係者や騎士たちは「勇敢な平民出身の女性」として彼女に敬意を抱き、親しげに接するようになった。一方で、貴族社会には彼女への嫉妬や軽蔑が渦巻いていた。


「奈緒様、また訓練場にいらしたんですね。」

騎士の一人が笑顔で声をかけると、奈緒は恐縮しつつも微笑み返した。

「はい。皆さんの稽古を見ていると、勉強になりますから。」


戦場で共に戦った経験のある彼らは、奈緒を特別扱いせず、対等に接してくれた。時折、剣術の基礎を教わることもあり、その時間は奈緒にとって大切な息抜きだった。


しかし、その光景を陰から見ていた侍女たちの間では、奈緒への不満が噴出していた。


「平民出身のくせに、戦場で少し活躍したからって図に乗ってるわ。」

「そうよね。ルシアン陛下のお気に入りだからって、気安く騎士たちと話すなんて。」


その言葉の背後には、嫉妬と貴族としてのプライドが混じり合った複雑な感情が隠されていた。


奈緒が貴族としての教育を受けるため、礼法の訓練や宮廷の行事に参加するようになると、嫌がらせは徐々に露骨になっていった。


ある日、礼法の授業に向かう途中、奈緒が廊下を歩いていると、突然足元が滑り、バランスを崩した。驚いて地面に手をつくと、床には水が撒かれていた跡がある。


「……誰がこんなことを。」


辺りを見回しても、人影はなく、聞こえるのは遠くから響く侍女たちの笑い声だけだった。


また別の日には、奈緒の部屋に届けられるはずの衣装がわざと汚された状態で届けられることもあった。高価なドレスの袖口に泥がついていたり、刺繍がわずかに引き裂かれていたりと、悪意を感じさせる仕業だった。


「私が平民だから……それとも、ルシアン陛下に近いから?」


胸の奥に湧き上がる悔しさを飲み込み、奈緒はただ黙って自分の課題に向き合った。


奈緒は、宮廷での厳しい礼法の指導や、貴族の令嬢や高位貴族出身の侍女からの嫌がらせに心身ともに疲弊していた。そんなある日の午後、ルシアンは奈緒を自室に招き入れた。部屋には上質な紅茶の香りが漂い、テーブルには美しく並べられたティーセットと、色とりどりの焼き菓子が置かれていた。


「少し休憩しよう。君の好きな紅茶を用意した。」ルシアンは穏やかな声で言い、奈緒に席を勧めた。奈緒は感謝の気持ちでいっぱいになりながら、カップを手に取った。琥珀色の液体から立ち上る蒸気とともに、心地よい香りが鼻腔をくすぐる。


「美味しい…」一口飲むと、優しい甘みと深いコクが口の中に広がり、奈緒の緊張した心をほぐしていく。テーブルに並ぶ焼き菓子は、サクサクとした食感のビスケットや、しっとりとしたフィナンシェ、果実の甘酸っぱさがアクセントのタルトなど、どれも見た目にも美しく、食欲をそそるものばかりだった。


「これらは、君が以前話してくれたお菓子を再現してみたんだ。」ルシアンの言葉に、奈緒は驚きと喜びで目を見開いた。「私のために…ありがとうございます。」彼の細やかな気遣いに、奈緒の心は温かさで満たされた。


しばらく静かな時間が流れ、奈緒は思い切って口を開いた。「私、王妃になる資格なんてないのかもしれません。皆に認めてもらえなくて…」声が震え、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。


ルシアンは静かにカップを置き、奈緒の手を優しく包み込んだ。「彼らに認めてもらう必要などない。お前が立つのは、彼らの隣ではなく私の隣だ。それを忘れるな。」その言葉は冷静でありながらも、深い愛情と信頼が込められていた。

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