王妃教育の始まり
次の日、私は王宮の広間に呼ばれた。高い天井に美しく飾られたシャンデリアが煌めく中、王座に座る王が待っている。そこにいるだけで、周りの空気が一変するのがわかる。まるでこの場所にいること自体が異世界の住人であることを実感させられるような、圧倒的な空気が漂っている。
私は震える手で、自分のドレスを整えた。王宮にいることに対する恐れと、何もできない自分への不安が交錯している。
「来たか。」
王の声が私を現実に引き戻す。私はうつむき、ゆっくりと王の前に進んだ。王は私を冷静に見つめているが、なぜかその目には少しだけ優しさが感じられた。それに気づいても、私は何も言葉を発することができなかった。
「今日は、君に王妃としての教育を始める。準備はできているか?」
王が言った言葉に、私は少しだけ息を呑んだ。王妃教育、という言葉に恐怖を感じるのは当然だろう。私はただのOLだったのだ。貴族としてのしきたり、教養、マナー……それらを一体どうやって習得するのか、全く自信がなかった。
「私は…」
言葉に詰まりながらも、私は何とかその先を続けた。
「私は、王妃にふさわしい人物ではありません。私には、そんな立場に立つ資格も力もない。」
王の目が一瞬だけ細くなるのがわかった。
「君は選ばれたんだ。」王の声は冷徹だが、どこか温かさを含んでいる。「ただし、王妃となるためには、君には強い意志と覚悟が必要だ。」
私はその言葉に、胸を強く打たれた。強い意志?覚悟?そんなもの、私にあるのだろうか?どうして、こんなにも早く試練が押し寄せてきたのか。私は心の中でその問いを繰り返しながらも、王の目を見上げた。
「君には聖女としての力がある。」王の言葉が続く。「その力を発揮するためには、この王国を救うために私と結婚し、王妃となる必要がある。そして、王妃としての教育は避けて通れない。君が持つ力は、この国の命運を左右する。」
その言葉に私は一瞬、言葉を失った。聖女としての力?私がそんなものを持っているなんて、信じられなかった。しかし、王の真剣な眼差しから、その言葉が嘘ではないことだけはわかる。
「それでは、何から始めればいいのですか?」
私は思わず声を震わせながらも、聞いてみた。これからどんな試練が待ち受けているのか、それが不安でもあったし、少しでも希望を持って進んでいけるなら、と思ったからだ。
王はしばらく黙っていたが、やがて口を開いた。
「まずは、貴族としての教養を学ぶ必要がある。礼儀、マナー、歴史、そして言葉遣い。この国のことを知り、この世界のルールを理解することから始めてもらう。」
その言葉を聞いて、私は胸が苦しくなった。歴史やルール、貴族としての教養…そんなもの、私には何もわからない。これからどれだけ苦しい思いをしなくてはいけないのか、その予感に胸が重くなった。
王は私の気持ちを察したのか、少しだけ表情を和らげた。
「最初は難しいかもしれないが、君ならできるはずだ。君の中には強さがある。どんな困難も乗り越えられる。」
その言葉に、私は少しだけ安心感を覚えた。王の言葉が、私を支えてくれる気がした。けれど、実際にはその後、私がどれほど努力しても、思い通りにはいかない日々が続いた。
教育の初日から、私はすでに大きな壁にぶつかっていた。貴族としての礼儀を学ぶための講義が始まると、私はすぐにその難しさに圧倒されてしまった。正しい姿勢を保つこと、食事のマナー、そして言葉遣い…どれも私にとっては馴染みのないものばかりだった。
その中でも特に難しかったのは、王宮内での立ち振る舞いだった。常に王族の目が私に注がれていることを感じ、少しでも不格好な振る舞いをすれば、すぐに指摘されてしまう。緊張と不安が私を支配し、心はすぐに疲れていった。
そして、最も厳しかったのは、王との距離感だった。王は私に対して冷徹に教育を施し、私の言動を常に見守っていた。けれど、その一方で、私が少しでも手を抜こうとすれば、すぐに厳しく指摘されることになる。私はそのたびに、自分が本当に王妃にふさわしいのかを疑うようになった。
「私は、こんなことができるようになるのだろうか…」
夜、部屋で一人でいる時、私は時折涙を流しながら、自分の不安と向き合っていた。しかし、少しでも王妃としてふさわしい人物になりたい、と思う自分もいた。私はその気持ちを胸に、次の日からも決して諦めることなく努力し続けることを決意した。
そして、王妃教育は私にとって、始まりに過ぎないのだと感じていた。それがどれだけ厳しいものであったとしても、私は歩み続けるしかなかった。そして、どんなに痛くても、私は王妃として、そして一人の人間として成長していかなくてはならなかった。