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プロローグ:異世界への誘い

雨がしとしとと降る夜、奈緒はデスクに突っ伏していた。

仕事漬けの日々。終わらない書類処理と、成果を認めない上司の言葉が、彼女の心をじわじわと蝕んでいく。


「こんな人生、いつまで続くのかな……」

ふと窓に目をやると、ぼんやりと揺れる街の明かりが雨粒越しに歪んで見えた。無機質な光に、自分の未来を重ねてしまう。


手元のカップに残った冷たいコーヒーを見つめながら、奈緒はため息をついた。気がつけば、もう深夜2時。明日も早いというのに、帰る気力さえ湧いてこない。


「どうして、こんなに頑張ってるのに……」

奈緒のつぶやきは、自分自身に向けた問いでもあった。けれど、その答えはどこにも見つからない。


疲れ果てた身体を椅子にもたれさせ、ぼんやりと天井を見上げる。そのとき、耳元で囁くような声が聞こえた。


「……願いは、あるか?」


奈緒は驚き、辺りを見回す。しかし、誰もいない。オフィスの中は静まり返っている。


「気のせい……?」


そう思った瞬間、目の前にぼんやりと青白い光が浮かび上がった。それはやがて形を持ち、長衣を纏った青年の姿となる。鋭い金色の瞳と冷たい美貌が、暗い空間に際立っていた。


「誰……?」

奈緒は咄嗟に椅子を蹴って後退る。だが、青年は動じることなく、柔らかい声で言った。


「我が名はルシアン。君を、私の世界に招きたい。」


突然の言葉に、奈緒は戸惑いを隠せなかった。夢でも見ているのだろうか。それとも、過労でとうとう幻覚を見るようになったのだろうか。


「私……疲れてるのかも。ちょっと休めば……」

奈緒が目をこすりながら呟くと、ルシアンは薄く微笑んだ。


「疲れているのは、その通りだろう。だが、これは夢でも幻覚でもない。」

彼は一歩前に進み、奈緒の前に跪く。まるで中世の騎士のような動作だった。


「君の心には、深い傷がある。だが、君には私たちの世界を救う力がある。」


「私が……?」


奈緒はただの平凡なOLだ。救える力なんて、自分にはないと思っていた。しかし、ルシアンの金色の瞳に射抜かれるように見つめられると、否定する気力も奪われてしまう。


「この世界で、どれだけ足掻いても救われないのなら、私の世界に来ればいい。」

ルシアンの言葉は、奈緒の心の奥深くに響いた。


確かに、自分の人生に疲れ果てていた。目の前の現実から逃げ出したいという思いは、何度も胸に浮かんでは消えていた。だが、それを口にする勇気もなければ、行動に移すこともできなかった。


「でも……私がいなくなったら、会社は……」


そんな言い訳が口をついて出る。けれど、ルシアンは冷ややかに答えた。


「その会社とやらが君を救ったことは一度でもあるのか?」


その問いに、奈緒は言葉を失った。彼の言う通りだ。自分はただ利用されているだけで、誰も自分を助けてくれるわけではない。


「……どうすればいいの?」

奈緒は小さく呟いた。それを聞き逃さなかったルシアンは、手を差し伸べる。


「その手を、私に預けるだけでいい。」


差し出された手は、どこか暖かさを感じさせるもので、奈緒の心の隙間に入り込んでくるようだった。


奈緒は小さく息を飲み、差し出された手にそっと自分の手を重ねた。その瞬間、眩しい光が部屋を包み込む。


「えっ……!」


視界が白に染まると同時に、奈緒の身体は宙へと吸い込まれていく。耳元には風の音が鳴り響き、胸が締め付けられるような感覚が広がった。


奈緒が気がついたとき、そこは見知らぬ森の中だった。生い茂る緑と、澄んだ空気。先ほどまでの雨の匂いも、冷たいオフィスの空気も、どこか遠い記憶のように感じられる。


「ここは……?」


目の前にはルシアンが立っていた。


「ようこそ、私の世界へ。」


そう言った彼の後ろには、遠くに輝く美しい城が見えていた。


奈緒はこれが夢なのか現実なのか分からないまま、ただ新しい世界に足を踏み出す自分を感じていた――。

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