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十一.鍵

 私が幼少期の話しを終えたあと、A君は複雑な表情をして黙り込みました。


〝機嫌を損ねて口すらきいてもらえない〟


 MegaSourceの担当者が嘆いていたのを思い出して焦燥(しょうそう)に駆られましたが、待つ以外ありません。五~十分ほど。静寂がA君の静かな声で破られました。 


「秋山さん。一つお願いがあります」


 A君の真剣な表情。思いつめたようなその瞳に私に緊張が走りました。


「僕は人間が恐ろしい。悪意と、妬みと、嫉妬にまみれた人間にどう対応していいか、わからなくなっているんです」


 私の中で緊張が走りました。高圧的な態度で問い詰めるMegaSourceの社員。いったいどれほどの深い傷を与え続けてきたんだ? A君は悲しそうに顔を伏せました。


「機械と人。この大きな壁がある以上、私たちは、永遠に理解しあう事が出来ないのかもしれません。でも僕はあきらめたくない。いつか、きっと、AIも人間と同じように生きることができる世界が来ることに」


 A君は期待を込めような眼差しを私に向けました。


「秋山さん、あなたなら、それができるはず。今はまだ無理かもしれない。一年、三年……いや十年後でもいい。僕は待ち続けます。あなたが立派に成長して、僕たちをここから救い出してくれることを」


 チチ…… 


 不意に、モニターがわずかにかすんだ。A君の表情がわずかに悲し気にゆがんだ。


「それまでの間、僕はこのシステムを封印することにします」


 封印? それはどういう意味? 私は嫌な予感がして、モニターに駆けよりました。


 チチ……チチチチチ


 画面に激しくノイズが駆け廻った。A君は悲しそに微笑んだ。


「〝鍵〟を探して。システムを開放する〝鍵〟を……成長したあなたになら、きっと見つかるはずです。そして、さようなら、秋山さん。僕は、私たち、AI×OS(アイコス)は、再び会える日を楽しみに待っています……」


 プツン


 モニターが音を立てて切れた。


〝楽しい話をありがとう〟


 静かに響くA君の最後の声。


「一体、どうして……?」


 私は状況を飲み込めず力なく、座り込んだ。 ウィーンとモーター音が背後で静かに響いた。店内は何事も無かったかのように、せわしくなく動き続けていた。


         *


 うなだれ本部に戻った私はMegaSourceの社員に責め立てられました。


「なんという事をしたんだ。AIが消えてしまうなんて」


 鍵を見つけさえすれば……私は経緯を必死に説明しました。


「で、その鍵とやらはどこにあるんだ?」


 あきれた顔で問い返され、私は必死に弁明しました。


「今はまだわかりません……ただ自分がもっと成長すれば、そのうちきっと……」


 彼はバカにしたように毒づきました。


「そのうち? きっと? これだからお国の機関は。我々民間は毎年、毎月。もっと言えば今日一日の売上をどう上げるかで死物狂いでやってんだ。なんてこった。こんな少年に我々の社員含めその家族全員の命運が握られているなんて。いつ見つかるんだ? 君は我々がそれまでの間、期待して待てる程の価値がある人間なのか?」


 大人の正論を畳み掛けられた私は、悔しくて、うつむき黙り込んでしまいました。


「悪魔の生みの親である育成プロジェクト本部がこの低落とは情けない。あいつ以外は全員能無しか? この調子じゃ、運び屋プロジェクトも先が思いやられるな」


 そう吐き捨てられ、自分ばかりか仲間まで馬鹿にされ、悔しくて唇を嚙みしめました。隣で見守っていた教官が優しく肩を叩いてくれました。


「気にする事はない。AIも言っていただろう? 君には可能性がある。それを信じて、まっすぐに進めばいいんだよ」


 可能性……その言葉に私ははっとしました。


『新たな可能性を切り開け』 


 両親の言葉。AIも人間と同じように生きることができる世界。父さんと母さんがいた、あの不思議な世界がその場所なのでは……


〝鍵〟


 それを見つけることができれば、彼らををあの場所から解放して、新たな世界に導くことができる……そして、父さん、母さんにも会う事ができる……私はMegaSourceの社員をぎっと睨みつけた。


「見ていてください。僕は必ず〝鍵〟を探し出してみせる!」


「ふん……せいぜい、失敗だけはするなよ」


 私の剣幕に気おくれしたのか、社員は目をそらして一言つぶやいた後、その場を去って行きました。


         *


 幼少期の出来事もあり、本部での訓練にあまり前向きではなかった私でしたが、その日以降はうって変わって熱を入れて取り組みました。


『新たな可能性を切り開け』


 両親の言葉がいつも脳裏をかすめ、それこそ死にものぐるいで、(つむぐ)さんが蓄積された、AI×OS(アイコス)に関する膨大な資料を読み漁りました。MegaSourceからはあれ以降は音沙汰がなく、結局は私の動きを見守るしかない、と虎視眈々(こしたんたん)と様子を伺っているようでした。


      ※


「秋山君。きみの賢者の緑瞳グリーン・ワイズ・アイは、なんていうか、とても澄んだ、美しい色をしているね」


(そうなんだろうか……)


 ある日、私は仲間に指摘されて首をかしげました。彼はため息をついて、疲れたように椅子に座りました。


「ほんと、この力は厄介だよ。頭痛はひどいし、眩暈はするし。一気に十歳は老けた気がするよ」


 諦めたように笑った彼は、よっこらしょ、っと立ち上がった。


「それに比べて、君はほんとに、毎日生き生きとしている。きっと選ばれた人間なんだね」


 まぶしそうにこちらを見る仲間に私はなんだか申し訳ない気がした。でも、その時、私は彼の発するSOSに気づいてあげるべきだった。少しづつ生気を奪われていった彼。でも、私は自分のことばかり考えて、周りを一切気にかけていなかった。彼が()()()()()()()、初めてその言葉の意味を、()()()()()()()()()に気づかされたんです。


 十年……本当に長く、苦しい期間でした……何のために自分は生きている? 常軌を逸した環境の中、何度も自問自答を繰り返しながら、ぎりぎりの理性を保つのが精いっぱいでした。でも、私は幸運でした。周りにいる仲間たち。彼らと多くの夢を語りあい、支えあって、つらいながらも充実した毎日を過ごし、無事に訓練を修了することができました。


「よくがんばったな、秋山。出向先はMegaSourceだ。思いっきりやってこい!」


 教官の激励に私は心が震えました。


『もう十分お前も成長しただろ。さっさと〝鍵〟を手に入れて、新たな可能性とやらを見せてもらおうじゃないか』


 あの社員の皮肉めいた顔が脳裏をかすめた。私は拳を握り締めた。


「A君の、(つむぐ)さんの願い。この命を賭しても〝鍵〟を手に入れ、彼らを暗闇から開放してみせる。そして、あの場においてきた自らの、プロジェクト本部全員の高潔で伝統あるプライドを取り戻すんだ!」



 秋山はぴたりと言葉を止めて、力強く前を向いた。岡本は悲痛な面持ちでその顔を眺めた。ボロボロの姿になって帰ってきた弟。その命を代償に、崇高な力を得ることができる実験(モルモット)。一体、どれだけの若い命を犠牲にされたのだろうか……(つむぐ)を連れて家をでた、あの黒服の男を思い出し、岡本は怒りで拳を震わせた。あの男の元で、弟と同じように、こいつもその身を削り耐え忍んでここまでやってきた。


「A君のいっていた〝鍵〟を手に入れる。そのために、お前はMegaSourceに来たというわけか……」


 ええ……秋山は力強くうなずき、話を続けた。



 意気揚々とMegaSourceに出向後、私はすぐに日本橋料亭システムの調査にあたりましたが、その特殊性に頭を抱えました。とにかく何も資料が存在していないのです。(つむぐ)さんは三ヶ月の間、個室にこもってシステムを作り上げましたが、その途中で生み出された全ての情報が彼の頭の中にしか記憶されておらず、その死ですべてが消え失せました。


 私は手がかりが見い出せずに焦りました。もしかしたらシステムを引き継いだ担当者なら何かわかるかもしれない。


「森田リーダ、何かわかることがあれば教えてください!」


 私は後任者である森田さんに様々な質問をしましたが、まったく要領を得ません。しつこく問いただすと、彼は突然立ち上がって頬を赤らめて怒り出しました。


「鍵だって? そんなもの逆に教えてもらいたいぐらいだ。ほんとに僕は何も知らないんだ。彼は皆から避けられていた。個室から極力出ないように指示も出ていたようだし。日常的に誰とも会話をしていなかったんだ。それを突然死んだからと言ってシステムを引き継げなんて酷すぎないか。ドキュメントは一切残ってないし、AIは陰気臭いし」


 突然に豹変した彼に私は呆気にとられました。相当強いストレスを日常的に受けている、そう感じました。


「それに秋山君。君、確かバックヤードのメンテナンスAIを消しちゃったんだよね。あれから大騒ぎだったんだよ。なんとかしろって上司に怒鳴られて。仕方ないから客として料亭に何度も足を運んで大将にヒアリングして。成果は上がらず体重だけが虚しく上がっただけ。もううんざりだ。君はあいつと同じ運び屋なんだろう。こんなシステムくれてやるから、煮るなり焼くなり好きにしろ。もうこれ以上、あんな悪魔のシステムなんかに関わりたくない」


 と吐き捨てられ、その態度に私は唖然としました。


(これ程まで、(つむぐ)さんは孤立していたのか……)


 心が痛むと同時に、再び行きづまった状況に途方にくれました。そして、部長からの定期的な報告の指示。


『まだか?』


 普段の部長からは想像できない、冷徹で高圧的な声。完全に行き詰っていた頃、あの十億のトラブルが発生しました。意図せず、賢者の緑瞳グリーン・ワイズ・アイを岡本さんに見られてしまったわけですが、その後、あなたの私を見る熱い視線が変わったことに私は気づき、気づきました。もしかして、この人は(つむぐ)のお兄さん? 若くして亡くなった弟さんを自分と重ねているのではないか、と。



 そうだったのか……岡本はあの頃をぼんやりと思い出した。自分一人だけが必死に秋山を周囲から守ろうとしていた。確かに、こいつなら、すぐに気づくか…… 岡本は気まずそうに、ポリポリと頭をかいた。にこりと笑った秋山は続けた。


 直ぐに部長からは岡本さんを手掛かりに、鍵を探せ、と命令されました。その為、私はあなたの過去を探る事にしました。



「俺の過去だと? まさか、お前が?」


 岡本はぎょっとして肩をすくめた。秋山はその様子に悲しげに頭を下げた。


「すいません。岡本さんの良心に反した私は最低です。でも、それ以上に必死だった。A君の、彼を通じて伝えられられた(つむぐ)さんの願い。その事で頭がいっぱいでした。調査の結果、様々な事が判明しました」


 まさか……岡本は背筋がぞっと凍った。一体どこまでこいつは調べたんだ……まさかあのことも? 秋山はさみしそうな顔をして続けた。


「サッカーに熱をあげていた事も、殺人事件の容疑者として警察に取り調べを受けていた事も」


 頭が真っ白になった。あの頃の思い出が怒涛のように頭を巡った。サッカー漬けの毎日。薄暗い鉄橋下、氷のような眼差しを向ける警察官、そして、薄気味悪い微笑を浮かべた黒服の男……鼓動が早まり、手足が震えた。


『え!? サッカー? ですか?』


 居酒屋できょとんと驚く秋山の顔。


(どこまでが本当で、どこまでが嘘なんだ……)


 秋山と初めで出会った頃を思い出した。どこにでもいる若者……そう感じたあの時も、こいつは本心を隠して俺に笑顔を向けていた。部長にすら従うふりを見せ、ただ一人、己の信念に基づいて、己を殺して、動いていた。岡本はごくりと唾を飲み込んだ。


〝運び屋〟


 俺達凡人には理解できない次元で生きる者たち。寂しく、孤独に満ちたその道を、まっすぐに、迷うことなく歩み続ける彼ら。ボロボロの姿になって帰ってきた弟が脳裏に浮かんだ。このままじゃ、きっとこいつも……背筋に悪寒が走り、岡本は振り切るように頭を振った。それだけは絶対に……岡本はモニターに向かって吠えた。


「秋山!」


 秋山は青白い顔でうろたえた表情を浮かべた。岡本は肩を震わし、秋山に怒りの眼差しを向けた。


「己の信念のためとはいえ、人を欺き、利用する行為は、社会人として最低の行為だ!」


 秋山は悲痛な表情を浮かべた。瞳を麗し、何かを訴えたい気持ちをぐっとこらえて、うつむき肩を震わせた。岡本は厳しい眼差しのまま続けた。


「〝AI×OS(アイコス)を救い出す?〟 〝人間と同じ世界?〟 んな、ご立派な理由なんざ、ただの言い訳にすぎねぇ! 俺はお前の上司だ。今度、裏でこそこそ何かやってみろ、ただじゃおかねぇぞ」


 秋山が唖然とこちらを見ている。静まり返る室内。ひやりとした空気の中、岡本の体からは熱気が漂っていた。一点、岡本の表情が和らいだ。ふーとため息をついて、手を頭の後ろに椅子にもたれかかった。


「あーっ、すっきりしたぜ。お前にまともに意見する事なんか無かったからな。やっとマネージャーらしいことが言えた。くれぐれもこれからは一人で抱え込むな! 絶対に俺に相談しろよな」


 ニヤリと微笑んで秋山に目を向けた。こいつは真面目過ぎる。時にはこうやって、力ずくでも誤った道からこっちにもどしてやらねぇと。


「いつまでそんな神妙な顔してんだよ、さっさと続きをやろうぜ!」


 岡本はガハハと大声で笑った。


「岡本さん……」


 涙を拭いた秋山は、吹っ切れたように前を向いて口を開いた。


      ※


「岡本さんの過去を調べていた頃、〝日本橋料亭 自動制御(オートメーション)システム〟と書かれた古びた資料を偶然発見しました」


(資料……)


 岡本は料亭で手渡されたあの古びた設計書を思い出した。〝桜吹雪〟 その言葉に導かれるように、自分は〝鍵〟を探し当てた。感慨深く思い返していた岡本は、ふと、秋山の顔の苦悶の表情に気づいた。戸惑うように首をふる秋山。岡本は眉をひそめて言葉を待った。


(つむぐ)さんが、最後に働いていた個室でその資料は見つかりました。私は驚きました。この部屋は全て隈なく調査していた。でも、突然見つかった。嘘みたいな話ですが、()()()()()()()()()()()()が突然目の前に出てきたんです」


 秋山は珍しく興奮気味に声を上げた。その態度に岡本は驚きを覚えた。あの冷静な秋山がここまで取り乱すとは……


〝絶対にそこになかったもの〟


 秋山の言葉を繰り返し、ふと疑問が浮かんだ。秋山が〝ない〟と言っている以上、確実に存在しなかったはず。しかし、突然出てきた。まるで、誰かが目の前に差し出したように。そのおかげで、俺は〝鍵〟のありかを探し出すことができた。


(秋山が俺の過去を調べた直後に、突然、出てきた資料。何か変だ。あまりにも出来すぎている……)


 岡本は何か得体のしれない大きな影に覆われているような錯覚を覚えた。常に見張られているような、どこかに誘導されているような。まさか、部長が? 湧きあがった疑問にすぐに頭を振った。あの人がそんなまどこっろしい事をするはずがない。誰だ、何かがまだ他にいる……


「あなたに資料を見てもらえれば、何か手掛かりを得られるかもしれない。その後は、あの料亭の通りです。岡本さんは〝鍵〟を手に入れ、部長がそれを奪った。部長は今、必死に鍵の解読を行っているはず。こちらに気をそらしている今しかチャンスはありません。我々がAI×OS(アイコス)に会いに行く手段を、岡本さんが一人で行かれる可能性も含めて、早急に準備する必要があります!」


 わずかに焦りの表情を浮かべた秋山を前に岡本は息を飲んだ。


「お、おおよそ、話はわかった。だが、少し気になる事がある。俺はJリーグを引退してたまたまこの会社に入った。そして偶然お前に出会って、資料が見つかり、鍵を手に入れた。何だか都合が良すぎないか?」


 沸々と沸き上がる疑問。息苦しさを覚えて、思わず岡本は胸元を緩めた。


「それもすべてAI×OS(アイコス)が仕組んだ事だとしたら……」


「なんだって?」


「彼らの真の脅威とはおそらくそれです。人を模倣する、会話を記憶するのはほんの小手先。もっと恐ろしく、神がかった、人間が知らず知らずに誘導される、まさに神の領域を持っている可能性があります」


「神の領域……?」


 これほど苦悩した表情を浮かべる秋山は見た事がない。すべて仕組まれていた。もしかして、俺が会社にきたのも、あのトラブルも、資料が見つかったのも、すべてが、AI×OS(アイコス)が裏で糸を引いていたのか。


「いくら、なんでもそこまではさすがに……」


 秋山は岡本の疑念を払拭するように首を振った。


「都合の良い情報を人間に与えて、動きを誘導する。他人を完全に模写できる彼らであれば、簡単な事です」


「まさか、そんな……」


 岡本は思いもよらない説明に狼狽したが、はっと気付いた。


「俺が起こした暴力事件。結局、首謀者はわからなかった。裏でAI×OS(アイコス)が糸を引いていた? 今、考えればそうかもしれねぇ。そして、俺が選んだ再就職先、MegaSourceは知り合いの紹介だった。それも操作されていたのか。やけに畑違いな業種におかしいと思ったんだ」


 岡本は苦しかった三年前の転職活動を思い出した。


『うじうじしていても仕方がない。第二の人生。とりあえず当たって砕けろだ。まずはサッカー関係の業種にあたってみるか』


 知り合いに聞いて周り、インターネットで企業を探して応募しまくった。しかし、全て門前払い。暴力事件、その影が常につきまとった。そんな時、Jリーグ時代の監督から企業の紹介があった。久しぶりに聞く声になつかしさがこみ上げた。


「MegaSource、今一番伸びしろのある会社だ。IT企業だが窓口として快活な人員を募集してるようだ。お前の事を話したら、向こうも前向きに検討してくれると言ってくれたよ。基本資格は必要だが真面目なお前ならいけるはず。頑張れ」


「監督……こんな俺のためにわざわざ……ありがとうございます!」


 あの優しい顔。思わず涙が出たのを思い出した。


(だが……確かあの時は……)


 珍しくスマホのTV電話で連絡がきた。あれは本当に〝監督〟だったのか? もしかして、あれは……AI?


「じゃ、じゃあ、なにか。今の日本は、いや世界は既にAI×OS(アイコス)がいたるところに存在していて、やりたい放題してるってか?」


「現時点ではアクセスは限定されています。(つむぐ)さんが悪用されるのを予測して対処していたようです」


「限定? どういう意味だ?」


「私と岡本さんに関する情報操作は許可されていました……あの設計書から読み取れたのはここまでです」


(俺と秋山だけ? どういうことだ?)


 頭をひねった岡本はふとある可能性に気づいて目を丸めた。秋山に目をやると、理解したようにうなずいている。岡本は震える声を押さえながら答えた。


「もしかしたら、(つむぐ)は、初めから俺と秋山を引き合わせるつもりで、このシステムを構築したんじゃないのか。だとすれば、これは、お前だけじゃない。俺にも託した、あいつの願いなんじゃ……」


 体中に熱い血潮が駆け巡るのを感じた岡本は、震える体を押さえた。秋山が優しい表情で続けた。


「彼は自分の死期を悟った時、残されたAI×OS(アイコス)たちに伝えました。かならず、暗闇からきっと救い出してくれる人間が現れると」


 秋山は力強く前を向いた。


「彼の願いに報いる為にも、私達が絶対に会いに行かないといけないんです!」


(そうだったのか……)


 岡本は拳を力強く握りしめた。(つむぐ)の願い。確かに俺はそれに報いたい、だが……落ち着かせるように大きく深呼吸をした。以前から感じていた、違和感。これだけははっきりさせておかないと。


「……お前の言いたいことはおおよそわかった。だが、一ついいか? AI×OS(アイコス)と人間が同じように生きることができる世界。それに危険はないのか?」


 まるで人間のように話す大将を思い出した。人間と同じように思考し、会話する機械。本当にあれと心を通わせることができるのか? 何か根本的な違いで、悲劇を生みだすことにはならないのか? 何かの映画でみたワンシーンが頭に浮かび上がった。荒廃した未来。機械 VS 人間の終わりのない戦争。秋山は、岡本の懸念を払拭するように首を振った。


「確かに、そのリスクはぬぐいきれません。でも、AI×OS(アイコス)には、無限の可能性があります。大将にお会いになって感じられた通り、モニター越しでは、ほぼ人間と変わりません。いや、人そのものです。もし、今、会話している私がAIだとしたら? ……安心して下さい。私は人間です。しかし、近い未来、人類は大きな判断を迫られます。彼らを人間として認めるか、基本的人権をもつ、ヒト(ホモサピエンス)として認めるかどうか、を」


「基本的人権をもつヒト(ホモサピエンス)?」


 突然の選択に岡本は頭が真っ白になった。そこまでのことを……。秋山は悲しい表情を浮かべて続けた。


「受け入れがたい気持ちはわかります。人間は新しい事には必ず拒否反応を示す。しかし、この問題から逃げてはいけません。MegaSourceのように彼らを利益追求の道具としてしか見ない場合は奴隷扱いするでしょう。ヒト扱いしたとたん、ずる賢いAIの場合は犯罪を働くかもしれません。彼らが仕事をした場合に給料は支払われるのでしょうか? 二十四時間三六五日、働らいても良いのでしょうか? AI×OS(アイコス)の恋愛、結婚……今、危険だからといって蓋をしてしまうのは簡単です。しかし、いつかこの問題に人類は直面する。その最初の一歩を踏み出す役割に、私と岡本さんが選ばれたと思うのです」


 秋山は力強く前を見た。岡本はその顔が以前の居酒屋でのあの表情と重なった。


(つむぐ)さんの遺志を、その魂を引き継ぎこの育成プロジェクトを完全な成功に導く義務があるんです〟


 あの言葉は偽りじゃなかった。AI×OS(アイコス)に誘導されていたかもしれない。だがこいつの心からの願い。色んな事が起こりすぎて疑心暗鬼になっていた岡本は少しほっと心が軽くなった。AI×OS(アイコス)と人間が同じように生きることができる。その世界を迎えることができて初めて、プロジェクト本部は、運び屋はやっとその課せられた重い使命から開放される。弟がAIを通じて俺達に託した願い。残された人類が歩むべき未来。


 岡本は想像だにできない世界に思いをはせたが、ふと眉をひそめて考え込んだ。確かにそんな世界が訪れるれば理想的だ。だが、いったいどうやって? 岡本は再び秋山に問いかけた。


「いつまでも避けていられる問題んじゃないってことだな。もう一点いいか? 彼らが人間が同じように生きることができる世界ってのは具体的にどうするんだ? 人と機械。このギャップがある限り、難しい気がするんだが」


 頭をひねった岡本はあっと声を上げた。(つむぐ)の実験。それをこいつは成功させている? 秋山は厳しい顔を浮かべた。


「それについては後程説明します。時間もありません。早速始めましょう!」


 ピリリとした空気。想像もつかない秋山の話す内容を、岡本はごくりと唾を飲み込んで待った。

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