九.疑惑
翌朝、悪夢でうなされていた岡本はひどい頭痛で目が覚めた。紬が何か大きな影に覆われて沈んでいく、うっすらと残る夢の記憶に改めて恐怖に襲われ、ズキズキとこめかみがうずいた。昨夜は知らずにいつも以上に飲んでいた。天井を見上げたまま、秋山と交わした会話の内容を思い返した。思いもよらない紬の過去……。
(運び屋として使命……いや、ばかやろう! こんなくだらねぇ事に命をかけるなんて)
頭がぐらぐらして、起き上がれる気がしなかった。全身に力が入らない。
〝桜吹雪〟
何の不安もない希望に満ちたあの頃。
(さすがの秋山でも、こればっかは分からなかったな)
関心した顔を思い出して少し優越感に浸ったあと、ふと何か違和感を感じた。
『一つ謎が解けましたね』
秋山の嬉しそうにつぶやく顔。その時は何も感じなかったが不自然な気がした。
(〝謎〟ってなんだ? 秋山は弟の死に疑問を持っているのか? もしかして、それで俺に資料を……?)
秋山の言動が理解できず岡本は混乱した。慌てて鞄から設計書を取り出してじっくりと目を通し直した。
*
「最近、岡本君は見ないが、どうしました?」
珍しく部長が冬木の席まで顔を出した。
「長期休養を取っていまして」
珍しい人に首をかしげつつ冬木は答えた。
「そうですか」
部長は顔をしかめて腕を組みながら席に戻った。
*
一週間後、岡本は何食わぬ顔でひょんと出社した。周りは心配したが、普段通りの岡本を次第に気にしなくなっていった。
「十分後に会議室にこい」
話しかけたそうに近づいてきた秋山に岡本は手を降った。
※
「大丈夫ですか? 岡本さん」
会議実で先に待っていた岡本に、入ってきた秋山は心配そうに体調を尋ねた。
「ああ、全く問題ない」
しかし、目には隈ができ、体もやつれたように覇気がなく見えた。秋山は申し訳なさそうに頭をぺこりと下げた。
「この間はすいませんでした。弟さんのことで岡本さんによけいな不安を与えてしまって」
まあ、気にするな、岡本は手を振って立ち上がり、一週間前に受け取った資料を返した。
「その資料……最後まで目を通したが、他には特に気になる事はなかったぜ」
「そうでしたか……」 秋山は少し残念そうに考えこんだあと、意を決したように顔を上げた。
(やっぱり、嘘はつけない。ここは正直に……)
秋山が口をひらこうとしたその時、岡本は鋭い目つきで秋山に問いかけた。
「あの晩〝一つ謎が解けた〟 確か、お前はそういったよな。〝謎〟ってどういう意味だ? 一つって事はまだ何かあるって事か? お前は何を探している? わざわざあんな古臭い資料を読ませて、この先、一体、俺に何をさせたいんだ?」
岡本の指摘に、秋山は戸惑いの表情を浮かべた。
「そ、それは、その……」
しんと静まり返る会議室。青白い顔で立ちすくむ秋山を岡本はじっと見つめながらも、高まる鼓動を押さえた。やはりこいつは何かを隠している。岡本は冷静な表情で続けた。
「……さっき気になる事はなかったっていったが、ありゃ嘘だ。正確には資料には特になかった。が、一つ思い出したんだよ」
小さな黒い物体を机の上にことりと置いた。
「これはなんだと思う?」
眉をひそめた秋山は、あっと声を上げた。まさか……どこでそれを……その態度に、岡本は確信したように目を見開いた。やはりこいつはこれを探していた……
「〝桜吹雪〟 あの言葉でピンと来たんだよ。あの最後の日に弟から受け取ったこれのことを……」
岡本はあの頃を思い出した。青白い顔を浮かべて虚ろに笑う弟は、俺にこれを託すために、無理をして実家に帰ってきた。だがこれは一体何なんだ? 岡本は拳を震わせて机に置かれたペンダントを見つめた。
「見つけて下さってたんですね。本当によかった」
ほっと胸をなでおろした秋山は、机に手を伸ばした。
どん!
机に向かって振り下ろされた拳に秋山は凍り付いたように固まった。わずかに脇をかすめたペンダントは、こん、とわずかに跳ねて岡本の拳に当たった。
な……青白い顔で見つめる秋山を岡本は怒りの眼差しで睨みつけた。
「弟が残したこれが何なのかは俺にはわからん。だが、こそこそと隠れて手に入れようとする態度は気に入らねぇ。これはなんだ? 納得のいく説明をしてもらうまでは、お前には絶対に渡さんぞ。もし、再び俺に嘘をつくようなことをすれば……」
ドスンと再びペンダントの脇を殴りつけた。わかっているな? 唸るように囁き、ペンダントを乱雑に握り締めた。秋山は苦しそうに声を振り絞った。
「……これは岡本さんでは想像もつかない、国家の……いや、世界レベルでの」
「それぐらいで十分でしょう」
突然の声に岡本は慌てて立ち上がった。会議室の入口にいつの間にか部長が立っていた。でっぷりとしたおなかをさすり、べとついた髪をなで、普段は異なる無表情で冷たい視線をこちらに向けていた。
「なぜ部長がここに?」
岡本は混乱した。何かいいたげな秋山を部長が目で軽く制した。
「秋山君が言った通り、そのペンダントには国家の、世界レベルの機密情報が格納されています。岡本紬が作ったAI×OSを制御下に置くことができる〝鍵〟 我が社の行く末を大いに左右する代物。当然、こちらに渡してくれますね?」
「AI×OSを制御下に置くことができる鍵……?」
思いもかけない内容に呆気に取られた岡本は、はっと我に返った。
「もしかして、部長と秋山は、これを手に入れる為に、最初から手を組んでいた……」
うつむく秋山。その表情は伺いしれない。だが、岡本はその態度ですべてを理解した。秋山に初めで出会ったあの日からの出来事。全て、この〝鍵〟を手に入れる為に、裏で部長が手を引いていたのか……
全身から力が抜け、腰から砕け落ちるように椅子に座り落ちた。だとすれば、俺が今までこの会社でやってきたことは一体何だったんだ……周りのすべての社員に薄気味悪く笑われている幻影に襲われた。
『お前は使えない男……お前は〝鍵〟を見つける為だけに、やとわれた、ただそれだけの男……』
岡本は耳をふさいで机にうずくまった。秋山が見下すような瞳でこちらを見ている。
『岡本さん、お疲れさまでした。無事に〝鍵〟が手に入りました。もう、あなたに用はありません』
踵を返して立ち去る幻影に、どん底に落とされた気分を味わった。
(何が、IT業界を変えるだ……何が、秋山を救うだ……)
岡本は苦しむように喘いだ。すべてがまやかし……俺がやってきた三年間は、全て無意味だった……
「絶望することはありませんよ」
部長の優し気な言葉にはっとして岡本は顔を上げた。
「あなたは、あの岡本紬の兄。偶然、そのことを知った時は驚きましたよ。そして、十分すぎるほどに役割を果たしてくれました。無能なりにもね」
にこやかに微笑んだ部長は、唖然とする岡本からペンダントを奪い取った。
「さあ、祝福の時です! 我々はついに〝鍵〟を手に入れる事ができました。こんな喜ばしいことがあるでしょうか!」
取り上げたペンダントを満面の笑みで眺めながら、部長は颯爽と部屋を出て行った。
※
部屋に残された二人はしばらく黙ったまま立ちすくんだ。
「秋山……お前、本当に、はじめから俺を嵌めるつもりだったのか?」
いまだに現状を受け入れられない岡本は、救いを求めるように秋山を見た。相変わらず黙り込む秋山に、焦燥に駆られた岡本はすがるように畳みかけた。
「すべてお前の計算どおりなのか? 俺を助けたあのトラブル。お前なら、意図的に不具合を発生できたのかもしれない。疲労を装って俺に情を沸かせて近づいた。朝礼での部長とやり取りもあらかじめ決められたもの」
だんだんと岡本は心の奥に怒りの炎が渦巻くのを感じた。秋山を思って起こしてきた多くの行動。それをこいつは……
「俺を手掛かりに〝鍵〟を手に入れて、見事に目的達成ってわけか……ふざけやがって! すべてが自分の思い通りになって、お前はそれで満足なのかよ!」
感情に任せて怒鳴り散らした岡本は、黙り込む秋山を見てだんだんと虚しくなってきた。秋山を紬と重ねていた自分が、こいつを救う事で弟も報われるんじゃないかと勝手に思い込んでいた自分が馬鹿に思えた。
今までの出来事が頭を巡った。部長に意見したあの朝礼。薫と遅くまで議論した夜。〝弟の魂を受け継ぐ〟 居酒屋での秋山のあの表情。すべてがまやかしだった。弟の笑った顔が、生きているように目を閉じて棺で横たわる最後の姿が浮かんだ。
「すまない。紬……馬鹿な兄を許してくれ……」
情けなく悔しくて涙が出てきた。
(ちくしょう!)
先程から黙り込んでいる秋山に苛立ちを覚えた。
「秋山! 黙ってないで何とか言ったらどうなんだ」
駆け寄り、襟元を乱雑につかんだ。うつむいていた秋山の顔がすっと上がり、目があった瞬間に岡本はひるんだ。まっすぐに見据えるその両目。悲しみ、怒り、戸惑い、敵対、そのいずれでもない。信じて、そう訴えかけるような深く揺るぎない信頼の眼差し。岡本が知るいつものそれだった。
(この目……何か企んでやがる。まだ何か隠していることがあるのか?)
不思議と瞬間的にそう感じた。秋山は力の抜けた岡本の腕を優しくつかみ、そっと振りほどいた。手を放す時、震える岡本の手のひらに小さな紙をすべらせた。
「部長の話が全てです。もうこの話は忘れてください」
魂が抜けたように立ち尽くす岡本を残し、秋山は静かに部屋を去った。
*
「くっくっくっ。話も終わったようですね」
別室でモニター越しに二人の様子を見ていた部長が愉快そうに笑った。
「岡本も哀れなやつですねぇ。弟のようにかわいがっていた秋山にこうも裏切られ、当の本人も反省のない態度で。ああ、かわいそうに机に顔を伏せて……大の大人が情けない」
部長は力なく崩れ落ちた岡本に白々しく同情の念を示しつつ、奪ったペンダントを高く掲げて満足そうに眺めた。
「あの二人の監視はどうしますか? スパイウェアはまだ有効ですが……」
そばにいた若い男が尋ねた。部長は既に二人の存在には興味がない風に答えた。
「しばらくほっときましょう。あの調子じゃ岡本もまた会社を休むかもしれませんね。調子にのっていた秋山にもいい薬でしょう」
鼻歌を奏でながら上機嫌にペンダントを堪能した後、部下の前にコトリと置いて、一転、低く高圧的な口調で命じた。
「すぐに鍵を解読してAIを制御下におけ! 知っている情報をすべて吐き出させるんだ。失敗は許さん。死物狂いでやれ。これで我が社も莫大な富を手にする事になる。そして、俺の幹部への道が開ける、長年の夢がついに……ぐふ、ひゃひゃひぁ」
いやらしくつり上がる細い目と醜く歪む口元で、突き出た腹を抱えていびつに笑いこけた。
(もしできなかったら……)
その先を想像して部下はゾッと背筋が凍った。
*
一人残された岡本は気の抜けたように椅子に座った。部長が突然現れた時点でこの部屋は監視されていることに気がついた。今もおそらくそうだ。そして、秋山に渡されたこのメモ。直感的にその存在を部長に知られてはいけないと感じた。机に顔を伏せて内容をそっと確認した。
真実を話します。本日二十時。自宅パソコンでVPNMeet。14.0.5.1、m-b43/.d.Aqr
岡本はごくりと唾を飲み込んだ。
(さっきの秋山の表情はこれか)
しばらくじっと様子を伺い、そっとメモをポケットにしまった。なるべく不自然にならないようにゆっくり立ち上がり部屋を出た。
*
岡本は帰宅後、戸惑いつつも指定された時間にVPNMeetを立ち上げ、メモに指定された内容でログインした。これはTV会議用のツールで、通信は暗号化され、参加メンバー以外は内容がわからない。
〝承認されました〟
文字が表示された後、真っ黒な画面が映り、下の方にピッとメッセージが現れた。
〝会社の携帯から離れた場所に移動してください〟
ちらりと隣で充電中の携帯を見た。いぶかしがりながらもノートパソコンを持って隣の部屋に移動し、画面にOKと打ち込んだ。程なくして、青白い表情をした秋山が映った。
「プロジェクト育成本部のサーバーで暗号化していますので安心してください」
「お前……」
顔を見た刹那、怒鳴りつけようとした自分に何とか耐えた。
「……お前、いったい何を考えてる? 真実とはどういう意味だ? 何がどうなっているのか俺にはさっぱりだ。わかるように説明してくれ」
はやる気持ちを必死に抑えながらも畳みかけた。秋山は苦しそうな顔をしてうつむいた。
「その前にまず謝らせて下さい。正直に言います。私がこの会社に入ったのは、〝鍵〟を手に入れる為です。部長の監視下の元、業務とは別で、紬さんのシステムを水面下で調査するように指示を受けていました」
秋山は深々と頭を下げた。岡本は、再びあの会議室での怒りの感情が沸き起こったが、必死に沈めた。あの眼差し。何かこいつには考えがあるに違いない……
「……まあいいさ。隠し事をされたのはいい気がしないが、終わったことだ。それより、あの鍵。部長に奪われたが、問題ないのか? お前の事だ、何か手があるんだろ?」
国家、世界レベルの問題。秋山の言葉を思い出して、うっすらと不安を感じた。いやらしく笑う部長がAIたちを我が物顔で操る……ひょっとしてかなりまずい状況なんじゃ……すがるような表情を浮かべる岡本を安心させるように、秋山の顔が和らいだ。
「心配することはありません。部長は根本的に勘違いしているんです」
勘違い? ……眉をひそめる岡本に秋山はこくりとうなずいた。
「そもそも、あの鍵に、彼らを制御下に置く力はありません」
予想外の言葉に岡本は呆気にとられた。
「紬さんが生み出した、AI×OSと呼ばれる、超人工知能。従来からの方法とは全く別の仕組みで生成された、彼の脳の生き写しともいえるAI。自我を持つ彼らを、あんなちいさな機械でどうこうできるわけありません。では〝鍵〟とは何なのか? 字のごとく、たんなる制御室のドアを開ける解錠キーですよ」
しんと静まり返る室内。静かに響く秋山の声に岡本は呆気にとられた。まさかそれだけの……悔しがる部長の顔がふっと浮かんだ。秋山がニコリとして続けた。
「ドアを開けて内部に入れば、メイン制御室をつかさどる、AI×OSに会う事はできます。ほどなくすれば、部長は会うでしょうね。でも彼には何もできません。何かを指示する事も、なにかの情報を抜き出すことも」
部長がAI×OSに会う。予想外の展開に岡本は手に汗に握った。人間と遜色ない、むしろ人間より知能のまさるAIを前に、戸惑う部長の姿が浮かんだ。たしかに、あの人じゃ、対応できるとは思えない。
「そ、そうなのか……じゃあ、問題ないじゃないか。だが部長は怒り狂うだろうな。またお前の立場が悪くなるんじゃないのか?」
秋山は眉をひそめた。
「まあ、それは仕方ありません。ただ、放っておけばAI×OSに部長が何を仕掛けていくか想像ができません。AI×OSには自我があり、心があります。言われない言葉に、鬱になって閉じこもりでもされれば二度と会えなくなってしまいます」
そんなことが……呆気にとられた岡本だったが、すぐに納得した。あの古だぬき。立場が弱いやつには強く出る。相手がAIなら、どんな無茶ぶりを言うかわかったもんじゃない。
「じゃあ、すぐに鍵を取り戻さないと……」
「ええ、そうですね。それに……」 何故か、懐かしそうに秋山が目を細めた。
「私はAI×OSに、昔、お願いをされたことがあるんです。今から十年ほど前。初めて彼らに出会ったその日。〝僕たちをここから救い出してほしい〟と」
救い出してほしい? 意外な内容に岡本はぽかんと口を開いた。
「彼らは精神的には人間と変わりないレベル。暗い檻で囲まれたシステムという殻を飛び出して、私達と同じように、青い空の下を自由に走り回りたい。彼らは、そんな夢を描いていたんです」
想像だにしなかった内容に驚いた岡本は呆気にとられた。閉じられた鉄の箱の中に埋め込まれ、一生、働き続けるしかないAIたち。確かに不条理。俺だったら気が狂ってしまうかもしれない……ふと、秋山の顔に影が差したのに気づいた岡本は眉をひそめた。
「実は、紬さんは、AI×OSを人間に取り込む実験をしていました。彼らを自由にさせてあげたい。そう願われていたのですが、道半ばで命をおとされて……」
なんだと? 思いがけない言葉に岡本は唖然とした。紬と過ごした最後の夜。あの異常な老化現象も、その危険な実験のせいだったのだろうか? そして、ぼんやりと浮かび上がる金髪の少女。もしかして、あれが、そのAI×OS?……
秋山は決心したように前を向いた。
「料亭に残されたAI×OSたちは、今も、誰かが自分たちを、暗闇から外の世界に連れ出してくれると、夢を見ています。あの時、まだ未熟だった私は、彼らの願いをかなえることができませんでした。でも、今ならもしかしたら……だから私は、部長のためでもなく、ましてや会社のためでもない。彼らの夢をかなえるために会いに行く必要があるんです! そして、そのためには、岡本さん。あなたの協力が必要なんです」
思いがけない最後の言葉に岡本は度肝を抜かされた。
「お、俺の協力?」
今度はいったい、何をやらせるつもりだ? 秋山が真剣な表情で続けた。
「鍵は、今、部長の手にあります。AI×OSに会いたい。そう伝えて、素直に私を制御室に案内するとは思えません。その時はあなたに代わりに向かってもらう必要があります」
まさか、俺がAI×OSに? 突然の展開に岡本は頭が真っ白になって呆然とモニターを眺めた。
がさり
突然の音に驚いて岡本は顔を上げた。しんしんとふりそそぐ雪で、ぼんやりと白く輝く窓。都内では珍しい大雪。交通には十分にご注意ください、今朝のニュースで神妙な顔をして語るアナウンサーを思い出した。
あの真夏のトラブルから半年。短いようで長かったような。あれから自分を取り巻く環境は激変した。TV会議のモニターに映る秋山の顔。つい最近まで高校出たてのようなあどけなかった若者は、今や油の乗った頼もしい青年に様変わりしていた。
岡本はごくりと唾を飲み込み、深呼吸をしたあと、重々しく口を開いた。
「まあ、部長がどう出てくるかは、まだわからないんだ。何も急いで今、それをきめなくてもいいんじゃないかな。それよりも、俺から、どうしても聞きたいことがある。さっき、お前、料亭のAI×OSに会ったことがある、って言ったよな。過去に一体何があった? 俺に責任を負わせるのならそのあたりもきちんと説明してもらわないと、うまくいくもんも、いかないぞ」
「それは……」
不意に秋山の表情が重く、暗い影に覆われた。うつむき、息苦しそうに顔をゆがめている。その瞳に岡本は息を飲んだ。憎悪と怒りに満ちた、今まで見た事もない眼差し。
(一体、こいつの過去に何があったんだ?)
呆気にとられた岡本に気づいた秋山は、ふうと深く深呼吸をした後、吹っ切れたようにモニターに向かった。
「そう……ですね。わかりました。全てご説明します。あれは確か、九年前。紬さんが亡くなられて、しばらくしてからの事でした」
秋山の悲痛な様子に何か不安を感じながらも、岡本は秋山の話にじっと耳を傾けた。




