File:005 ワンパンマン (第10話~第12話)
①10撃目 【現代アート】
地下施設へと潜り込んだ二人に、迫る影。
研究者の言う『捉えたい標的』がサイタマである
ことを確認した阿修羅カブトは、まず標的外である
ジェノスの方を狙い、攻撃を仕掛けます。
無造作に腕を振り払っただけのような攻撃でしたが、
ジェノスは対応できず、現代アートの如く壁に
めり込んでしまいます。
残るサイタマに、阿修羅カブトは『戦闘実験用ルーム』
へ来ることを促し、そこでの”殺し合い”を望みます。
サイタマは怒りの様相を見せながら、この誘いを
即座に受け入れ、怪人と戦う意志を見せます。
天井は、10mを軽く超えた高さにあるでしょうか。
広大な部屋へとやって来た二人は、戦闘を開始――
とそこへ、先程の攻撃を受けて損傷したジェノスの姿が。
床を破壊する程の力強いステップで、阿修羅カブトへ
猛然と接近します。
ジェノスは【マシンガンブロー】による高速の拳打を
打ち込みますが、阿修羅カブトは全く怯まず、床へと
叩きつけるような強烈なパンチで反撃。
激しい損傷を負ったジェノスでしたが、倒れた体勢のまま
得意の熱線を阿修羅カブトへ放ちます。
しかし、なんと軽く息を吹いただけでその熱線は
跳ね返され、ジェノスは自らが放った攻撃を受けることに。
更なるダメージを受けたジェノスは、さすがに満身創痍
といった様子で、その動きを止めます。
改めて、サイタマは阿修羅カブトと対峙すると、静かに
間合いを詰めていきます。
徐々に歩み寄るだけのサイタマの姿に、阿修羅カブトは
明確な程の『強さ』を感じ取り、歓喜した様子。
湧き出す戦闘意欲を抑えきれぬかのように、高速で
サイタマの背後に回り込み、攻撃の姿勢に入ります。
――が、その刹那、彼が取った行動は、体を回転させ
ながらの後方移動――全速力での『回避』でした。
ダランとぶら下がっていた腕を、ほんの少しだけ上げる。
そんな僅かな『反撃』の気配だけで、阿修羅カブトは
身を震わす程の脅威を感じ取ったようです。
それ程の力を、どうやって手に入れたのか。
阿修羅カブトの悲痛な叫びに、サイタマは答えます。
”お前も知りたいのか。 ――いいだろう”
スピード、パワー、特殊能力と、文字通り持てる力の全てを
駆使して戦うジェノスと、それを悠々と跳ね除ける
阿修羅カブトには、歴然とした力の差が感じられます。
そして、その阿修羅カブトが、”隙だらけ”でありながら
即座に己を凌駕する力を感じさせる、サイタマ。
ジェノス<阿修羅カブト<サイタマという非常に分りやすい
構図が見て取れます。
それにしても、何の構えも見せていない”隙だらけ”の状態の
サイタマを見て、その戦闘能力を感じ取ったキャラクターは、
後にも先にも、この作品ではほとんどいません。
『生物』として最も必要な能力、『生存』に最も不可欠な能力は、
”戦闘能力の高さ”よりも、”危機や異変を見抜く力”である――と
一説には云われています。
その説が有力だとすれば、研究者の思惑通り、阿修羅カブトは
『生物』として優れた能力をしっかり有しているといえるでしょう。
しかし、強大な力を持っているからといって、”強い奴と戦いたい”
なんて発想をしている時点で、『生物』としては安定性に
欠けていると言わざるを得ません。
それは極めて人間的な、『不自然な方向』への発想に思えます。
『優れた生物』とは何か? という疑問については、昔から
幾度となく考察され、議論され続けたものだと思いますが…。
素人の考えとして、とりあえず思うことは――知力にせよ、戦闘的な
能力にせよ、やはり『行き過ぎた能力』は危険だということ。
昔、とある番組で”もし宇宙人がいるとしたなら、地球に攻めて
こないのはなぜ?”という疑問に対し、こんな風に答えを
返していた人がいます。
”それだけの技術が発展してしまうと、『その場所』は自然と
滅んでしまうものだから。”
100%そうだとは思いませんが、非常に説得力のある意見だと
個人的には感じています。
そもそも、これまでの人類の技術の発展を軽く振り返ってみても、
『良』の部分が『負』の部分を補えきれていないことは、明白です。
『良』の増加=『負』の軽減という考え方は、多くの人が”そんなに
単純な話じゃない”と言いながらも、ついついやってしまいがちな
根強い『理論』です。
まぁ人は、日々の生活の中で、『メリット』と『デメリット』を
常日頃から当然のように考慮しているわけですから、
そんな考え方が根付いてしまうのは、仕方のないことかもしれません。
②11撃目 【強さの秘訣】
ついにサイタマの口から、その尋常ならざる力をどのようにして
手に入れたのかが、語られます。
固唾を呑んでその言葉を待つ3人の中、ジェノスだけは
この場でその話がされることに危機感を持っていました。
もしもそんな力が、阿修羅カブトや研究者の手の内と
なってしまえば…その先に何が待ち受けるかは、
想像に難しくありません。
それはまさに、ある種の『兵器』の製造の仕方を
教えるようなものです。
ジェノスの心の内を知ってか知らずか、サイタマは語り出します。
重要なのは、とある『トレーニング』を続けること。
それこそが、自らの力の秘訣だというのです。
さて、その驚くべき『トレーニング』の内容というのが…
”腕立て伏せ100回。”
”上体起こし100回。”
”スクワット100回。”
”そして、ランニング10㎞。”
”これを――毎日やる。”
その内容の壮絶さを、サイタマは過去のことを思い出しながら
苦々しく語っていきます。
そして”死ぬほど辛い”とさえ感じる、そんなトレーニングを
継続すること――1年半。
サイタマは、”強くなったこと”と”ハゲたこと”を実感します。
”自分で変われるのが、人間の強さだ”
凛々しい顔でそう言い放つサイタマに、その場にいる3人は
呆気にとられたような表情を見せます。
それもその筈――彼の語った『トレーニング』の内容は
決して常軌を逸するようなレベルのものではなく、普段から
体を鍛えているような人にとっては、簡単にこなせるようなもの。
”ふざけないでください!”と、ジェノスも立腹の様子。
そしてもう一人、苛立ちを露わにする者がいました。
阿修羅カブトは、サイタマが本当のことを隠し、ふざけていると
判断し――自らの中にある、何かしらの『リミッター』を
外すことを選びます。
『阿修羅モード』と呼ばれるその形態は、肉体を更に
頑強なものへと変化させ、身体能力の向上も見受けられます。
しかし、同時に理性を失い――闘争本能の赴くまま、
なんと一週間近くも『暴走』が続くという副作用が。
その話を聞いたサイタマに、戦慄が走ります。
”一週間後の土曜日まで、暴走は続く。”
阿修羅カブトのこの発言を受け、その『事態』の深刻さに
どうやら戦意を失ってしまったようです。
阿修羅カブトの凄まじい猛攻を受け続けるサイタマ。
ジェノスは戸惑い、研究者は哀れみの目を向けます。
そんな中、サイタマはようやく一つの結論に達したようです。
”今日がスーパーの特売日じゃねーか!”
『一週間後の土曜日まで暴走が続く』→『つまり、一週間後は
土曜日である』→『つまり、今日は土曜日…ッ!』――と、
恐らくはこんな感じの思索があったのでしょう。
進化の家へと出発する際、”明日は特売日だから行けない”
と言っていたサイタマ。
彼にとって、その日はそれほど重要だったようです。
自らの勘違いとはいえ大きなショックを受けたサイタマは、
その衝動に突き動かされるように、一発のパンチを繰り出します。
その『一撃』はやはりと言うべきか、いつも通りと言うべきか
比類なき威力を擁しており――阿修羅カブトを粉砕しました。
今回の注目ポイントは勿論、その尋常ならざる強さを身に付けた
経緯について、サイタマ自らが熱く語ってくれたこと。
彼の性格的に、嘘をついているような様子はありません。
とはいえ、”それだけ”で万人が同じような力を身に付けられる
はずがないことも、また確かなことです。
この作品の極めて重要なポイントでありながら、それについて
”ちゃんとした説明を聞ける気がしない”のが、この作品の
大きな特徴の一つといえるでしょう。
その他のキャラクター、能力、強さに関しては、『超能力』などの
非現実的な要素も含んでいるものの、”一応の説明”が
成されている中――サイタマのその”強さ”だけは、完全に
『例外』となっているのが、興味深いところです。
主人公には『ライバル』、『好敵手』が付き物です。
そして、そのようなキャラを生み出すためには、主人公の能力と
どこかしら似通った――『同質』の部分を少なからず持った存在を
物語の中に登場させるのが、基本的なやり方かと思います。
しかし、本作では今のところ、”そういった存在”がまるで
登場していないのが現状です。 『バトル』がウリの作品としては、
極めて珍しい――というか、他に思い当たるような作品は、
私の知る限りでは、存在しないようにさえ思います。
③12撃目 【桃源団】
”なぜ、働かなければいけないのか!”
”なぜ、金を払わなければ飯を食えないのか!”
”我々は、断固として働きたくない!”
黒いスーツに身を包んだスキンヘッドの大男が、
大勢の部下を連れ、街頭にて演説をしています。
どうやら、彼らが所属する『桃源団』とやらの主張というか
理想といったものを高弁しているようですが――
住民の反応は、冷ややかなものでした。
桃源団のボスは、手始めに町一番の金持ちと噂される
大富豪ゼニールの家を破壊することを決め、
彼が住む高層マンションの下へとやって来ます。
部下の一人が放ったパンチ一つで、マンションは
あっさりと崩れ去り、瓦礫の山と化します。
どうやら彼らが着る黒いスーツには、身体能力を飛躍的に
向上させる効果があるようで――ボスである『ハンマーヘッド』
によると、とある組織から盗んできたものだとか。
”あ――このマンション、違った。”
指示役であったと思われる部下の一人が、地図を
確認しながら、申し訳なさそうに呟きます。
どうやら、ゼニールの家はもっと離れた場所にあるらしく…
彼らは気を取り直し、そこへ向かうことを決めます。
”待て、悪党ども!”
しかし、そんな彼らを呼び止める者が。
自転車を止め、律儀に鍵を掛けてからポーズを決める
彼の名は――【無免ライダー】。
その名を聞いた観衆たちが、色めきたちます。
”――ヒーローか。 くだらぬ”
”行くぞ!”
不敵に笑うハンマーヘッドに、無免ライダーは颯爽と
立ち向かいます。
…が、『ボグッ』という効果音と共に、あっさりとその場に
倒れ込んでしまいました。
一方その頃、サイタマは自宅のテレビから流れるニュースの
情報に耳を傾けていました。
F市で暴動を続ける、【桃源団】を名乗るテロリスト。
そのリーダーは、『B級賞金首』として手配されている、
通称ハンマーヘッドと呼ばれる男。
大きな騒動とはなっているものの、サイタマは、”自分が
出向くほどのことではない”と感じたようです。
――が、ニュースキャスターの次の言葉に、
その表情が凍り付きます。
”構成員の頭はスキンヘッドで統一され――”
”外出された際にスキンヘッドを見かけたら、すぐに
その場を離れて下さい。”
要するに、”スキンヘッドの男は悪者だから、気を付けろ”
ということなのですが…これはスキンヘッド(?)でありながら、
かつヒーローとして活動をしているサイタマからすると、
非常に厄介な話です。
今回の事件は、彼の中で一気に見過ごせないレベルへと
達し――いつものコスチュームへと着替えたサイタマは、
ただならぬ気合いと共に、家を出ます。
一方、街の中心部では、着々と歩みを進める桃源団の一味。
その標的とされている大富豪ゼニールは、ここで逃げ出す
べきかどうかの選択を迫られていました。
”――必要ない。”
しかし、ボディーガードとして雇われていた一人の人物が、
淡々と言葉を紡ぎます。
黒い装束に身を包んだ、その男の名は【ソニック】。
心配するゼニールを他所に、彼は静かな殺気を放ちながら
部屋を後にし、”敵”の下へと向かいます。
桃源団はついに、ゼニールの屋敷付近にある林の中にまで
侵攻を進めていました。
しかし、ここを抜ければ、標的の屋敷はもう目前――といった
ところで、リーダーのハンマーヘッドは、妙な気配に気付き、
後方に視線をやります。
”待ってたぞ、ハンマーヘッド。”
”ゼニールの使いだ。”
黒装束を纏った、只ならぬ雰囲気を放つその相手を目にし、
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるハンマーヘッド。
桃源団の一味を見据え、黒装束の男は告げます。
”今すぐ投稿すれば、死なずに済むが…”
”――お前らは、どうする。”
新たな章の始まりともいえる今回の話では、本作の世界に
『賞金首』と呼ばれる存在がいることが判明します。
テレビのアナウンサーが当然のように言っていたことから
推察すると、恐らく現実世界における『指名手配』と
同義のようなものなのでしょう。
いずれにせよ、人間の敵は、明らかな”異種”といっていい
『怪人』だけではなく、同じ人間の中にもいるようです。
当たり前といえば、当たり前の話ですが…。
今回の話に登場する、賞金首の【ハンマーヘッド】と、それに
対峙する【ソニック】と呼ばれる傭兵は、どちらも『ヒーロー』とは
相対する立場にいる存在と思われますが…。
こうした”悪対悪”のような構図は、先の展開が読みにくく、
物語に深みが増すような気がするので、個人的には
嫌いではありません。
特にこの漫画では、絶対的な”正義”を貫こうとする
信念を持つキャラクターが多いため、その逆の概念にあたる
”悪”が、作品の中でどのような立ち位置であるかは、
非常に重要となってきます。
しかし、平然と『死』を告げるソニックと、粗暴な言動はしている
ものの、どこか”そこまで”は踏み切れない雰囲気のある
ハンマーヘッドとでは、何か決定的な差がありそうに思えます。
犯罪――中でも殺人は言わずもがな、法的にも厳しく規制されて
いるものであり、一般的にも強く『タブー』とされているものです。
その要因として個人的に思うことは、”やってしまった者”と
”そうではない者”との間に確実に存在する、『隔たり』です。
”一人殺すも、二人殺すも同じ。”…なんて台詞を、誰もが
一度くらいは耳にしたことがあるでしょう。
これは単に耳に残りやすいとか、インパクトが強いだけの
言葉ではなく――人間の性質というか、考え方を如実に
現しているもののようにも感じるのです。