File:002 ワンパンマン (第4話~第6話)
①4撃目 【闇の地底人】
自宅で眠る主人公に突如襲い掛かってきたのは、
真っ黒な肌の謎の怪物。
その攻撃を受けた主人公は、即座に悟ります。
”強い。”――と。
彼らは、地底に住む人類で、『真の地球人』を名乗り、
地上への侵攻を開始したことを告げます。
彼らの話によれば、既に地上に住む7割の人間は
滅び去ったとのこと。 ――それはつまり、今現在、
『地上人』は滅亡の危機に直面しているということでした。
これまでになかった程の危機。
これまでになかった程の『悪』。
主人公に、他の選択肢はありませんでした。
これまでに数々の怪人を撃退してきた、その圧倒的な
攻撃力は『地底人』たちにも十分に通用し、
次々と敵を倒していく主人公。
しかし、彼らの攻撃を受け続ける主人公の方にも
確実にダメージが蓄積していきます。
――気を抜けば、やられる。
そこには、彼が久しく忘れていた『ピンチ』と
『緊張感』がありました。
死闘の末、襲撃してきた地底人たちをどうにか
撃退することができた主人公。
しかし、そこへ『地底王』を名乗る存在が登場します。
目の前に迫るその強大な威圧感に、更なる
『死闘』を覚悟する主人公。 しかし――それは長い間、
彼が求め続けたものでもありました。
…という夢を、どうやら見ていた主人公。
いつもと変わらぬ平穏な朝――に見えましたが、そこへ
爆音と共に、夢と同じく『地底王』を名乗る声が。
すぐさま駆け付けた主人公は、いつものように
『一撃』で地底王を倒し、残る地底人の群れの前にも
立ちはだかります。
しかし、主人公との歴然とした力の差を感じた
地底人たちは、”すいませんでした”と書かかれた
白い旗を残し、あっさりと退散してしまうのでした。
この話では、主人公の満たされない想い、今の自分に
ある『欲求』が何であるか、どんなものであるかが
はっきりと描かれています。
そして、それは同時に、主人公が抱き続けてきた――
憧れ続けてきた『ヒーロー像』がどんなものであるか
ということにも繋がっていきます。
バトルが主体の作品であれば、その中で”主人公が
ピンチに襲われるシーンが全く無い”ようなものは、
そうそうありません。
ヒーローにとって、『ピンチ』はいわば付き物であり、
『お約束』と言ってもいいものでしょう。
つまり、それが無いという現状は、”ヒーローになりたい”
と思い続けている主人公にとって、とてつもない程の
フラストレーションを抱えていることが窺い知れます。
そして、主人公の満たされない欲求として、間違いなく
挙げられるものの一つが、『達成感』でしょう。
これは私の持論の一つになりますが、”それなりの
達成感を得るためには、それなりの代償が必要”
――だと考えています。
昔、とあるテレビ番組で”最高の一杯を飲むために”
といった内容の企画で、とある芸人さんが真夏日に
街をブラブラ回って色々する…みたいなものがありました。
ちょっと捻くれた言い方に聞こえるかもしれませんが、
”要は、暑い日にわざわざ外に出て、必要もないのに
歩き回って、汗を掻いて息を切らして、喉が枯れて…
――で、『最高の一杯』としてビールを飲む。”
とまぁ、そんな内容の番組だったわけです。
これはつまり、”こういった達成感を得るためには、
こういった代償があればいいのでは?”という発想を
基にして考えられた企画のように思えます。
『代償』というものは、あくまでも副産物。
その過程の中で『仕方なく』生まれてしまうものであり、
”できれば、無い方がいい”と考えてしまうのが
当然のようにも思えるものです。
しかし、『達成感』というものを追い求める場合、
その過程の中で、むしろそれは”なくてはならないもの”
へと変貌しているのが、興味深いところです。
②5撃目 【かゆさ爆発】
主人公は、自宅でサボテンに水をやりながら、
物思いに耽っていました。
自分がヒーローとして様々な行動をしても、世の中は
まるで変わった様子がない。
そして何より、日々の生活の中で、自らの感情が
薄れていくように感じることが、彼の最大の悩みでした。
怪人やモンスターと戦うことが、まるで蚊を潰すことの
ように感じる――そんな思いに駆られる彼の手の甲に、
一匹の蚊が止まります。
彼はその蚊を叩き潰し、”そう、こんな風に…”と、
自ら唱えた比喩が的を射ていることを実感します。
――しかし、仕留めたと思えたはずのその蚊は、
どけた手の中から飛び出し、再び周辺を漂い始めます。
主人公は幾度にも渡り仕留めようとしますが、結局
それは叶わず、蚊はどこかへと飛び去っていきました。
その『結果』に主人公は、台詞に思わず(怒)をつけてしまう
ほどの怒りを覚え、去り行く蚊を見据えるのでした。
テレビを付けてみると、そこには今年の蚊の大量発生を
テーマにした番組が。 そして更に、臨時ニュースにより
主人公の住む町に、まるで砂嵐の如き凄まじい蚊の大群が
接近しており――なんとその大群に襲われ、ミイラ化した
家畜の映像までもが映し出されます。
警報により無人と化したとある店舗から、大量の品を
盗み出す若者。 彼が『異変』を感じた時には、既に
遅すぎました。 全身を覆いつくす蚊の群れは、彼の体から
一滴残らず血を吸いつくし、飛び去ります。
蚊の群れの先に待っていたのは、女の姿をした謎の怪人。
どうやら、蚊の群れを操り、血を集めさせていたのは、
彼女のようです。
不意に気配を感じた彼女が視線を下ろすと、その先には
何者かの姿がありました。 淡々と言葉を紡ぎ、こちらを
見据えるその『何者か』に向け、彼女はすぐさま蚊の大群を
差し向けます。
――閃光と共に、蚊の群れは一瞬にして消滅。
どうやら『彼』を中心に、強大な熱波が放たれたようです。
”お前を排除する。”
『彼』が言い放った言葉に、怪人は不敵な笑みを返します。
怪人を倒したときの『あっけなさ』を、”蚊を潰すかのように”
と表現しておきながら、蚊一匹に異様なほど手こずる主人公が
滑稽であると共に、人の抱く『イメージ』と『現実』は、
思いのほか食い違っていることがある――ということを
改めて考えさせられました。
それにしても、蚊の大群は中々に厄介な相手というか…
これ以降も様々な敵は登場しますが、こういったタイプのものは
あまりいなかったように思います。
単純に身体能力が高いだけのヒーローでは苦戦する
でしょうし、まともに対応できる者は少ない気がします。
そして今回、『ヒーロー側』から新たなキャラクターが登場。
これまでの第1話~第4話は、完全に主人公のキャラクター
のみで引っ張ってきたので、ここからの展開が勝負を分ける
というか…この作品がどういう方向に行くのかを決定づける
ものになるのでは――と、初めて読んでいたときは感じました。
③6撃目 【サイタマ】
”焼却。”
言い放った『彼』の手の平から、高熱を帯びた光線が
怪人に向けて放たれます。
見たところ、彼の体のほとんどは機械のようなもので
構築されており、『サイボーグ』と呼んで差し支えない
外観をしているように思えます。
放たれた熱線をかわした怪人は、そのまま猛スピードで
『彼』へと接近すると、その左腕をもぎ取り、再び空へ。
しかし――異変を感じて視線を下ろすと、自らの両脚の、
その膝から下の部分が失くなっていました。
もぎ取った怪人の脚を無造作に投げ捨て、こちらへと
視線をやる『彼』のその迫力に、怪人はいったん
距離を取ることを選択します。
怪人の下に集まり出す、夥しい数の蚊の群れ。
その数は数億、あるいは数兆を軽く超える数にも見えます。
只ならぬ気配を感じ、『彼』はすぐさま攻撃の体勢に移ります。
――とそこへ、怒りの形相を露わにした、謎の男の姿が。
それはどうやら、一匹の蚊を追いかけ回して自宅から
ここまでやって来た、主人公のようです。
二人の下に、上空にいた蚊の大群が、一斉に
襲いかかります。 ――が、『彼』の手から放たれる
熱波により、蚊の群れは一瞬にして焼き尽くされます。
恐らく、特殊なレーダーのような機能が
備わっているのでしょう。 その機能により、周囲に
他の生体反応が無かったことを把握していた『彼』が
放ったその攻撃は、正に渾身の一撃だったようです。
――しかしながら、つい先程に出会った謎の男(主人公)
のことを思い出し、彼は慌てて振り返ります。
そこには、服が焼かれ裸になった主人公が、
”すごいな、お前”と呑気に微笑む姿がありました。
そんな彼らの下に、先程とは明らかに違う『形態』となった
怪人が姿を現します。
圧倒的なスピードに翻弄され、なす術なく『彼』の体が
切り刻まれていきます。
どうやら怪人は、蚊の群れが集めてきた膨大な量の
血液を自分の体に取り込み、それによって身体能力を
向上させたようです。
勝機がないことを悟った『彼』は、”最後の手段”を
とることを決意します。
その刹那のこと――主人公の放った一発の
平手打ちが、怪人を遥か彼方へと吹き飛ばします。
それは、いつもと同じ『一撃』による決着でした。
その光景を目撃した『彼』は、自らが単独で正義活動
をしているサイボーグであること――そして【ジェノス】
という自分の名前を明かした後、主人公に名前を
教えてほしいと懇願します。
その願いを受け、主人公は【サイタマ】という
自分の名前を明かしました。
その後、ジェノスは更に、続けます。
”弟子にしていただきたい”――と。
この話の中でついに、これまで語られることがなかった
主人公の名前が判明します。
ここまで引っ張ってきた割には、”ちょっと変わって
はいるけど、別にそんな…”というのが、大多数の人が
抱いた感想かと思われますが――恐らく、その名前
自体には、大した意味はないのでしょう。
ポイントは、明らかにジェノスの視点を軸にして展開される
今回の話の中で、どうにか主人公である彼の名前を
”知れた”ということ。 ジェノスの視点から考えれば、それが
例えどんなものであれ、『大収穫』であることは確かです。
主人公であるサイタマは、その余りにかけ離れた『力』
を有していることから、”読む側の人間”としては、自己投影――
そして感情移入がしにくいキャラクターであることが、
容易に推測できます。
そのため、今回のように他のキャラクターの視点を
『軸』にして、そこから彼という存在を”見つめさせる”手法は、
とても理に適っているように思います。
これ以降も、ジェノスは”そういった立ち回り”を幾度もこなし、
この作品を構成する重要な役割を果たしている印象です。
それにしても、前回の感想で、非常に重要だとしていた
”二人目のキャラクター”を見事にデビューさせたものです。
以降の話を読んでみても、彼の存在は”いた方が面白い”
というレベルではなく、”いなければ、この作品は成立しない”
とさえ感じてしまうもので――サイタマとジェノス、この二人
という『基盤』があってこそ、この作品は魅力あるものに
仕上がっているように思えます。