File:001 ワンパンマン(第1話~第3話)
今回は、ONEさんの作品である『ワンパンマン』について
語っていこうかと思います。
この作品は、作者であるONEさんのホームページにて
掲載されており、ウェブサイト上でのみ閲覧が可能な
ものでしたが、のちに『となりのヤングジャンプ』において
村田雄介さんが作画を担当するというかたちで、
『リメイク版』として掲載されはじめました。
今のところ私は、単行本として発売されているもののみ――
つまりは『リメイク版』の方しか読んだことはなく、アニメなど、
他の媒体によるものも見たことがない状態です。
現在の時点(2024年4月)で、第1巻~第9巻までを
読破しています。
特に衝撃が大きかったのは第5巻で、読み終わった後に
頭の中を様々な感情が飛び交い、溢れ出そうなほどに
感想が浮かんできたことを覚えています。
①1撃目 【一撃】
突如としてA市を襲った怪人の手により、町には壊滅的なほどの
被害が発生。 その模様をテレビ中継で見ていた一人の男は、
白いマントや赤い手袋などの『コスチューム』を身に着け、家を出ます。
瓦礫の山の上で泣きじゃくる少女。 それに気付いた怪人は、
容赦なく彼女に手を伸ばします。
――が、そこに現れた先程のコスチュームの男が、
少女を救い出し、怪人の前に立ちはだかります。
”何者だ”と問いかける怪人に対し、彼は答えます。
”趣味でヒーローをやっている者だ。”――と。
明確な意志を持って人間を滅ぼそうとしていたその怪人にとって、
彼のその『適当な答え』は憤怒の対象にしかならず、激昂した
怪人は、恐ろしい姿の怪物へと変貌して、彼に襲い掛かります。
――決着は、一瞬のことでした。
襲い来る怪人に対し、『彼』が繰り出した一発のパンチ。
それにより、怪人の身体は粉々に砕け散ってしまったのです。
この話のポイントは、明確な意志を持って破壊の限りを尽くす
怪人と、その姿、その立ち振る舞いの全てから『適当』な感じが
にじみ出す、主人公との対比。
怪人である『ワクチンマン』には一切の笑顔が見られず、
少女に手を伸ばしている場面でも、弱者をいたぶることに
愉悦を感じているような様子は、まるでありません。
自らの目的を達成するために、必要なことをしよう――という
それ以外の意思が、感じられないのです。
この『目的意識の差』を感じ取ったからこそ、ワクチンマンは
主人公に対して苛立ちを覚えたのでしょう。
しかし、主人公は本当に『目的意識』が薄いのでしょうか?
これは、今後の話での彼の立ち振る舞いを知っているからこそ
言える部分にもなるかもしれませんが、答えは『NO』です。
そして、第1話でもその判断材料として十分に思える
場面が、一つ存在します。
それは、怪人の元へ向かうため、彼が正に立ち上がった場面。
『正義執行』という僅か4文字だけで表されたその言葉は、
彼の揺らぐことのない信念から生み出されたものに感じました。
②2撃目 【蟹と就活】
この話では、三年前となる主人公の過去が語られます。
その頃の彼にはまだ、超人的なパワーは備わっていません。
彼の前に突如として現れたのは、蟹の怪人『カニランテ』。
蟹の上半身と人間の下半身を併せ持った怪人なのですが、
甲殻で覆われているはずの胸部に、何故か
乳首らしきものが見られます。
一目でわかるほどの圧倒的な体格差があり、襲われれば
まず無事では済まないことが明白でしたが、主人公は
これといって動揺する素振りは見せません。
それは見栄でもなく、逆に恐怖で身体が凍り付いた
わけでもありません。 就職活動が上手くいかず、疲れ果てた
主人公は自暴自棄となり、全てがどうでもよくなっていたのです。
そんな主人公の様子を見て、蟹の怪人は興味を失ったように
その場を立ち去ります。 去り際の言葉を聞く限り、彼には
どうやら、別の『標的』がいるようでした。
やがて主人公の前に、怪人が探していると言っていた
『アゴの割れたガキ』とおぼしき人物が現れます。
蟹の怪人に何かしなかったかと尋ねると、彼は”寝てたから
マジックで乳首を書いた”と返答。
疑惑が確信に変わった主人公でしたが、しばしの葛藤の末、
『どうでもいい』という結論に達し、その場を立ち去ろうとします。
――が、そこへ蟹の怪人が現れ、子供を襲撃。
主人公はとっさに子供を抱えて、攻撃を逃れます。
子供への敵意をむき出しにする怪人に対し、主人公は
”昔見た、アニメの悪役にそっくりだ”と言い放ち、笑い出しますが、
これに激怒した怪人からの攻撃を受け、主人公は吹き飛んで
しまいます。 ――が、その隙に子供に迫ろうとする怪人に対し
小石をぶつけると、ブツブツと何やら独り言を呟きはじめます。
”俺は小さい頃、ヒーローになりたかった。”
”テメーらみたいな悪役を、一撃でぶっ飛ばすヒーローに。”
あざ笑い、攻撃を仕掛けてくる怪人に対し、主人公はネクタイを
怪人の目に引っ掛けて、それを思い切り引っ張るという荒業により、
どうにか怪人を撃退することに成功します。
今回の話で感じたものは、前回と同じく『対比』。
ただし、それは主人公と怪人を対象としたものではなく、
『1話目』と『2話目』の話全体を対象としたものです。
正直に言って、今回のエピソードはどこかありきたりというか、
熱い展開ではあるものの、『どこかで見たようなもの』という
印象を受けざるを得ませんでした。
今回の話については、1話目の『あの内容』があったからこそ、
その意味合いに深みが生まれます。
ほんの僅かな台詞と、ほんの僅かな行動。
そして、たった一発のパンチ。
1話目では、これだけでその存在感を示した主人公が、
2話目ではウダウダと愚痴を並べ、幾度となく葛藤し、
やっとのことで一つの答えを見い出し――そして、
苦戦の末に『決着』に至ります。
『あの頃』に抱いていた憧れ、求め続けた『力』が
今の自分にはある。 それなのに、どうしてこんなにも
満たされない気持ちがあるのか。
この、主人公の『現状』と、昔から変わらずに抱き続けている
『ヒーロー像』とのギャップが、この作品において
非常に重要な要素となっていることは、間違いないでしょう。
③3撃目 【災害存在】
科学者らしき謎の眼鏡の男が、怪しげな薬の開発に成功。
その薬を、弟である筋肉隆々の男に渡します。
それを飲んだ弟の体は、見る見る内に膨れ上がり、周囲の
ビルや山々を軽く追い越すほどの背丈となります。
兄である眼鏡の男の目的は、世界征服。
そして今、その悲願を達成するビジョンが見えたことに
酔いしれ、歓喜します。
その一方で、巨人と化した弟の胸にある想い。
”世界で一番強い男になる。”
それこそが、彼のただ一つの目的だったようです。
拳を一振りしただけで、幾つもの建物が崩壊する――
その様相に、眼鏡の男の顔には焦燥のようなものが
浮かびましたが、それも一瞬のこと。
『世界征服』に向け、兄弟の進行は止まる様子がありません。
巨人と化した弟の右肩に乗っていた兄は、不意に
もう一方の肩に誰かが乗っていることに気付きます。
兄は”その肩に乗っている奴を殺せ”と指示を出し、
弟は忠実にそれを実行します。
――しかし、それによって生み出された『結果』は、
右肩に乗っていた兄の方を叩き殺してしまうという、
弟にとっては残酷極まりないものでした。
感極まった弟は、その原因を作った張本人である
左肩に乗っている男――主人公に対し、怒りを向けます。
踏みつけと、力任せの拳の連打。
地面にいる『敵』にそれを放つと、そこにはまるで、
隕石が落下したかのような巨大な窪みができていました。
改めて、自らの力の強大さを実感する弟でしたが、
開いた手に残っていた眼鏡――兄の遺品を目にすると、
涙を浮かべながら呟きます。 ”虚しい”と。
そこへ、巨大な窪みから何者かが飛び出す気配。
振り返る弟の顔面に、主人公のパンチが炸裂します。
そこには、自分を遥かに上回る『圧倒的な力』がありました。
この話のポイントの一つは、兄弟の気持ちのすれ違い。
似ているようで、実は全く異なる『目的』の違いです。
兄の目的は『世界征服』であり、弟に最強の力を与える
ことは、『過程』にすぎなかった。 しかし、弟にとっては
『最強の男になること』こそが目的であり、『世界征服』
のために力を貸すことは、兄への敬意と感謝の意を
示すためのものにすぎなかったのです。
この兄弟は、互いに自分が持っていないものを
相手の『長所』としっかり認め、称え合っているところに
好感が持てます。
だからこそ、気持ちのすれ違い――そして、それ故に
起きてしまった悲劇には、やるせなさを感じました。
さて、そして主人公にとっては圧倒的な力を持って
『しまった』者同士、通ずるものがあったのでしょう。
巨人と化した弟が最後に言い放った、”虚しい”という
台詞に、共感している様子がうかがえます。
しかし興味深いのは、その言葉に対する、主人公の返答。
”圧倒的な力ってのは、『つまらない』もんだ。”
この『つまらない』という言葉、今後の話の中でも
主人公の口からよく飛び出している印象があり――
彼のキャラクターを語る上での、重要なキーワードと
なっているような気がします。