卑弥呼の異変 後編
ほんとあの男には腹が立ちます。
何故この私があんなニートごときにイライラさせられないといけないのでしょうか。全くもうったら全くもうです。
「生もう一杯」
「はいよ」
せっかくこの私がその腐りきった魂を天界まで引っ張りあげてやったというのに、あの男ときたら感謝するどころか、言うに事欠いて「この先どうなるんだ」だとぉ?
私がいったいどれだけの労力を使ってお前を救ってやったと思ってるんだよ……あの抜け作がぁ。
「オヤジ!ホッケはまだかよ!」
「もう少し待ってくれ」
ったく。どうして私ったらこんなにイライラさせられてるのでしょうか。
これじゃあ、まるで鈍感系主人公に振り回されてるヒロインみたいじゃないですか。
振り回すことはあっても振り回されるなんて真っ平ごめんですよ。そんなことが許されてなるものですか。
そうだ――明日になったらあの男に目にもの言われてやりましょう。
「はいよ。ホッケ」
「やっときましたか」
薄汚れた店内――ここは知る神ぞ知る穴場の居酒屋だ。前時代的な内装に提供されるメニューはどれも庶民的なラインナップと至って普通だが、それが逆に好感度を押し上げることに一役買っている。
変に凝ったメニューじゃなくてホッケで良いんだよ。
目の前に置かれたホッケは身がプリっプリで、箸でつつくと弾けてしまうほどに柔らかい。
そうそう――これだよこれ。口に入れた瞬間に溢れる旨味と、仕事で渇いた身体をキンキンに冷やすこのビールの組合わせ――これこそ至高で最高の嗜好だ。
この快楽を味わうために仕事をしていると言っても過言ではない。
「オヤジ。相変わらず最高だな」
「それはどうも」
「こんなところで何一人飲んでるのよ」
「おや、ジャンヌダルクじゃないですか。どうして貴方がこんな場末の居酒屋にいるんですか」
「そりゃ日本でしか手に入らない同人ゲフンゲフン。ま、まぁ観光がてら卑弥呼に会いに来たらこのお店に入っていくのを見かけてね。それよりもどうしたのよ。浮かない顔して」
「私ったらそんな顔してますか?」
「ええ。まるで彼氏に振られたよう……ちょっと冗談よ。冗談だからその無駄に尖らせた割り箸の先を両目の水晶体に突き刺そうとするの止めてくれない?悪ノリしたことは謝るからぁ!」
ジャンヌダルクねぇ……。悪いやつじゃないんですけど、いかんせん同人誌を買い漁るような聖女、もといお性女ですから相談相手になるか甚だ疑問ですが……どうせ暇なことですし憂さ晴らし程度には付き合ってもらいますか。
「ふむふむ。その男を見てると無性にドキドキするのですか」
「ドキドキ?とちらかといえばムカムカですが」
「その人間の男が他の女と話していると無性にヤキモキさせられると」
「ヤキモキ?どちらかといえばイライラですが」
「なるほど……わかりました」
「何がですか」
「あなたは、恋をしてるの――ギャァァァ!」
「何を寝惚けたこと言ってるんですかあなたは」
「そんなしれっと尖った先端を人の両目に突き立てないでください!訴えますよ!」
「魔女裁判に?敗訴確定でもよろしければ」
「止めてください!トラウマなんですから!」
両目を押さえて彼女は帰っていったが、あれは放っておいても治りそうだからどうでもいいとして、この私があの男に「恋」をしてるだって?
馬鹿馬鹿しい――
この気持ちは、そんなんじゃない。
「オヤジ。たこわさ」
「カルパッチョなら」
「いらん!」




