出会ってしまった二人
この退屈で平和な日々は、無条件にいつまでも続くものだと信じていた。
それが、まさか……あのような形で終わりを迎えるとは、誰が想像出来ただろう。
未曾有の大震災に襲われ、俺が住んでいた故郷は一瞬にして跡形も無くなってしまったのだ。
「お兄ちゃんっ!」
「良かった……助かったか……なら……泣いてないで……さっさと逃げるんだ」
縁もゆかりもない幼女を助けちまうとは、我ながらとんだお人好しだぜ……。
今にも崩れそうだった家屋に閉じ込められていた幼女を助けたは良いものの……代償は己の命か。
「嫌だよ、お兄ちゃんも逃げようよ!」
「ちょっとお兄ちゃんは……動けそうにないから……先に逃げるんだ」
落ちてきた瓦礫の下敷きになり、下半身が完全に潰れているのだから、もう逃げようがない。
それでも、目の前の幼女を助けるには、希望が必要だった。
血で真っ赤に染まった片腕を、泣きながらも引っ張り出そうと掴んで離さない幼女に向けて、最後の力を振り絞り伝えた。
「お兄ちゃんが……良いものあげるよ……これは大事な……お守りだ」
わずかに動く右手で、ポケットに入ってた《《ゴム》》をプレゼントした。
「これ……貰って良いの?」
「あぁ……持ってけ……それは……きっと君を助けてくれる……ほら、走って逃げろ」
幼女は力強く頷くと、振り返ることなく走り去っていった。
「あぁ……短い人生だったが……最後に幼女を助けることが出来て……本当に良かった」
社会貢献の一つも出来なかった俺には上々な死に方だろう――
再び意識が戻ると、そこは真っ白な空間だった――
まるでお湯のなかで揺蕩うように、頭がふわふわしている。
汝、望むことはありますか?
あれ……ここは……どこだ……おれは……なにをしてたんだっけ……
汝、望むことはありますか?
そういえば……巨大な地震があって……小さな女の子……もとい幼女を助けて……
汝……望むことはありますか?
そうだ……瓦礫に埋もれてた幼女を発見して……助けた代わりに……
……汝……望むことは……ありますか?
ああ、そうか。思い出した。
幼女を救助して瓦礫の下敷きになって死んだんだっけ。最後に幼女を助けて死ねるなんて、まったくもって本望じゃねえか。
ふえ……
死んじまったもんはしょうがねぇ。次の人生があれば、また楽しみたいもんだな。さて、それまで一眠りするか――
「き・い・て・く・だ・さ・いーーーーっ!!」
「うおっ、なんだなんだ」
「さっきからなに一人で起承転結してるんですか! 私の存在意義を無くさないでください! 意義を消滅させないでください!
異議申し立てしますよ!」
急な癇癪が聴こえたと思ったら、目の前にはロリ、小さな幼、子供がプンスカ怒って立っていた。
「訂正しなくても、十分ロリコンなのはわかってますよ」
「ちょ、ちょっと待て。あんたは一体誰なんだ? 見た感じ口リっ子だが……あんたも死んだ口か」
「私ですか? 確かに生きてるとも死んでるとも言えない存在ですが、死んでいるかと言われると業腹ですね。私だって日々汗水流して労働しているのですから生の喜びは味わいたいのですよ。仕事帰りの一杯とか。キンキンに冷えてやがるビールとか。あとロリっ子じゃねぇ。屑ニートが」
「何故出会い頭に罵倒されなくてはいけないのか。あと次ニートって言ったらぶっ殺すぞ」
「あぁ脱線してしまいましたね。本文から。ええ、私は天界唯一の相談窓口、アフターケア事業部部長の卑弥呼と申します。この年で部長ですよ? 凄くないですか?末は社長か会長かですよ」
ちい、こいついちいち脱線しやがる……。
「え? おい、卑弥呼ってあの卑弥呼か?」
「そうです! 貴方も習ったことあるでしょう? あの卑弥呼様ですよ! 私の事を無視した暴挙は、これから毎日崇め奉ることで水に流しましょう」
「卑弥呼って――」
その名前は有名なんてもんじゃない。学がない俺だって知っている。あれだろ?
「あのインチキ似非占い師の」
「ぶっ飛ばしますよ! 三千世界の烏と共に!」
「どおどお。その卑弥呼さんが俺に何の用なんだ?」
「くっ……この私に向かって何の用だと宣いますか」
「くっコロ?」
「くっコロじゃねぇ! はっ、失礼、噛みました」
「いや、それやめとけ」
「しかし、貴方が真面目に答えないものなので私もつい悪巫山戯に興じるしかないのですよ」
「いや、わるふざけに興じるなよ。真面目にやれよ。なぜアフターケアのアフターケアをしなきゃいけないんだよ。大御所が黙ってねぇぞ。西尾先生とか」
「たまには手を抜くことも大事なのですよ。ほら、見てください!」
そういって卑弥呼は両手を広げつまらなそうに叫んだ。
「こんな真っ白なだだっ広い何もないとこでは娯楽の一つもありませんし、一人遊びするしかないのですよ」
(未だに何をいってるかよくわからない子供だが、確かにこんな何もない所に一人でいるなんて可哀想だよな……少しは多目に見てやろうか)
「ところで《《一人遊び》》って具体的に何するんだ?」
「本音と心の声が裏返ってやがりますよ」
「まぁ気にしないでくれ。それよりもナニをするんだ?」
「秘密ですゆえ」
くそっ、焦らしやがる……気になるじゃねぇか。なんか死んだっぽいけど、今はそれどころじゃねぇ。こいつの一人遊びの正体を知るまで死にきれるもんか!
「教えてくれよ〜。なぁ〜卑弥えモ〜ン」
「大の大人が妙齢の女性に向かって一人遊びとは何だと教えてくれとすがりつく光景は地獄絵図ですね。ここ天国ですけど」
「プライドなんて捨ててやるよ! 世界の真相を知るためならな!」
「かっこいい風に言わないでください。ルビから煩悩がだだ漏れですよ。そんな貴方にため息が漏れますよ。死してなお煩悩の塊ですかあなたは」
「俺はお前の全てが知りたいんだよ」
「何それかっこいい」
「なぁいい加減いいだろー? 先っぽだけでもいいからさー」
「マジで引っ捕らえてもらおうかこの男は。まー減るもんでもないですし、教えますよ」
「おーさすが卑弥呼様だ! 卑弥呼様は一体どうやって遊んでるのかな?」
「おままごとです」
「ん? ナニかおもちゃを使って遊ぶってことか? 悪くないねぇ。悪くないよ。そういうの好きだよお兄さん」
「いえ、おもちゃは使いませんよ」
「素手か。オーソドックスだが、一にして全、全にして一なるものだな。奥が深いものだ」
「いや、文字どおりですよ。誰もいないので、私が作った人形たちでごっこ遊びでもしてるんです」
「なにそれ不憫な子。そんなことだろうと思ったけど。ノリで語ってたけども」
「現に私は清い身体のまま召されましたからね。そんな私が一人で……ゴニョゴニョ……するわけないですよ」
「いや、してもおかしくないだろ? 男が一人でして、女が一人でしないという悪しき文化思想に私は一石を投じたい」
「私は貴方に一石を投じたいですけど。百石でも足りません。全く話が前進しませんよ。とにかく貴方は死んだのです。はい」
「流れ作業で死を宣告するな。本編始まってろくに物語始まってねえぞ」
「あなたの人生という物語は終わりましたけどね」
「何をっ!?」
『異世界転生を一緒に手伝っていただけませんか?』
「何をっ!?」