悪魔契約〜俺、もう後悔はしたくないんだ〜
「おんぎゃー!!おんぎゃー!!」
うるさい…何だよ寝てる時に。…寝てる?いつから?俺は確か…学校帰りにトラックに轢かれて…あいや待てよ?そのあと龍になった…いや、なってない。だれの記憶だこれ…?
「あんぎゃー!おんぎゃー!」
うるさい!待ってろ!今考えてるんだよ!何だこれ!何なんだよ!何でこんな変な記憶があるんだ!?誰だ!誰なんだ!俺は、誰だ!
「あらどうしたのユーグリアちゃん、またお漏らしかしら?」
「おぎゃー!!」
ユーグリアが泣いてる子の名前か。…あれ、何で俺が持ち上げられ…で、でかい!?巨人か!?
「ぎゃー!!やー!!」
…まさ、か…この泣き声は、俺か…?轢かれたまでは俺の記憶で良いん…だな?…並行世界とでも言うのか…?
。。。。。。。。
俺の予想通り転生していたらしい。神に会った記憶も無いし特典を貰った覚えもない。なのに言葉がわかる。字はわからない。今世での俺はユーグリア•ヴァイアーという名前になってて、母親のサリアさんと父親のアベルさんの子らしい。…ただの高校生だったのにわけもわからないまま死んで、家族に別れすら言えないで死んでしまったのが心残りでならない。俺が転生してから三年。何とか話せる程度には成長した俺だが初めて立った時や話した時に2人が泣いて喜んでくれたのが印象的だった。…前世の俺も親が生きていたらこうだったのかもしれない。
「おとうさん、なんのしごとしてきたの?」
「今日はな、魔物を狩ってきたんだ。こんなに大きいフォレストバードだ!皆んなで狩ったから余計に美味しいぞ!」
フォレストバード、ダチョウほどの大きさの鶏で性格は獰猛。縄張りに無許可で入れば容赦なく鉤爪と嘴で風穴を開けてくる魔物。—そう、魔物だ。この世界、何とテンプレ通りに剣と魔法の世界だった。皆んな魔法が使えるわけではなく、血統による物が多いらしいけれどこの村ではあまり多くない。なんでも高貴な血が必要らしい。高貴ってどこからが高貴なんだろう。ちなみに何処の家にも体を動かす目的で木刀が常備されてる。多分自衛の意味も強い。
「おぉー!!」
ただ肉が食べられるというだけでそんな疑問は消えてしまう。肉は貴重だ。いつもは山菜と汁、あとは硬いパンが出る程度なので、豪華すぎて腹が受け付けるか不安なレベルだ。
「…なぁ、ユーグ。父さんな、暫く、帰ってこないかもしれない。母さんを、頼めるか?」
「…せんそうでも、いくの?」
魔物がいるということは人の生活は危険にさらされているということ。危険にさらされていては人の心は荒む。いや、俺は世界を見てない。この家しか知らないからわからない。できれば平和でいてほしい。…だけど、平和なんて無いんだと思ってる。だから、こんなにも真剣なアベルさんを見て、俺は死にに行くのかな、なんて思ってしまった。思ってしまい、口が連動して動いた時にアベルさんは固まった。なんで知ってるのか、と目が雄弁に語っていた。
「とうさん、いきてかえってきてくれる?」
構わない。俺は三歳じゃ無い。まだまだ若造だけど精神は20になるんだ。肉親との別れも、経験してる。だけど、サリアさんはどうなるんだろう。貴方が愛した金髪の儚げなあの人は。貴方の赤髪と共にいたあの人は。貴方が亡くなってしまったら、悲しいはずだ。
「…約束は、出来ない。でも、精一杯頑張る。俺は、お前の父さんで、サリアの夫だからな!だから、待っててくれ。ユーグ。俺の家を護っててくれ。頼んだぞ。息子」
冗談めかして言って、父さんは翌日に居なくなった。それから5年。未だ帰ってきて居ない。
。。。
「ゆーくん!あーそーぼー!!」
「おっ、来たな少女X!今日こそ名前を教えてもらうぞー?」
2年ほど前、俺が六歳の時にふらっと村に現れるようになった子供。黒い外套のフードに悪魔の角みたいなとんがりを付けた銀髪金目の少女だ。歳は俺と同じくらいだと思う。サラサラと流れる銀髪は思わず触ってみたくなるほど綺麗で、少し緩い外套は加護欲を引き立てる。…有り体に言って美少女だ。そんな美少女とは2年ほどの付き合いになるけど未だに本名はおろかどこに住んでいるのかも知らない。
「あはは!出来るもんならやってみなよー」
「言ったなこいつぅ…!」
なぜかと言えばそれは俺がこの少女に負け続けているからで、何に負け続けているかと言えばチャンバラだ。ついムキになって思い切り木刀を振って少女の木刀を弾き飛ばしたこともあったが、なぜか次の瞬間に弾き飛ばした木刀が少女の手にあって顎をぶっ飛ばされた。多分魔法じゃ無いかと睨んでるがそうすると高貴な血を持つ人を殴ろうとしているみたいなので考えるのは辞めておく。
「よぉっし…いっくよー!!」
言った途端に本当に遠慮なく木刀を振り下ろしてくるのでそれを迎え討たずに後ろに下がって避ける。と言ってもそんなかっこいいものではなく大袈裟に後ろに飛んだだけ。虫を見て早く後ずさる感じ。
「あははっ。逃げてても私には勝てないぞー!!そりゃ、そい、せいやぁっ!!」
「逃げるわボケェ!っわ、たっ、とぉっ!?」
中々にエグい速さで飛んでくる木刀を避けることに精一杯で反撃なんてできないし、今日の少女はいつもより何か、本気だこれぇ!!うわ、ちょ…!その角度で来るのは避けられないからやめろぉ!!
「ふんぬぅぁ…!!」
避けられないので木刀で受けたら膝ががガクンっ!と落ちた。自転車が突っ込んできた並の衝撃…!どんなもの食べてたらこうなるというんだ…!もうお前が主人公でいいよ!無双してこい!
「あははっ!動きを止めちゃっていいのかなー?ほらほらほらぁ!!」
「おまっ…!二本目は卑怯だろ…!!ぬ、ら、おらぁ!!」
必死で避ける避ける避ける。足がわちゃわちゃしてるけど問題ない。大丈夫。足が攣りそうだけど関係ない。大丈夫大丈夫。そーくーる。俺はやれば出来る出来る。…今っ!
「どっせぇい!!」
「あっ…!?」
少女の木刀を片方掴み奪い取る。…あれ、なんか思ったよりスムーズ?摩擦がないかのようにスルッと抜けたな?いやまぁ、いきますか!なんかテンションあがってきた!
「ちょっ、ズル…!何で取れたのさぁ!?」
「わかんない!けどまぁ名前くらい教えろコノヤロー!!」
二刀流とか急には無理だから地面に置いて一本で攻める!えいっ、えいっ、えいやっさ!!
かーん…と気の抜ける音がして少女の木刀は空を舞い、驚いた表情のままぺたんと座り込んだ。
「…フッ」
やったぜ。大 勝 利 !
いやまぁ、慣れない二刀流なんかしたら足元救われるよそりゃぁ。初めて見たもん君の二刀流なんて。
「まけ…た…?あはは!負けた!すごい!すごいよゆーくん!私まだゆーくんに負けるなんてこれっぽっちも思って無かったのに!あはは!人間って凄いんだねー。…うん。約束だったし私の名前を教えるね?」
少女は外套の裾を叩いて埃を落として、にっこりと笑顔で言った。
「私はマモン。強欲の悪魔だよ!」
「…はい?」
とても綺麗な笑みに見惚れていたせいで俺は聞き間違いをしたらしい。強欲の悪魔ってあーた…。無理無理。今時使い古されてるから。みーんな知ってるって。七つの大罪でしょ?この世界にも人がいるからあるのかなーとか思ってたけど大きいとこから持ってきたなぁ…。
「信じてないねー?それらしいとこは割と見せてたはずなんだけどなー。…ほら、木刀をもう一個出したとことか!弾かれたはずなのに手に持ってた時とか!あったでしょー?」
「…いや、あった…けどさ。まってまってまって?え?マジなの?嘘じゃなく?」
「嘘じゃないよー?ほんとーの話。
「…いやいやいや、そういうのって物語の終盤とかで明かさない?それまで隠さない?え?何で?…えぇ?」
「だってー。そういう契約だったでしょ?ほら、君と初めてあったときに名前尋ねられた時さ、言ったじゃん。私に勝てたら教えてあげるって。」
「契…約…ね。…はは、知らない間に大悪魔と契約してたのか俺…。これは死ぬまで自慢できるなぁ…!」
「あははっ。何言ってるのー?」
「…あれ、自慢しちゃダメだった?」
「君は私と契約したんだよー?解約できない契約を結んだんだよー?逃がすわけないだろー?君が何をどうしようとしてもいいけれどねー?君が死んだら私の元に来るんだよー?」
…あれ、おかしいな。寒いくらいなのに汗が止まらない。なんだろう…。もしかしてあんまりやる気出さない方がよかった、のか…?いやいやいや、早合点だ早合点。何されるのかもわからないし、何より生きてる間の自由は保証されてる。うん。大丈夫。大丈夫。
「あ、そうそう。私と契約をするとねー。不幸になるらしいよー?なんか、災いが全部降りかかるんだってー。…だから、期待してるよ?契約者さん?」
「いや、何を期待されてるの俺…??ちょっと待って災いって何!え、俺この村出た方がいい!?」
「いやいやそこまでじゃないよー。それに、私たちはきっちりと対価は払うよ?最初の契約は終わったね。ならこれは次の契約だから、うん。…大罪悪魔強欲たるマモンとの契約だ。内容は、君は死なないし、誰も死なせない。君は願うままに最善の結果を手繰り寄せることができる、かもしれない。私の権能は流石に授けられないけど、何故か君はもう一部ものにしてるから、うん。この内容で充分。…さて、君の活躍に期待してるよ?ユーグリア君。」
「…期待、か。…なぁ、マモンさん。」
「呼び捨てで良いんだよー?」
首を傾げて少し不満な顔をしていうマモン。
「はは…。なら、マモン。一つ聞きたいんだ。俺は、災いが来たとして、村の人たちを守れるのかな」
それが一番聞きたい。後悔し続けた前世、今世は、今世こそは家族を守りたい。日常を守りたい。俺は、失いたくない。もう家族の涙は見たくない。…それに、アベルさんとの約束もある。
「そんな真剣な顔をしなくても平気だよー?君は私の契約者なんだからー。それに、死なないし、死なせないんだよ君は。だから、安心してー?」
「…うん。なら、生きたいと思えるようにしたら俺は笑って終われる訳だな。…ありがとうマモン。」
「いえいえー。だって、2年の付き合いじゃないのー。私はね、ユーグリア君。人の感情なんてわからない。けれど、君にはダメになって欲しくないんだー。」
「…ありがとう。でも結局マモンのせいだからプラマイゼロだよねこれ。騙されそうになったけどさ」
でも、昔よりはマシなんだ。俺は爺さんの死に目に会えず、両親が死んだ時ものうのうと生き残り、そして姉と妹に何も言えずに死んだ。…今度こそ,俺は親不孝にはならない。俺は、今度こそ後悔はしない。…だから、ありがとう。マモン。
「…あははっ、じゃあねゆーくん。また会える時を楽しみにしてるよ!」
そう言ってマモンは止める間もなく駆け出し、居なくなってしまった。だけど何となく会える気がする。マモンは言ってた。俺は強欲を少し使えてるって。なら、また会えた時には使い方を教えてもらおうと思う。
。。。
それから半年は何事もなかった。この世界も日本と同じで一年は365日で四季、そして1日は24時間。だから正確にわかってる。…その時になると俺は外に出て村の人とも普通に話すし、友達も居た。だから、俺は愕然としたよ。村の外からスケルトンやゾンビにグールが襲いかかってきたときは。どう考えても普通じゃない。どうあっても勝てない。何故なら、地面を埋め尽くすほどの数だからだ
「女子供を護れぇぇええ!!家族を、隣人を護れ!!侵入させるな!逃げる時間を稼げ!引くな!逃げるな!家族のために!!」
村長が真っ先に木刀を持って外に駆け出した。村長はがっしりとした体をしている強面の爺さんで、困った時に必ず適切な知識をくれる人だ。だからこんな風に無謀とも言えることをするのは、俺の知る限り初めてで、それはつまりこの村が俺の知る限り一番の危機に晒されているって言うことだ。みんな列を成して逃げている。
「俺も!俺も行く!」
「ダメよ!貴方がもし死んじゃったら村長さん達の気持ちはどうなるの!?」
ぴょんぴょん跳ねて自己主張をするけどサリアさんに叫ばれる。子供のために頑張ってるのだからと涙ながらに言われても俺は納得がいかない。この村は俺の故郷だ。家がある。約束も、思い出もある。友達がいて家族がいるから安心なんかじゃない。…守りたいものを守れないなら後悔が募るだけだ。俺は後悔だけはしたくない。ここで諦めればたしかに明日があるのかもしれない。村長達の気持ちを汲むべきなのかもしれない。だけど…そんな先にある未来なんて俺はごめんだ。
「ごめん。母さん。俺のことはバカな息子だったと思ってて欲しい。親孝行は必ずする。死ぬつもりはない。だから、行くよ。俺」
「ちょっと…!?待ちなさい!」
サリアさんから離れ、逆走する。小さい身体だから人の流れに逆らって行ける。何とか抜けて家から木刀を取ってきてドアを開けるとスケルトンがいた。
ドスッと鈍い音がして俺は骨に殴られ、壁に叩きつけられる。血を吐いて蹲って、蹴られた。淡々と淡々と俺を殺そうとしているのがわなった。でも、死なない、俺は、死なない。直感でわかる。俺は何をされても死ぬことはない。痛くて熱くて死にそうだが、死なない。
「づぅ…がぁあああ!!!!」
叫んだ拍子に腹に力を入れて起き上がりスケルトンの顎を木刀で殴る。スケルトンの頭蓋が吹き飛ぶが倒せてはない。魔力を絶たない限り死なないのがアンデットだ。…あれ、何で俺そんなこと知ってるんだ…?いや,でもそうか…なら、どうにかして絶たないと。
ザザザッ
『ーー!無茶だやめろ!お前が死ぬだけだぞ!!考え直せーー!!』
『構わねえよ。俺が死んで終わりなら。…あァ、そうだ。妹に謝っといちゃくれねえか。二度も置いていってすまない、と』
『なら、なら生きろよ!何で…何で死のうとするんだよ!俺たちは、何のためにここに来たと思ってんだよ!なぁ、ーー!!」
『…すまんな。許せとは言わない。ただ、俺たちは日常の裏に潜む化け物なんだ。日常を生きるお前らを守ることが存在理由なのさ』
『…ヒャハ!ヒャハハハハハハハ!!!死ににきた、死ににきたなっ!ならお望み通り殺してやるよォ!!』
『…そう簡単に殺せると思うなよ?俺は日常の裏に潜む非日常。不条理覆す理不尽。貴様らを倒すのが俺の役目だ。…それに、こんなに晴れた良い日に死んじまったらさァ…うっかり天国にでも行っちまうだろうが』
なんだ…今の?きお、く?誰の?俺か?いや違う、俺はこんなのは知らない…なにがあったんだ?名前だけが聞き取れなかった…。わからない、わからないけど…なんか、すげぇイラつく。何でだ?なにが不満なんだ?他人の事だ。俺の事じゃない。…あぁ、あの虫食い状態か?…少なくとも主観の映像ではイソギンチャクみたいな変な奴と戦っていた…?いや、よそう。今は村のことに集中しないといけないんだ。
「…っ!」
左腕が痛い…なんだ?何が起こってる!?
「刺…青…っ?」
魔法陣のような刺青が手首から肩に向かって伸びている。手首にはまるで腕輪のように魔法陣が生成され、紅く発光している。
「なんだ…これ…ヅッ!」
痛みに頭が真っ白になるが、意識を失うわけにはいかない。子供だからダメでしたとは言えないし言わないし言わせない。
俺たちを守るために頑張ってくれてるのだとしても!あの人らの居ない明日に微塵も興味が湧かないんだ!だから、俺は皆んなを守る。だから…並行世界なんて関係ねぇっ!俺は俺だ!マモンは言った。権能の一部が使えていると!なら、なら俺に皆んなを守る力をくれ…!!
「…ぐっあ…あぁ!?…が、あああ!!!」
左腕が割れたと錯覚するほどの痛みが走る、喉は勝手に悲鳴をあげて右手は左腕を抑える。…なら,なぜ俺はこんなに冷静で居られるんだ?おかしい…、なんでだ?わからない、わからないが、都合はいい。家を出て見るとまだ皆んな頑張ってくれている。誰も倒れてない。なら、やらなくちゃいけない。俺に、力をくれ…!皆んなが幸せだと笑えるような、悪夢を見ただけだと安心するような未来を掴み取る為の力を…!
:応、否待、覚悟確認
あぁ…?なんだこれ?いや,今はいい。俺がどうなったって構わない。村を…みんなの日常を守る力をくれ…!!
:了、我悪魔、貴様契約
あぁ、おまえが何でも契約してやるさ…。対価は俺の身体だ。良いか?
:問題無
行くぜ…
:唱、悪魔契約
「俺はお前と契約する!」
:ここに、汝と契約を成す。我は悪魔。汝は人。欲望のまま我が力を解き放て。
頭の中に言葉が浮かんでくる…。
「我は汝、汝は我。種の垣根を超えて我らは嗤う。これは最後の幻想にして最期の夢想。…ここに、我と汝の契約を証明する!」
腕の刺青が身体中に伸びて来て俺の身体を黒紫のオーラで覆っていく。視界が悪い。手を見てみると魔法陣は背中に移動してキラキラと輝き存在を主張していた。完全に悪側。
「…これで村を救えるのならいっか。」
俺は元々後悔したく無いからここに残ったんだ。…俺は、二度と後悔したくないから。
ーーーー
アンデットを食い止めていた村人は背筋が凍ったような錯覚を覚えた。だが抗うのをやめれば大切な人たちが死んでしまう。それでは意味がない。
「…ぐぅっ!ぬぅああ!!」
雄叫びを一つ挙げてグールに突っ込む男性。背後が疎かになっていて、スケルトンの弓兵が死んだスケルトンから骨を奪い取り矢にして放つ。凄まじい速度で迫る矢に反応が遅れた周りの男性は歯を食いしばって目を逸らした。
ギュン
と、何かが捩れるような音がして逸らしていた目を戻すとそこには暗い闇に包まれた子供がいた。背に輝くのは悪魔の印たる紅い魔法陣。パラパラと掌から白い欠片のようなものを落として佇むその姿。
「…ゆう、ぐりあ、なのか?」
隣の家に住む青年が呟いた。闇の隙間から覗く顔は確かにユーグリアの物だ。だが瞳が違う。髪が違う。琥珀の瞳は金へと代わり、銀の髪は黒と白のまだらになっている。
誰もが悪魔憑きという単語を頭に思い浮かべて恐怖した。後退り、目を逸らした。
悪魔憑きは厄災だ。村で突如現れ災害と共に全てを壊す。女子供も、老人も区別なく殺し、家畜を魔物に変え土地を腐らせ水を毒にする。だが、御伽噺だと誰もが思っていた。御伽噺であってほしいと思っていた。目の前に居る化け物が、こちらを見ていると気付くまでは。
「あ、あああああ!!!!」
1人が頭を抱え蹲った。1人が泡を吹いて倒れた。1人が痙攣しながらもアンデットに向かっていった。1人,また1人と倒れていく村人を見て、化け物は満足そうに頷いた。それを見た村長は、目を微かに見開き倒れた。
ーーー
わかっていたんだ。今の俺が怖がられるなんてことは。わかっていたんだ。俺がいない方がきっと上手くいくんだって。…俺が、邪魔なのは知っていた。だけど、それでも…俺はガキらしく我儘を通したかった。その結果嫌悪されるのなら仕方ない。…サリアさんが村八分にされないことを願おう。
「…行くぞ、死者の群れ。皆んなを危険に晒したお前らを、俺は絶対に許さない。術者諸共何れ倒す。」
自分で思ったよりも低く冷たい声が出て、それでもそれに驚かない辺り俺も随分と壊れているらしい。…村のみんなに嫌悪の表情を向けられたのは悲しいし辛い。だけど、今までの皆んなの優しさを嘘だと思いたくない。…だからコイツらをぶっ飛ばしてから考える。力の使い方は頭の中にぐちゃぐちゃと乱雑に入って来てる。整理するのも面倒だからそのまま使う。
「…右、水。左、氷。上、槍。」
方向と属性を指定して声に出すとへその辺りから何かが抜ける感覚がして背中の魔法陣が指定した方角へと陣を増やす。そこから血のような水と氷、槍が出てスケルトンを一掃し、それを避けたグールは俺に肉薄してくる。
「ぐっ…!!」
慣れない視界に攻撃を避けることもできず食らってしまう。…ただ、視界を遮る変なオーラが盾の役割を果たしてくれたらしい。…これがなければ反応できていたかもしれないことを考えると凄い便利だ。確率と確定では話が大きく変わってくる。
「前、光線」
その変なのを魔法陣に捻じ曲げて指定すると白く縁取られた黒紫の光線が目の前を埋め尽くしていたグールを跡形もなく消し去った。…列車並みの太さのレーザーだった。しかも地面には傷をつけず、そのまま敵だけを消し去ったような…。
「後ろ、炎」
後ろに居たゾンビを燃やして灰に変え、俺の姿は元に戻った。俺の身体は力が入らないどころか骨が砕けた感覚と筋肉の断裂した感覚。五感も鈍り浮いているかのような感覚。…ようするに、死にかけだ。
ただ、悪魔の力を貸して貰ってあの絶望がこんな簡単に押しのけられたんだ。…うん。このくらいの代償で済んで良かった。…だけど、あの悪魔は俺の身体を使わなかった。なんでだ?俺なんかの身体じゃ満足行かないのか?…いや、やめとこ。力を貸してくれた悪魔を蔑むような真似はしちゃだめだ。
「…お、おい、ユー。生きてるか?」
声どころか全身震えてそうなくらいガタガタの声が聞こえる。…これは、隣の家の人かな?ネイヴァーさん。俺を殺すのかな。それとも追放かな。追放だと良いなぁ…。死ぬのはまだ嫌だ。
「…なん、とか、一応は」
喉に砂利が詰まったかのようにガラガラの声だ。ほんとに自分の声が疑わしい。でも一応通じはしたみたいだ。明らかにビクッと肩が上がり、おずおずと手を伸ばして来ているのがボヤけた視界でもわかった。
「ば、ばかやろう…!何のために俺たちが戦ったと思ってるんだ…!そんなボロボロになってまで…。俺たちがそんなに信用できなかったのか…?悪魔憑きであることも隠してて…。」
悪魔憑き…?…あぁ、確かに。悪魔に憑かれてたんだから悪魔憑きか。隠してたんじゃなくて今なったんだけどな…。
「信頼,してるから…護りたかった…んですよ」
あ、やばい…意識…が……………ぁ
。。。
暗い闇の中、ローブを着た少女が浮かび上がっている。
「そっかー。君はそうなることを選ぶんだねー。…うん。でも、後悔しないように生きるなんて強欲だよねー。だから私と相性が良かったのかな?ねぇ、ゆーくん?」
「…あはは、久しぶり。とりあえず椅子に縛り付けられてる理由を教えて貰っても?」
「無茶しすぎだからだよ?一歩間違えてたら死んでたんだよー?もっと危機感持っていこー。」
「そりゃ、まぁ…あんだけ変なのをバカバカ打ってたら魔力も尽きるもんな…」
「魔力?いやいや、君が使ったのは生命力だよ?魔力は回復するけど生命力は中々回復しない。ぐっすり寝てもいっぱい食べてもぜんっぜん回復しない。それなのに君と来たら…あれだけで10年は寿命が縮んだよー?」
「…あれで、10年か。」
結構割りはいいんだな。
「全然割りは良くないよ。魔法使いならアレレベルを撃つのに1週間かけて回復する魔力で足りる。わかるかい?」
心読んでたりすんのか…?ってか待て、1週間で!?
「あのレベルの火力を出すのにそれだけの魔力で良いのか!?」
「…はぁ。あの魔法は古代魔法だよ。暴食の契約者しか使い熟せないジャジャ馬だ。燃費が悪すぎる。普通の魔法であのレベルだと…三日かな」
「…なんてこった。バカみたいな取引をしてしまった…!」
しかも凄い呆れられてて辛い…!
「あははっ、まぁ仕方ないよー。ゆーくんは初めてだったんだから。それに、うん。その悪魔ならもう君の一部だしねー」
「…え?一部?聞いてないよ?え、どゆこと?は?」
「ふふふ。忘れたの?私は悪魔だよ?嘘もたくさん言うし偽るの。隠すことだって多い。…君はそんな存在と契約してるんだ。…自分の不幸を呪うかな?」
「…いーや。俺は幸運だ。なんたって、マモンと会えたから俺は村にくるアンデットをぶっ飛ばせた。マモンが俺に悪魔との繋がりを仄めかしてくれたから、俺はあそこで契約できたんだ。…だから、ありがとうマモン。」
マモンのおかげで俺は後悔せずに済んだ。晴れやかな気持ちだ。納得して終わることがこんなにさっぱりしてるとは思わなかった。
「…変わってるね。君は。いや、だからこそ私の契約者になれるのかな?」
闇の中でもわかるほど温かな風が吹いた。何があっても、例えマモンと会ったせいで村がアンデットに狙われたのだとしても…俺は、ここに来て、マモンと会えて良かったと心から思う。悪魔との契約は案外悪くないと、そう心から思った
どこが悪かったかの指摘をお願いいたします