アーチを架けろ
私は天使である。名前は無いが、あだ名ならある。レトロの神様が名も無き私のために『虹子』という、あだ名をくださった。
生誕十八年。まだまだ経験足らずのひよっこで、何をするにも成功率が高くない。失敗ばかりの私だが、眼下に広がる雲間に虹を架けることだけは自信がある。
虹だけ架ける子。……略して虹子。早く一人前の天使と認められて、名前が欲しい。
いや、虹だけ架ける天使なら、略したら虹天じゃない? なんて、口が裂けても言わない。ここでは神様が絶対で、私はまだまだ子供だから。
……って、ちがーう、違うもん。子供じゃないもん。天使だもん。バカにするなー。ポカポカ。
はあ、しんど。
言動すら愛らしく、何をしても大抵のことは許される。そんな魔法少女のような可愛いらしい体になりたいものだ。天使の中では、かなり体の大きい私が、違うもん。子供じゃないもん。なんて言ったところで似合わない。
私は好き嫌いなく何でも口に放り込めるタイプだったから、能力に反して体の成長が著しい。ヒト属の人間女性くらい大きい。もしも私が人間なら、「空前絶後の」なんて枕詞が余裕でついちゃう美少女だったでしょうね。
でも、私は天使である。唯々ほかの天使よりでかいだけ。天使の中でも十分美しい自覚はあるけれど、とにかく目立ってしまうのだ。チワワの中に、一匹だけシベリアンハスキーが混じった感じ。だから、私が地界に降りて、お尻丸出しでラッパプップーなんて吹こうものなら、まず魔女狩りに遭う。
まあ、そんな狩り? 首謀者の足首に噛みついて、アキレス腱ごと引きちぎってやれば問題ないけどね。
ていうか、シベリアンハスキー違うし、そもそも脱がんし。
そんな、でかいだけの私を雇ってくれたのが眼前におられる、レトロの神様。
――神名『レト』――。
まあ私も、神様のことを神名で呼ぶほどの不敬は働かない。さすがにそこは越えてはいけない一線ってやつ。視覚化できない線だけど、あると思う。だから私はいつも爺……神様と呼ん……お呼びさせていただく所存。
私に与えられた空間は狭く、と言っても天務に支障が出るほどじゃない。球場の放送席くらい? そんな限られた空間に身を置いて、日々、じじ……神様に仕える私は、今しがた承った命の通りに、『地界の事件簿 最新版』を広げた。
神様はさっそくそれを見なが……ご覧になりながら鼻を垂ら……お鼻をお垂らしになられて、
ちっ、……めんどー。
私、敬語とか知らないし。敬いは気からって言うし。人間の、それもごく一部にのみ伝わる慣習に倣わなくたっていいのに。神様だって、その程度で怒るほど器小さくないし。
……なーんて、いくら御託を並べても、ほかの天使達はそつなくこなすのが現実だったりする。それができないから、私はこんなしょぼくれたじじ……おっといけない。
神様は地べたに胡坐をかき、事件ファイルを広げたまま、お鼻をお垂らしになられた。
ちーん。
「ぐすっ。この殺傷事件の犯人、はよ死なんかのう。ついでに監督も、何ならワシが直接手にかけてもよいが」
「ついでにって、神様が滅多なこと言わ……仰らないでください」
口では物騒なことを仰る神様であるが、信者の激減に伴い、力も減少しており、実際に手にかけるような神通力はとうの昔に失われている。新たな信徒の獲得を目指すべく、事件ファイルをご覧になっては小言をお吐きになる。そんな神様のお話相手になることが私の主な天務である。
お話相手とは楽そうだと侮るなかれ、これが中々の激務なのだ。
「この、後輩ちゃんとやらの筋肉は誠に見事。これにはダヴィデ像も真っ青じゃ」
「さっすが神様っ! 全分、青いです」
「虹子よ、彫刻は青くないのじゃ。そこは真っ白ってツッコミをじゃな……いや灰色か? 仮にも天使なら、それくらいやらんかい」
ちっ。天使が抗えないと思って調子に乗りやがってこのクソじ……ふう。落ち着け、私。冷静かつ軽妙な反撃こそ、美しい私に相応しい。
「はい? そんなの天務外ですー。お給料さえ払えば何をしても許されると、お思いになられるタイプですか? いいですか、お客様は神様じゃないんですよー。いいえ、神様でしたー」
ぴえん。
「情緒がおかしくなっとるようじゃが、大丈夫か? お薬ならないぞ」
「……大丈夫です」
「ならば全分ってなんじゃ? 全身じゃ全身。全身青ければ彫刻よりむしろアバターじゃし、半分青いのも永野のシャツだけで十分、青いじゃろ」
「その、毎回ツッコミして当然というお考えは大変めんどいのですが」
「もっと奉公せんかい、この馬鹿たれが」
はな垂れが馬鹿たれて……ぷっ。
神名で呼ぶほどの不敬は働かぬものの、それでもまあまあ不敬な私の見立てでは、神々のご多分に漏れることなく、レトロの神様も不遜である。でも、決して邪な神ではなく、冗談が好きで、口が悪いだけ。どこにでもいるじじ……神様で、欲も少なく野心もほとんどない、人畜無害な神様である……あられる。
かしこ。
「なーにが、かしこじゃ、馬鹿たれが!」
「うっ、勝手に心を読まないでください。そこは天畜無害でー」
のんびり連載できればと思ってます
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