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サヨナラデッドボール

初投稿です


毎回タイトルで野球大喜利していますが、ちゃんとした物語になる予定です



 腹が痛え……。


 ははっ、このまま死ねば、俺の最後の晩(さん)はプロテインか。


 神無川沿いに建てられた病院の一室。坊主頭の球児達が作る輪の中で、わずかに黒髪の伸びた少年だけが仰向けに倒れていた。


「佐野っ、大好きなりんごだぞ。ぐすっ……早く起きないと全部食べちまうぞ」


「先輩……ひっく。バントのコツ……教えてくれるって言ったじゃないですか! 早く起きてくださいよ……ぐすっ」


「ぐずっ。シュウゴぉー、俺の野球あるあるでも聞いて、元気になれよぉー」


 ……りんごか、くいてーなあ。


 ひと思いに、ねじ込んでくれたっていいんだ。自分では口を開けることもできないしな。それにしても、みんな好き勝手なこと言いやがって。後輩ちゃんも、ありがとうな。


 だが……、最後の一投は……俺の勝ち……だぜ……へへっ。





――――



 野球部のエースとして長らくチームを牽引してきた佐野修悟は、最後の大会を目前に一つ下の後輩ちゃんにエースの座を明け渡すと、二番手投手として大会に臨んだ。


『高身長から投げ下ろす、角度のある直球と変化球が持ち味』


 ……なんて特集記事に書かれた俺の身長は183cm。決して低くはない。とはいえ野球選手として考えれば高身長は言いすぎだ。でも、さして特徴のない二番手投手の一言欄なんて、無理やり(ひね)り出したに違いない。雑誌記者が本当に取材したかったのは後輩ちゃんであり、俺はおまけだった。


 コントロールに磨きをかけてきたから、角度はともかく高低差を利用した投球術に自信はある。けれど、後輩ちゃんはとにかく球が速かった。


 後輩ちゃんの筋肉は、上腕三頭筋から手首に至るまで、そして大胸筋に広背筋、極めつけの太ももと、どこを見てもパツパツに張り出した美しい彫刻だ。実戦で鍛えた動ける筋肉はしなやかで、繰り出す球はスナップのよく利く綺麗な縦回転。


 速くて美しくて、エースとしての華があって……、


 なんていうか、「仕上がっていた」って感じ。




 昨今の野球事情は、選手の安全性を考慮して球数制限を設けるべき? なんて議論が盛んだ。けれど、うちの野球部には無縁の話だった。


「エースなら先発完投して当然」そう標語する監督は極めて前時代的で、180球でも200球でも試合が終わるまで容赦なく投げさせた。監督は何球投げたか数えないし興味もない。その程度で握力がなくなるようならお払い箱にして、次のエースに()げ替える。


 そうして潰された先輩方を何人も見てきた。球数制限なんて言葉は監督にとっては念仏で、たとえ辞書に載っていても引くこともしないだろう。


 幸いにも俺は潰されはしなかったが、そこに後輩ちゃんが現れた。まあ、後輩ちゃんほどの逸材なら、監督じゃなくても誰だって投げさせたい気持ちはわかる。だから納得して受け入れた。


 本音を言えば二人で投げ合って、支えあいながら勝ちたかったけどね。


 仕方ない。チームのためだし。監督は絶対だし。


 まあ、いくら監督が前時代的とはいえ、練習中に水は飲めたけど。


 あー、水も飲みてー。最後の晩餐がプロテインとか、あんまりだわ。




 と、言うわけで二番手なんて肩書きは名ばかりのポジション。最後の大会は、すべての試合を後輩ちゃんが投げきった。


 連投による肩の酷使無双。後輩、後輩、雨、後輩。


 勝利の山を築くと野球部は輝かしい成績を収めたが、後輩ちゃんが故障しないことを願わずにはいられない。


 投手佐野の出番は一度の機会もなし。

 俺の最後の大会成績は、

 .000 犠打7 打点6 四球4 以上。


 犠打の犠は犠牲の犠。チームで一番バントが上手い俺は、ここ一番の代打として起用された。塁上の走者を進塁させるためだけに散る(はかな)い命。


 それが「代打、俺」。


 スクイズを成功させ続けると、バレバレの作戦に四球が増えていったのは当然の帰結だ。バッティングも練習し続けたし自信はあったが……、


 まあ、仕方ない。チームのためだし。


 それでも俺は腐ってない。引退してからも……そりゃあちょっとは弟とゲームで遊んだりもしたけれど、体力作りは毎日欠かさずに継続した。プロに入って活躍する夢も実現可能だと真剣に考えていた。春からは大学野球でしっかり揉まれ、プロで戦える肉体に改造して、野球に捧げる大学生活って、そう思っていたんだけど。


 ……仕方ないか。


 ひとしきり想いは巡らせた。


 ひたすら走り続けて、投げ続けて、野球だけの人生に心残りはある。


 でも、……不思議と悪くない気もした。


「おい、佐……しっ……頼むか……目を覚……」


「審判……石ころ……、でも本……人間……るある」


 外野の声が遠くなる。静寂が身を包み、次第に思惟(しゆい)すらままならず――


(レトロの輝く未来……お主のバントに託す……)


 ……バント? 身体の内側から発せられた奇妙な音。(わず)かだがたしかに……、


 その響きを感じながら、無になってゆく。





――――



『商業施設 通り魔殺傷事件:奪われた未来の侍エース』


――容疑者は、倒れこむ被害者の救護に駆けつけた人をも次々と包丁で殺傷した。逃走を図ろうとしたところ、その場に居合わせた野球部員、佐野修悟(17)の投げた防犯カラーボールが容疑者の背中に着弾。これ以上の逃走が困難と悟った容疑者は、奇声を上げながら野球部員の集団に刃を向けて急追した。しかし、体力で勝る集団が軽々と容疑者の追走をかわすと、息の上がった容疑者は、近くに逃げ遅れた女子児童を発見し標的を変えて襲った。その女子児童を(かば)う形で佐野修悟(17)は左腹部を強く刺されて負傷。容疑者はその後に駆けつけた警察官によって現行犯逮捕された。容疑者特定の一助となり、さらには被害の縮小にも尽力した佐野修悟(17)は緊急搬送されたが、搬送先の病院で今も集中治――


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のんびり連載できればと思っております


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