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とんとんとん。くつくつ、コトリ。
いい匂いと、しあわせの音がする。
「リア。起きて。ポトフができたよ」
さらりと髪を撫でられてリアは浅い眠りから目を覚ました。アルフレヒトは微笑みながら彼女の手をとって、湯気の立つ料理の並ぶ食卓へと誘った。
トースターから出したばかりのパン。黄金の透き通ったスープの中には分厚いベーコンやトロトロになるまで煮込まれた小ぶりの玉ねぎが丸のまま入ったりしている。それから付け合わせがいくつか。
リアは歓声をあげてテーブルに着いた。
「……わたし、アルフの作るポトフ大好きだわ」
食事中、しみじみ呟いたリアにアルフレヒトが笑った。
「ポトフだけ?」
「他の料理だってとっても美味しいわ。わたしだって負けないけど」
「そうじゃなくて」
「ふふ、もちろんアルフレヒトのことが一番好きよ」
かわいいひと。
可笑しそうに声を上げるリアにアルフレヒトは気恥ずかしくなったのか頰を掻いた。
「また作るよ」
「やった。約束よ」
ああ、この約束だって、まだ果たされていない。自分たちはどれだけの約束をこの冬に置き去りにしようとしているのだろう。
とんとんとん。コトコト、くつり。
また、しあわせの音がした。
*
「ん……」
「あら、魔女さま。お目覚めですわね」
うすらと浮上した意識はあの穏やかで愛おしい夢を遠ざけてリアを現実に引き戻した。
テーブルに料理を並べていた夫人が身じろぎしたリアを見留めた。覗き込んでくる彼女の向こう、キッチンには黒髪が揺れている。
すっかり勝手を覚えてしまった彼は今日、マニラ夫人とともに夕食を作ることを提案してきた。
「まあいいけれど」と食事の準備を任せることを決めたリアに、「腕によりをかけて作りますわ」と気合を入れた夫人の隣で、ルーカスは「お口に合えばいいですが」と眉尻を下げながら笑った。
その彼が、アルフレヒトと重なるのだ。
あたたかな色合いの茶の髪も、柔らかくも気安い口調も彼には存在しないのに。
「ちょっと待っててくださいね」
「ポトフ……」
テーブルの上、スープ皿を覗き込んでリアが思わず口に出す。先ほど夢に見た黄金色のスープがなみなみと盛り付けられていたからだ。
「得意料理なんです。他はマニラ夫人が」
並べられたあたたかい料理。ぱちぱちと暖炉の薪が爆ぜる音。オレンジ色の照明。部屋の物の配置もほとんど変わっていない。時を止めた季節とリアとともにこの部屋の中だってあのときのままだ。
「なにか?」
「……ううん。なんでもないわ」
それなのに、このあたたかな光景の中にアルフだけが足りない。
この満たされたような心地も、所詮仮初めのものだとリアはひとり言い聞かせた。