暗殺者のあの人に恋してしまった
ずっと、あの瞳に映らないかと願っていた。誰かのそばで空気になっているあの人。
彼がここにいる。私をその瞳に映して、私の瞳がその姿を映していることを許している。
何故気付けたのかは分からない。気付いてはいけないはずだ。
だってあの人は空気になることに徹していて、誇りを持っていて、気付かれないことが仕事なのだから。
偉い人の影で目を瞑って、ただそこにいるのが仕事だった。
誰かが身動ぎすると肩が揺れて、すぅっと目がひらく。
扉を隔てた向こうから音がすると眉間にしわが寄る
そんな彼の仕事ぶりを見て、不躾ながら好きだと思ってしまった。
彼は暗殺者だ。
偉い人を守るのではなく、殺すためにいる人だ。
誰に依頼されたのかは知らないが、偉い人に付いて回って不審に思われていないのならば、もっと偉い人からの依頼で。好きに動き回れるならば、彼自身もそれなりに偉い人なのだ。
あの偉い人は何をしたのだろうか。
彼が陰に潜んでいるなんて、これっぽっちも気付いていなかった。
周りの人も不審に思っていないようなので、買収されているか気付いていないかだ。
大半の人は気付いていないだろうけれど。
あぁ。どうして彼は私の前に現れたのだろう。
気付いていると知られたら、私は、あのいなくなった偉い人達と同じように殺されるのだろうか。
それでも、私は彼を好きでいることをやめられない。
尤もらしく彼との出会いをコレと定義づけるなら、彼が殺害対象を虐めているところに出会したところになるだろうか。
にっこりと胡散臭くはあったけれど。笑いながら嬲り殺しているところにばったりと。
彼は私に気付いていなかった。
だから、あれこそが彼なのだと私は実感している。
人の目のあるところでは絶対に見せない”彼”の部分。
残酷で人に対するものとは思えない程、巨悪なそれだった。
なんて残酷で非道で無情な。
それでいてなんて人間的な。
それが彼を認知した初め。
それから、度々姿を見るようになった。
正確には、見えるようになった。
たまに開かれるその目が存外綺麗で羨ましくて、ぶれない姿勢と呼吸に技術の高さを知って。
彼の瞳に映る偉い人を妬ましく思った。彼の瞳を見てみたい。それに映りたい。
同時にそんな未来は来ないと、諦めもあったけれど。
だから私の姿が、どうして彼の瞳に映っているのか理解が追いつかない。
”嬉しい”と思うより先に、不思議だ。”何故”と問いたい
彼も目を見開いている。
初めて見た面だ。
浮かんでいるのは驚愕だろうか。
そんな顔、初めて見た。
彼も驚くことがあるのかと少し感慨を覚える。
じんわりと染み込む、彼の瞳に映った嬉しさに震えてため息を吐く。
好きだった。この気持ちだけは私のもの。これだけは持って殺されよう。
こんな平凡な奴に微笑まれたって、楽しくも嬉しくもないだろうけれど精一杯微笑んで。
さぁ、あなたを私に感じさせて欲しい。
あの残酷で非道で非情な行為で、私は泣けはしないし、何も感じずにやられるだけだから、楽しくないと思うけれど。
さぁ最初で最後の命をかけた”お願い”だ。
「あなたのてで ころして」
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*1 かお・・・本来の読み方ではありません。ただ本作では驚愕の色が浮かぶ顔面、という意味でかお、とさせていただいております。
謎のまま終わります。あとはご想像にお任せします。ごめんなさい。
彼女は幸せだったということだけは明記しておきます。