03 「キツネ、食べる」
我が家にはメイドさんがいる。お母さんみたいなしっぽはないので、人間だと思う。ちょっと耳が尖ってて長いのが気になるけど。
このメイドさん、お母さんに負けず劣らずすっごい美人さんなのだ。銀髪緑目で年の頃は二十歳くらいだろうか。
黒に白のラインが入ったシンプルなメイド服着てるんだよ。甲斐甲斐しくお世話してくれる美人メイドさんとか、もう、最高すぎません? どこのお店ですか?
僕が成人男性だったら毎日通ってじゃんけんゲームしまくりですぜ。
なんてね。今の僕は狐で、それもガキンチョなんで、綺麗だなぁと素直に思うだけだけだよ。
そんなことより何より、メイドさんことサリー(お母さんがそう呼んでいる気がする。確証はない)はすっごい優しい。
最近母乳を卒業した僕たちの食事はサリーが作ってくれるんだけど、これがめちゃくちゃ美味しいのだ。なので、僕と妹はもうサリーに懐きまくりで、妹なんか、お母さんよりサリーの方が好きなんじゃないかってくらいだ。
美味しいものくれる人に悪い人はいないからね。うん、仕方ない。
お昼ご飯の時間、僕たちは、今日も今日とてサリーの足元にじゃれついて、次はどんな美味しいものを作ってくれるのか、と期待の眼差しで見上げる。
サリーが僕と妹ににっこり微笑んだ後、頭を優しく撫でてくれる。うん、気持ちよす。
「きゅぅぅ」
僕たちは喉の奥を鳴らして目を細める。サリーが一頻り僕たちを撫でまわした後、台所へ。僕たちはその後をどたばた追う。
サリーが調理している間、僕は妹と一緒にサリーの足元をぐるぐる回る。
どうも僕は四足歩行が苦手で、がっつんがっつんサリーの足に衝突してしまう。
そのたびにサリーが手を止め、心配そうに僕のことを見てくる。
いや、違うんだよ。僕はサリーの邪魔なんかしたくないんだよ。僕には前世の記憶があるんだ。何も覚えてないけど。精神年齢的にはいい大人なんだ。だから、静かに待ってようって思うんだよ。
でもさ、目の前を妹の金色の尻尾が通り過ぎていくと、こう、ウズウズしちゃうんだよね。動物の本能なのかな。
気が付くと僕は妹の尻尾を、妹は僕の尻尾を追いかけてサリーの足元でドタバタしてるんだよね。
できましたよ、的なことを言いながら、サリーがコトリと僕たちの前にお皿を置く。
僕たちは待ってましたとお皿にダイブだ。今日はリンゴのすりおろしにふにゃふにゃトロトロ触感の何かが混ざった奴。
甘く、それでいてスッキリとした喉越し。そして、味を引き締めるほのかな苦み。
トロトロの物体は何だ。
芳醇な香りに爽やかさをプラスし、さらに全体の調和を……むむっ、ふにゃふにゃはブドウか!
そして苦味はオレンジの皮だ!
絶妙なハーモニー! 確かな経験に裏打ちされた職人芸! あっぱれ、味のテーマパーク、星三つ!
「くぅぅん! くぉぉうんっ! くっ、くくくん、くぅぅぅぅ!」
というような、一人コメントをしながら、僕は今日も一心不乱にご飯を食べる。
いやしかし、ここまでの味覚センスと、それを余すことなく表現しうるずば抜けた語彙センス。
もしかしなくても、前世の僕は食レポアナウンサーであった説が濃厚になってきたな。
きっと美形の高学歴でモテモテ男であったことだろう。さす僕。
おっと、いかんいかん、今はこの超美味いご飯に集中せねば。
うまうま。
最後にお皿をピカピカになるまで舐め回し、僕と妹は大満足。
食事が終わると、サリーが僕たちの口元を優しく拭いてくれる。それから、温かな手で、僕たちの全身を優しくブラッシングしてくれるのだ。
僕たちはその気持ち良さに、目を細め、それからくわぁぁっ、と欠伸を二つ。あっという間に瞼が重くなる。
あー、美味しかったぁ。
サリー、いつもありがとう、という気持ちを込めて一鳴き。
「きゅぅ」
「きゅっきゅぅぃ」
おやすみなさい。