16 「キツネ、修行する」
「それでは修行を始めます」
「オス!」
「オス!」
お母さん作のお揃いの修行着に身を包み、僕と妹は気合十分。
いや、正直何の修行かは知らないんだけどね。まぁ、庭で幼児二人相手だからね。
踊りかな? と思ったら木の棒を渡されたよ。で、剣の修行だって。
まじ?
「全神経を剣先にまで通すのよ!」
今は上段からの打ち下ろし。えい、えい、とお母さんと一緒に木の棒を一生懸命振る。
ナニコレ、チョー楽しいんですけど!
いい汗をかきながら夢中で棒を振る。
妹は一瞬で飽きたらしく、サリーのところに行っちゃった。やっぱり厨二力の問題だね。
僕とお母さんの厨二力は53万です! ドヤぁ、と思いながら僕たちは稽古を続ける。
僕の素振りはもはや玄人のそれと遜色ない。何せ、お母さんが共鳴で、理想の打ち下ろしを教えてくれるのだから。
共鳴というのは僕たち天狐族の祝福なのだそうだ。
その力を言葉で説明するのは難しい。しいて誤解を恐れずに言うなら、己の存在を震わせ、相手と繋がる力、ということだそうだ。
僕たちが言葉をすぐに覚えられたのも、お母さんが共鳴を使って僕たちの意識下に直接語り掛けていたからなんだって。
うむ、なるほど、ほへーである。
でも、今の状態が異常であることはよくわかる。僕の脳裏には最適な打ち下ろしが鮮明に浮かび上がってくるのだ。
腰を落とし、右手で棒を持ち、左手を添える。上段に構えた棒をほんの少し斜め右へ傾け、腕と肩の力が最も抜けた状態で、足を前に出し、脇腹と手首の捻りで振り下ろす。
半円を描き再び棒を上段へ。
力などいらぬ。全身の捻り、呼法と魔力の流れでもって繰り出される最速絶対の軌跡。
あまりに美しく、そして恐ろしい技。これはお母さんの知識だ。だけど僕の知識なのだ。
技の細部まで脳裏に浮かぶ。これが共鳴か。
ブローカ野にもウェルニッケ野にも頼らぬ伝達方法。後頭葉に直接働きかけるシナプス活性光波の応用か。
脳神経系について僕は専門外だ。こんなことなら〇〇〇がうるさくお喋りしているのをちゃんと聞いていればよかった。
あれ、〇〇〇って誰だっけ?
僕は無心で剣を振る。んっ? 今、何か考えてたかな?
それにしてもあまりに惜しい! 惜しすぎてとても悔しくなる。
確かに僕は上段からの打ち下ろしをマスターした。完璧な打ち下ろしだ。けれど、この打ち下ろしはお母さんの打ち下ろしの劣化コピー、いや、それ以下なのだ。
体格の違い、身体能力の違いがある。それだけで最適なフォームはまったく変わる。
さらに敵がいた場合、敵に合わせてフォームは多様に変化する。
敵の間合いに対していつ始動させるか。防がれた場合の力の抜き方は。踏み込みの深さは。後の先では。
すべては時と場合による。それらは経験と呼ばれるものだ。一朝一夕で習得できるものではない。
僕が経験を積み、そして初めて完成する。それまでこの打ち下ろしは何十年と未完成のままだ。
そんなのあまりにもどかしいじゃないか!
う~、と唸りながら考え、僕は気付く。共鳴を使って経験も得てしまえばいいんだ、と。
よっしゃと頷き、集中する。お母さんと今繋がっているのは何となくわかる。うん、見つけた。テレビのチャンネルを合わせるように、その繋がりへ己の意識を繋げてみる。
初めて行う作業だけれど、何となくやり方はわかる。
双方向で繋がったお母さんの意識へ僕は集中する。剣に関する経験をくださいな~。
うわっ!?
情報が質量を持って流れ込んでくる。頭が一瞬で沸騰する。混濁しそうになる思考を分割し、片方で僕は状況分析する。
原因を理解し、なるほどと頷く。お母さんは物凄い取捨選択をした後、指向性を与えた打ち下ろしの映像を僕に伝えていたんだ。
それは僕の脳を守る為だ。こんな膨大な情報を一度に流されたら普通廃人になってしまう。
さて、困った。僕はこのままだと廃人一直線だ。
とりあえず、情報が濁流の如く流れ込み続ける元である繋がりを切る。それから既に流れ込んでしまった分の処理にかかる。
ふっ、自慢じゃないが、情報の単純処理にはちょっと自信がある。しかも電子デバイスを使わないで直感的に出来るのならなおさら得意だ。
きっついけど、何とかいけそうだ。サクサク処理していく。
こういう無我の境地でやる作業も楽しいよね。これが終われば経験ゲットだと思えば俄然やる気も出るってもんですよ。
らんらんるー、調子出てきたー。
『俺、魔王倒したら結婚するんだ。奥さんのお腹には子供もいるんだぜ。子供の名前ももう決めてあるんだ』
おい、それは特大の死亡フラグやろ! しかも3つも! なんて欲張りさんなのさ!
あっ! お母さんの中にあった情報についツッコミを入れてしまい、しゅーちゅーが切れる。
処理をミスる。怒涛の如く溢れる情報に僕という自我は流される。僕は意識を失った。