6.ペッサムの波瀾万丈な日々(3)
意識してしまうと、段々うまく話せなくなり、ペッサムと姫はぎくしゃくした関係になっていった。
「……よね、シャラ?」
「え、ええ。はい……」
姫が笑顔で話しかけても、どこかよそよそしく視線もあわせようともしないペッサム。
(最近いつもこうなのよ)
姫の困ったわな視線にパキアとマコヤナは顔を見合わせる。
(これは、ちょっとまずくない?)
(すっごくまずいわよ!)
「姫さま、ちょっと三人で話してもいいですか?」
「姫さまには言えない、変な悩みがあるのかもしれませんから」
「そうね。幼なじみのあなたたちになら、話せるのかもしれないわね」
寂しそうに部屋を出ていく姫を見て、パキアとマコヤナは猛烈に腹が立った。
「ちょっとペッサム! あんた何やってんのよ!」
「そうよ! 今の姫さま見た? それで何も感じないんなら、もう家に帰んなさいよ!」
「~~~~」
目にいっぱい涙をためたペッサムに見つめられ、二人は少し事態を飲み込めた。
「ひょっとするとひょっとして、本気で好きになった、とか?」
「んで、将来のこと考えて絶望した、とか?」
二人の言葉に押され、ペッサムはうつむいて涙をこぼした。
さすがの二人も言葉をかけようがない。
「……わかってるんだ……」
ペッサムがぽつりぽつり話し出した。
「シアのこと好きになっても、しょうがないって、よくわかってる。ううん。初めはわかってたんだ。好きになっちゃダメだって。でも、ちょっと離れてから、あらためて会ったら、好きだって気づいちゃった。そしたら、もう、止められなくて」
ふぅ、とペッサムは大きく息をついて顔を上げた。
「で……考えたんだ。どうしたら、一緒にいられるだろうって。僕のこの立場は、僕が声変わりしたら終わりだ。なんとかごまかして一緒にいられたとしても、姫さまが結婚したら意味がない。なら、姫さまと結婚するにはどうしたらいいだろうって。でも……」
「どうしようもないわね」
「あんたんち、貧乏子沢山な一般庶民だもんね」
ペッサムは二人を恨めしげに見た。
「ちょっと、私たちをそんな目で見てもしょうがないでしょ?」
「そうよ。どだい無理な話なのよ。相手はお姫様なんだから」
「しかも一人娘」
「お婿さんは次のアフェランドラ王になるのよ?」
「~~~~」
再びうつむくペッサム。その背中をマコヤナはばしっと叩いた。
「しっかりしなさいよ! ここにずっといられないってわかったんだったら、その時間を無駄にしちゃダメよ!」
「そうよ! 一緒にいられる間に姫さまにしてさしあげられること、まだあるでしょ?」
パキアもペッサムの背中をぱしっと叩いた。
「マコヤナ、パキア……」
やっとペッサムが顔を上げた。
「叩きすぎなんだよ! ちょっとは遠慮しろって。まったくこれでシアと同じ女の子だっていうんだから、不思議だよなぁ」
「~~ほ――」
「いい度胸じゃないの~~」
つかみ合いのケンカになったのを、様子を見に来た姫が止めた。
二人は帰る間際、心配そうな姫に笑顔でこう言った。
「大丈夫ですよ、姫さま」
「ええ。ちょっと恋わずらいなだけですから」
その夜、ペッサムはなかなか寝付けないでいた。
(ちょっとすっきりした、かな)
心の中で少しだけ、パキアとマコヤナに感謝する。
(確かに時間を無駄にできない。僕にできることって)
『リーヤで遠乗り』
『夜誘え!』
ペッサムは起きあがると身支度を整え、姫の部屋の前に行った。
「シア……シア。起きていますか?」
鈴の音は響きすぎるので、小声で呼んでみる。
(もう遅いから、寝ちゃったかな)
「シャラ?」
意外にすぐ返事があったので、ペッサムは驚きながらも聞いた。
「あの、今いいですか?」
「どうぞ」
部屋の中に入ると、灯りがついていて、姫が寝ていなかったことがわかった。
「……どこかに行くの?」
静かな姫の言葉にペッサムは頷いた。
「一緒にリーヤに乗りに行きませんか? 今なら、陽も出ていないし」
「まぁ! そうね! それは良い考えだわ。ちょっと待ってて、すぐ支度するわ」
姫が支度をする間、ペッサムは反対側を向いて座っている。
「今ね、シャラが来たとき、私に、お別れを言いに来たのかと思ったの」
「ええ? どうしてですか?」
「だって、そんな格好しているし。それに、パキアとマコヤナが、あなたは恋をしているって話していたから」
「よくある読み物のように、私がここを飛び出して、愛する人の元へ駆けつける……その前にお別れを言いに来たと?」
「そうよ」
くすくすと笑って、ぽつりと姫は言った。
「すごく羨ましかったの」
「!」
(本当に姫を連れてどこかへ行くことができたら、どんなに、どんなにいいだろう!)
ペッサムは熱い想いを押さえ込んで立ち上がり振り返った。
「期待に添えなくて申し訳ありませんが、今日は私と一緒に夜のお散歩です」
すっと手を差し出すと、姫はそっと手を乗せ笑った。
「とっても嬉しいわ」
静かに部屋を出ると、見張りに見つからないよう、そうっと長い廊下を抜ける。相変わらずあるたくさんの壺のおかげで、小柄な二人は難なく庭に出た。
前に借りた時に知ったのだが、リーヤの小屋とは別に、緊急用のリーヤが庭に何頭かいるのだ。遠乗りとはいかないまでも、リーヤに乗ることはできる。ペッサムは一頭見つけると連れてきた。
「わぁ……きれい」
星明かりに照らされたリーヤのしなやかな様子に、姫は嬉しそうに手を伸ばした。
「意外に毛は硬いのね」
リーヤはかしこい動物で、自分の家を覚えていて帰ってくる。それを利用して、訓練した貸しリーヤ屋が大陸には多くあるのだ。この砂漠には欠かせない移動手段で、村人から王様まで幅広く利用する。
(村にだって、この庭にだっていつもいるっていうのに。姫さまは撫でることすらできなかったんだ)
ペッサムの目が曇る。
「それって恋のせい?」
気づくと姫は、リーヤではなくペッサムを見ていた。
「恋をしているから悲しくなるの? 恋をしているってどんな気持ちなの?」
吸い込まれそうな深い夜の瞳でまっすぐにペッサムを見つめ、こてりと首を傾げた。
「恋って、楽しいものじゃないの?」
(自分の胸を開いて見せることができたら、この気持ちが伝わるのかな?)
ペッサムは段の上に姫を誘うと、そこからひょいとリーヤの上に姫を移した。そうしてゆっくりとリーヤをひきながら、話し出した。
「恋は楽しいものですよ。その人のことを考えるだけで幸せな気持ちになります。その人の声、顔、仕草……何もかもが特別で、思い返すだけでも嬉しくなります。その人の幸せが、自分の幸せだと感じます。だからその人には、いつでも幸せでいて欲しい。そのためなら、なんでもしたいって思うんです」
「シャラの好きな人は幸せじゃないの?」
「いいえ。ただ、私にできることがないだけです」
少し考えて再びペッサムは口を開いた。
「好きな人に関われないことが、何より悲しいことです。ずっと一緒にいることが無理だとしても、手をつないだり、視線を合わせたり。同じ空の下にいる、そんなささいなことでいいから関わっていたい。そうして何かあったらいつでも側にかけつけたいのに」
姫は感心したように言った。
「シャラは本当にその人のことが好きなのね」
「はい」
「その人の側にいて、その人の幸せのために何かできるなら、幸せなのね」
「はい」
いよいよ冷えてきたので部屋に戻ろうと、姫をリーヤからおろした。
同じ目線になったとき、姫が何か言いかけたような気がしたので耳を近づけたが、そのまま姫は倒れ込んだ。
「シア? シア!」
ペッサムの声にぴくりともしない姫。必死でペッサムは叫んだ。
「シア!! ……誰か! 誰か来て! エクメアファッシアータ姫が! 誰か!!」