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6.ペッサムの波瀾万丈な日々(2)

 ペッサムにとって久しぶりの外だった。

 準備万端のリーヤにまたがる。

 身体をなでる自然の風。リーヤが砂を蹴る振動が伝わる。太陽の輝きと熱が、肌をちりちりと焼く。

(あぁ………!)

 ペッサムは城にいる間、喉仏を隠すために頭と首に巻いていた布を、ぐいっと引っ張って外した。少し伸びた髪が踊るように跳ねる。

「きもちいい!」

 そのまま少し進路を変えて、家ではなく、カルノーサ王国との境までリーヤを走らせた。

 ペッサムの家は、アフェランドラ王国のはずれ、カルノーサ王国よりにある。いつも窓から見ているだけだった緑の場所へ、ペッサムは行ってみたかったのだ。

 境には木が何本も生えて影を作っていた。

「ど―――う」

 リーヤからおりて木の下を歩く。風は涼しくて、リーヤも気持ちよさそうだ。小さな泉を見つけペッサムはそばに腰をおろし、思い切り息を吸い込んだ。リーヤは泉の水を飲み、側に生えている草を食べ始めた。

「カルノーサ王国、か」

(水が豊かなカルノーサ王国。内陸部でありながら、こんなに緑も豊富だ。でもその理由は謎。歴史の先生も驚いていたっけ? 初代カルノーサ王が現れるまでは、ここは本当に乾いた土地だったって。だからいろんな噂が飛び交っているんだろうけど。それにしても姫がここに来たら、どれだけ喜ぶだろう。風ですら、いつもの風と全然違う)

 大きく伸びをすると、今度こそペッサムは家に向かった。


 布を干す母親にペッサムは抱きついた。

「ただいま!」

「ペペ? ……サム? サムかい? まぁまぁずいぶん元気そうだねぇ」

 久しぶりの息子を、母親は目を細めて眺める。

「薬師さまは腕がいいんだ。日に日に良くなっていくのが、自分でもわかるもん」

「そりゃあ良かった。よく戻ったね。今日はお休みかい? だいたいのことはペペとパキア、マコヤナから聞いてはいるんだけど、時間があるなら母さんに説明しておくれよ」

「うん、いいよ。そうだ、僕、部屋の掃除を忘れていたから戻ってきたんだ」

「あ。そのことなんだけど」

 部屋に向かうペッサムを母親は止めた。

「まさかこんなに早く戻ってくるとは思わなくてね、その……」

「なに? 大丈夫だって、またお城に行くから」

「うん。いや、そうなんだろうけどね、あの……」

「なんだよ~。もう」

 と、ペッサムの部屋が目に入った。

「え………?」

 しゃれた鏡が置いてある。そのまわりには色とりどりの布と飾り紐。そして何より、壁布の色が違っていた。

「ここ……僕の部屋、だよね?」

(まるでお城で用意された部屋のような……ってまさか?)

 言葉が出ないペッサムに、母親は言った。

「ペペがね、あんたがいない間だけでも自分の部屋が欲しいっていうもんだから……。大丈夫だよ。あんたが戻ってくる時には、ちゃんと戻すからね」

「~~~~」

(ペペには僕の代わりをしてもらっているし、お城で大きな部屋に住んでいる僕が文句言うなんて、お兄ちゃんらしくない……それはわかってる。だけど、だけど………!)

 思わず涙ぐむペッサムを、母親は優しく撫でた。

「ごめんねサム。さぁこっちに来て、お話を聞かせておくれ。お姫様はどんな人なんだい? 仲良くしているのかい?」

 姫、の一言で、ペッサムは少し落ち着いた。

 姫なら、こんな部屋の取り合いなんて、まずないだろう。姫に兄妹はいないし、城に部屋なんていっぱいある。それでも、どうしてこんなに自分の方が幸せだと思うのか。

「母さん。あのね………」

 そういったことを、ペッサムはすべて母親に話したのだった。

 お城や授業が、どんなにすばらしくて楽しいか。

 姫はとてもきれいでかわいくて、すごく物知りなこと。

 自分が知らなかったことが、まだまだたくさんあること。

 姫はお城から出られないこと。

 お城のみんなが自分に良くしてくれること。

 すべて話し終えた頃には、もう皆帰ってきて、夕飯も食べ終わっていた。

 夕飯後のお茶を飲みながら、ペッサムはぽつりと言った。

「僕……姫の役にたっているのかな?」

 やっと口がはさめる、とばかりに兄たちが口を開いた。

「たっているさ! そんな生活するような物好きなんておまえくらいだからな!」

「オレなら耐えられないね、そんな生活」

「羨ましくなくなったぜ」

「一日くらいなら代わってやってもいいぜ」

「お黙り!」

 兄たちのちゃちゃを母親が一喝した。

「サム。おまえはどう思う? どうしたらお姫様の役にたつと思う?」

 大柄な父親が静かに聞いた。

「え? 僕……」

 しばらく考えるペッサム。

「僕は、身体が丈夫になったら嬉しかった。あ、でも、同じ方法だと姫は丈夫にならないんだ」

「じゃあ、どうすればいいと思う?」

「ん――。別の方法を探す」

「そうだね、そうすればいい。その気持ちを忘れなかったら、サムはちゃんとお姫様の役にたつよ」

「本当?」

「本当さ」

 ペッサムがやっと笑顔を取り戻した時、外から呼び声がした。

「ペッサム~いるぅ?」

 扉を開くと、パキアとマコヤナがいた。

「あ、良かった。ここにいてくれて」

「そうそう。部屋をとられちゃったから出ていく! とかだったらどうしようかと思ってたのよ」

 ねー、と顔を見合わせる二人に、ペッサムはしかめっ面で、用件はなに、と聞いた。すぐに平静な態度に戻ってマコヤナ。

「うん。あのね、明日は城に戻る?」

「なんで? なにかあるの?」

「なにがあるってわけでもないんだけど」

 言葉をにごすパキア。

「掃除する部屋なくなったから、明日にでも戻るよ」

 ため息混じりの言葉に、二人は笑顔になった。

「良かった」

「なるべく早めに戻ってね」

 すぐに帰っていく二人に、首をひねるペッサム。

「なんだったんだ?」

 そんなペッサムを、兄妹が取り囲んだ。

「なんだー、うまくやってんじゃん」

「ほんとほんと。心配して損しちゃった」

「ったく、おまえまだわかってないのか?」

「え、ほんとにわかってないの?」

 きょとんとした顔のペッサム。

「もぅ! お姫様はね、お兄ちゃんに早く帰ってきて欲しいのよ!」

 しばらく言葉の意味がわからなかったペッサム。

(姫が? 僕に? 早く帰って欲しい?)

「そうなの?」

「そう!」

「そうなの!」

「そうだ!」

「そうだろ!」

「そうよ!」

 力強い兄妹の言葉に、やっとペッサムにも実感できて、顔が火照ってきた。

「よっしゃ、ここは一つお兄サマが口説きの技を教えてあげよう!」

「そうだなー。まずはリーヤで遠乗りかなー?」

「無理だよ。姫さまは太陽の下に出られないんだ」

「じゃあ夜に誘え!」

「さっきから気になってたんだけど、おまえお姫様のこと、姫様って呼んでんのか?」

「そうだけど」

「ほんとに? 今だけじゃなく? 本人にも?」

「そうだけど?」

「甘い! 甘いぞ、弟よ!」

「名前を呼ぶのは基本だろ!」

「言ってみろ」

「エクメアファッシアータ」

「………え?」

「エクメアファッシアータ」

「長いな」

「予想以上だな」

「愛称はないのか?」

「リラ・パルピナ」

「そんなんじゃなくて」

「ファータ」

「おっ。いいじゃん、それ」

「誰が呼んでるんだ?」

「アフェランドラ様」

「それはダメだ」

「違うのにしたほうがいいな」

「基本だな」

 兄たちの基本を聞きながら、久しぶりのにぎやかな夜は更けていった。


 ふと気づくと、兄たちと重なるように横になっていた。兄たちの部屋で話をしながら寝てしまったらしい。兄たちを踏まないように歩いて、習慣的に自分の部屋へ向かった。

「……あ」

 あまりにも違う部屋を見て、妹の部屋になったことを思い出す。兄たちの所へ戻ろうとすると、

「お兄ちゃん。怒ってる?」

部屋から小さな声がした。

「怒ってないよ」

「本当に?」

 心配そうな声に、ペッサムは部屋に入り、ペペロミアのそばまで行って座った。

「本当に。怒ってないよ。今まで僕がこの部屋を使っていたのは、みんなに病気をうつさないためだったからね。こんな身体じゃなかったら、僕は兄さんたちと同じ部屋だったんだ。おまえは女の子だから、一人部屋で当然だよ。気にしなくていいんだよ」

「……お兄ちゃん、ちょっと変わったね」

「そう?」

「うん。前よりいいよ」

 思いがけない言葉に照れたペッサムは、暗闇の中で顔が見えないのに感謝した。

「なに言ってるんだよ。ほら、もうおやすみ」

「おやすみ。ねぇいつか私もお姫様に会える?」

「会えるよ」

「うん。楽しみにしてる。おやすみ」

「おやすみ」

 兄たちの元に戻り、かけ布をかぶる。

(そう言えば、こんな風に大勢で眠るのってすごく久しぶりだ。病気が治っても、ずっとあの部屋で眠ってたもんな。そうだ、こうやって眠ると、ぬくいんだ………)

 不思議な安心感の中でペッサムはすぐに眠りについた。


 翌朝、思いがけず早く目覚めたペッサムは、そっと外に出た。

 明るくなってはいるが、まだ気温は低く息が白く浮かび上がる。それでも外の朝の空気は久しぶりで、胸一杯に吸い込んだ。

(こんなことも姫はできないなんて。なにか、なにか僕にできることがあるはずだ!)

 リーヤが身体を振るう音が聞こえる。

(どうしよう? 早いけど戻ろうか?)

 少し迷って、家に戻ると置き手紙を書いた。


父さん、母さん、兄さんたち、ペペ、ありがとう。

また帰ってきます。


 リーヤを飛ばして城に着いたのは、植物の授業が始まる前だった。

 荷物を部屋に置き、厚い覆い布がおろされている庭前の部屋に入ると、姫と木の日の侍女たちがいた。

「まぁ早かったのね。もっとゆっくりしてくるのかと思っていたわ」

 そう言いながらも、嬉しそうに笑う姫。

「姫さまに早く会いたくて、ついつい急いで戻ってしまいました」

 いつになくすらすら言葉が出るのは、兄たちに会ったせいかもしれない。

「嬉しいわ。でも、かけは私の負けね」

「………はい?」

 ペッサムは嫌な予感がした。

「ほら、昨日は水の日だったでしょう? パキアとマコヤナとかけをしたのよ。あなたがいつ戻ってくるか、をね」

「それで、二人はいつにかけたのですか?」

「今日。今日の午前中。さすがね、どんぴしゃだわ」

(あいつら~~)

 二人がにやにや笑っているのが目に浮かぶ。しかしそれ以上に気になることを口にした。

「姫さまはいつにかけたのですか?」

「私? 私は三日後よ。今日からだと、あさってね。だって久しぶりの家だったでしょう? ゆっくりしてくると思って。でも三日後でも早めにしたつもりだったの。本当は一週間くらいだと思っていたの。でも、早めに帰ってきて欲しいなって思って」

「姫さま……」

 二人が伝えた言葉に嘘はなかったことにほっとしつつ、ペッサムは大事なことを思い出した。

「あの……私、姫さまのことを愛称で呼んでもいいでしょうか?」

「もちろん。嬉しいわ。なんて呼んでくれるの?」

 ペッサムは兄たちと練りに練ってきた答えを口にした。

「シア、と。あの、古代語でシアは」

「『きょうだい』ね。嬉しいわ。うふふ。じゃあ、私も何か考えるわ。えーっと……」

(違うんです――! 姫さま~~!)

 棚に置いてある辞典をめくる姫に、心の中で叫ぶペッサム。

 兄たちはこう言ったのだ。


「ほら、ペッサム。古代語で『シア』は『近しい者』つまり『夫婦』や『恋人』だ!」

「これで、あなたに気があるんです、と匂わせるんだ!」

「結婚式を楽しみにしているぞ!」

「ご馳走よろしく!」


(あ――でも考えたら、僕、ここに女の子として来てるんだった。『恋人』ってとられなくて当然だよ。ごめん兄さん、期待に応えられそうにないや)

「姫さま、博士が来ましたわ」

「早くお座りなさいませ」

 廊下を見ていた木の日の侍女も慌てて座った。

「また後でね」

「はい。楽しみにしています、シア」

 シア、と呼ばれて姫がにっこりと笑った。

(うひゃ――。久しぶりの姫さまの笑顔だ)

 倍以上になった胸の鼓動を押さえながら、ペッサムは必死に授業に集中しようとした。


 今日はカルノーサ王国の植物と東の大陸の植物との共通性についてだった。

 何枚もの植物の絵を並べて、植物博士はわかりやすく説明してくれる。

「……とまぁ、このように、カルノーサ王国に生えている大きな木のほとんどは、東の大陸の植物と同じものです。原因としては、風に乗ったり鳥に運ばれたりして種が海を越えてきた、もしくは、昔から埋まっていた種がカルノーサ王国の水で発芽した、はたまた、誰かが東の大陸から種や苗を持ってきた、などが考えられています」

「博士。東の大陸以外に植物はないのですか?」

 素朴な姫の質問に、博士は丁寧に答える。

「ありますよ。中でも、小さな孤島にあるというシャラは、古代史や詩によく使われています。薄紅色の小さな花をたくさん咲かす様は、恋の喜びを表したり、一斉に花を咲かせ散る潔さから人生にたとえられたりしています」

「散るって、どんな感じなんですか?」

 ペッサムの知っている花は、大きくて、がっしりしたものばかりだ。花が終わっても、かさかさぽとりと落ちるか、落ちずに残ってだんだん色が悪くなるのしか見たことがない。

「そうですねぇ。たまにですが、雨が降るでしょう? あんな感じだと思いますよ。でもなにぶん、私も実際みたことがないのでねぇ。なんとも言えないですねぇ」

 砂漠のこの大陸では、たまに降る雨は不思議なものだった。

 小さな水の粒が、空から降ってくるのだ。そして乾いた砂地に吸い込まれていく。雨は夢のような存在だ。

 ペッサムは薄紅色の雨が降るのをうまく想像できなかった。

(薄紅色……正装したシアなら、今も頭に思い描けるんだけどなぁ)


 授業の後、ペッサムと姫、侍女たちの四人でお茶を飲んでいた。

「きれいでしょうね」

「本当に」

「一度この目で見てみたいですね」

 姫と木の日の侍女たちは想像できるようだ。

 羨ましげに見つめていると、姫が口を開いた。

「ペペロミア、私、あなたをシャラと呼ぶことにするわ」

「まぁ!」

「いいわね!」

 ずる~い、と侍女の視線を受けつつ、ペッサムは内心焦っていた。

「私にそんな良い名を? その、とっても嬉しいのですが……あの、私、シャラの話を聞いて、シアを想像していたんです。私なんかにそんな名前は、ちょっと似合わないかと」

 くすくすと姫が笑った。

「まぁ、こちらこそシャラで私を連想してもらうなんて嬉しいわ。でもね、私にとってのシャラはまさにペペロミア、あなたなの。あなたが来てくれたおかげで、私の心に小さな花がたくさん咲いたのよ」

「シア……」

 見つめ合う二人に、侍女は黄色い声を上げた。

「姫さま、私は?」

「私もお役にたっていますか?」

「もちろんよ」

 話題は村での珍しい名前に移っていったけれど、ペッサムは何も考えられなかった。

 たった今、気づいてしまったのだ。

(僕、シアのこと好きなんだ……)


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