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6.ペッサムの波瀾万丈な日々(1)

おまたせしました。ペッサムです。

「絶対! 絶対! ぜぇ――――ったいに! 嫌だ!!」

 ペッサムはかけ布を手に、しかし強い意志をもって叫んだ。

 今日も頭はふらふら、気分は最低。

 それでも頭の奥の奥で、そんなことは決してしてはいけない、と理性が叫んでいる。

「だいたい、なんで僕が女装してまで城に行かなくちゃならないんだよ!」

「だーかーらー」

 やれやれとパキアは何度も繰り返した説明をまた始めた。

「姫さまはお城から出られないで寂しい思いをしているの。あんたも同じでしょ? だから話も合うと思うのよ」

「それにあんたは私たちなんかより、ずぅっと物知りじゃない? 私たちより色々な話ができると思うの」

 マコヤナもここぞとばかりに言葉を重ねる。

「あんたはお城で高価なお薬をいただける。その代償が姫さまの話し相手ってだけよ」

「ね? 悪い話じゃないでしょ?」

「悪いところはあるじゃないか!」

「あら?」

「ある?」

 本気で聞き返す二人にため息をついて、ペッサムは言った。

「僕が女装すること! ……そりゃ薬をもらえるのは嬉しいし、その代償が話し相手なんて願ってもないことさ。でも、どうしてそのために女装が必要なわけ?」

「そんなの決まってるじゃなーい」

「ねえ」

 パキアとマコヤナはにっこりと笑って言った。

「おもしろいからよ!」

「…………」

 この時ペッサムは、心底『女なんてキライだっ』と思った。

「って言うのは冗談で」

「本気にしたの? ペッサム。嘘よ、う・そ」

「姫さまのそばにいるには女の子の方が都合いいのよ」

「それだけよ、本当に」

 疑わしそうな目のペッサムに、二人は何事もなかったかのように言った。

「それにあんたのことだから、女性の作法も、一通り研究済みなんでしょ?」

「それを試せるとでも思ってよ」

「……」

 それでも黙っているペッサムに、マコヤナは意外にも

「わかったわ。そんなにあんたが嫌ならこれ以上は言わないわ」

と折れた。

 パキアが非難の声を上げる。

「マコヤナ!」

「でも、一回だけ。一回だけならいいでしょ? 一度、姫さまに会ってお話する。ね? 一回だけ、お願い!」

「そうよ。本当に姫さまは外の話を楽しみにしていらっしゃるのよ。そんな健気な想いをあんたは断るの?」

 さすがのペッサムもここまで言われては仕方ない。しぶしぶとだが承知した。

「でも、一回だけだからな。一回だけ! それ以上なんて、ぜ――ったいお断りだぞ!」

「わかったわ」

「一回だけね」

 まるめこまれたペッサムは、その後の妹も加わった着せ替えごっこで再び決心を変えそうになったが、話はとんとん拍子に進み、ついに姫にお目通りすることとなった。


「あなたがペペロミア?」

 愛くるしい声が頭の上を通っていく。

 膝をつき頭をたれているペッサムには姫の姿が見えない。城の大きな柱や美しい壺が並ぶ廊下で、ペッサムはすでに十二分に緊張していた。

 うわずる声でなんとか答える。

「は……はい」

「顔をおあげなさいな。そんなのでは堅苦しいわ」

 優しい言葉に頭をおずおずと上げる。

 そうして初めて、ペッサムは姫を見たのだった。

「!!」

(な、なんてきれいな少女……リラ・パルピナ、いや、パルピナそのものだ!)

「はじめましてペペロミア。私がエクメアファッシアータです」

 にっこりと微笑むと、まるで空気すらも色づくようだ。ペッサムの頭の中で何かがはじけ飛んだ。

「はじめまして、エクメアファッシアータ姫」

 そうして深々と頭を床につくまで下げる、女性が女性に対する正式な礼をすると、淀みなく言ってのけた。

「私ペペロミアは、姫と一緒にこれから過ごせることを、大変嬉しく思います。よろしくお願いいたします」

「うふふ。私もとっても楽しみにしていたわ。まずあなたのお部屋を案内するわね。ついてきて」

 おりしも今日は水の日。侍女のパキアとマコヤナは姫が立ち上がるのを支える。さらさらと衣ずれの音と共に姫が歩き出した。

 ペッサムはまるで夢の中を歩くように、ふわふわと後に続いた。

(ペッサム! 顔、顔!)

(もっとシャキッとしなさいよ! もぅ!)

「…………」

 二人の注意もどこ吹く風に、ペッサムは夢見心地で広間を抜け、壺が並ぶ長い廊下を進んだ。

(どうしよう! これから毎日この姫と一緒にいられるんだ)

 パキアはマコヤナをつつく。

(ちょっと、ペッサムったらすっごい幸せそうよ)

(そりゃそうでしょ。私たちよりずっと長く姫さまといられるんだから)

(それにしても、いきなりこうなるとは思わなかったわー)

(うっふっふ。姫さまを一目見たら、どんな障害だって飛び越えちゃうわよ!)

(って、マコヤナ、それをふんで)

(当然!)

 にやりと笑う幼なじみを、おそるべしっと思いつつ、パキアもにやりと笑い返した。

「さ、ここがあなたの部屋よ」

「わぁ」

 明るい光の入る清潔な部屋だった。城の中では狭いほうだが、ペッサムの家がすっぽりと入りそうだ。思わず中に入り、あちこち見て回るペッサム。

 眩しそうに目を細めながら、部屋の前で姫は説明を始めた。

 あわててペッサムは部屋を出た。

「ここで寝起きするの。基本的な物はそろっているはずよ。授業は私と一緒に受けることになるけれど、空いた時間や陽の日は好きにすごしてね。もしも気分が悪くなったら、誰にでも気軽に言うといいわ。私の部屋は隣だから、あそこに見える……」

 と、しきい布のそばに垂れている赤い紐を指した。

「紐を引くと音がなるので、私がいれば答えるわ。何か質問はあるかしら?」

「あの」

 ペッサムは先程から疑問だったことを口にした。

「どうして姫はこの部屋の中に入らないのですか?」

 ペッサムにとっては、同じ部屋に入ってはいけない王家の決まりでもあるのか、という疑問だったのだが。

 一瞬きょとんとした姫は、笑ってこういった。

「ああ、そうね。あなたは知らないのだったわ。私は直接陽にあたってはいけないの」

「……」

 ペッサムは部屋に入り窓によると、すべての覆い布を下ろした。そして部屋の明かりを灯してこう言った。

「これでいいですよね? 姫。ぜひあなたのことをくわしく教えて下さい」

 姫はびっくりした顔で、しかし嬉しそうに言った。

「いいわよ」

 こうして、ペッサムの城での日々が始まった。


 月の日は星読み。

 星の運行から歴を計算したり、大地や海の動きを予測したりする。

 先生の趣味で占いも教えてくれるけど、夜、星を長めながらの授業は眠くてたまらない。


 火の日は歴史。

 大陸が別れた後の歴史を教わる。

 でも先生の大好きな読み物をすすめられ、その感想文が宿題になったりする。


 水の日は料理。

 名人から料理の基本から高度な技まで教わる。

 でも名人の基本姿勢は『料理は愛情』だったり。


 木の日は植物。

 様々な植物の育て方、種の残し方などを教わる。

 毒草や薬草の見分け方が実用的。


 金の日は金属。

 金属の採れる場所、その精製方法・加工技術を教わる。

 城での食器にはすべて、毒に反応する金属が使われているらしい。


 土の日は古代史。

 大陸が別れる前の歴史を教わる。

 先生は古代語の詩が好きで、ほとんどの詩を暗記している。


 陽の日はお休み。

 定期検診を受ける。

 姫とお話ししながら城を案内してもらう。


 そんな一週間が十五回も過ぎた頃、ペッサムは初めこそ緊張もあって身体を壊したりしていたが、すっかり城の生活に慣れてきた。

 一番心配だった薬師の対応も、

「おまえさんが薬の実験をしてくれるのなら、喜んで黙っといてやるよ!」

と好意的だった。

 実際、薬師の薬は良く効いて、薬師も腕の自信を取り戻したし、嘘のように軽くなってゆく身体に、ペッサムは感謝の気持ちでいっぱいだった。

 身体の調子が良くなると城に籠もっている生活に息苦しさを感じる。今度の陽の日にでも一度家に帰ろう、と考えていた。

(考えてみれば、僕は初めは一回だけのつもりで家を出てきたから、部屋も片づけてなかったんだよなー。帰ったら部屋の片づけをして、父さんと母さんにちゃんと説明して……ってそれはあの二人が説明しているかな? リーヤを借りてもいいか、姫に話してみよう)

 夕食の後、姫の部屋を尋ねた。

「はい?」

「姫さま、今よろしいですか?」

「ええ。どうぞ」

 姫の部屋に入るのは初めてではないのだが、やはり少し緊張する。

(この壺って姫が好きなのかなぁ?)

 壺は姫の行く所すべてにたくさんあるのだ。

 部屋にもあるいくつもの大きな壺を横目に、ペッサムは中央の敷物に座った。

「ちょうど良かったわ。私もお話したかったの」

 そう言って姫も中央の敷物に座った。

「それは光栄です。では、姫さまのお話から先にどうぞ」

「そう? あのね、今度の陽の日なのだけど予定が空いているかしら?」

「すみません。私、その日、一度家に帰ろうかと」

 一瞬、姫から表情が抜け落ちた。

(しまった! 僕はなんてことを。ここにいて、姫の気持ちは痛いほどわかったのに)

「ひ、姫さま……」

 けれど姫は次の瞬間、にっこりと笑って言った。

「そうよね。いやだわ、私ったらなんだかずっと一緒に暮らしていたような気持ちだったの。ここに来てだいぶ経つものね、家の人が心配しているわ」

「私のほうこそ!」

 ペッサムは慌てて口を開いた。

「姫さまと一緒のここでの生活が楽しくて、すっかり忘れていたんです。部屋の掃除をしていなかったことを。それで、その、思い出したら、いてもたってもいられなくなって」

 姫はくすくすと笑い出した。

「お兄さま達に見られたかもって?」

「そうなんです! 兄たちは平気で私の部屋に入って、勝手に物を増やしたり減らしたりするんですよ! だから、私」

 話しながら、しまった兄妹の話も触れてはいけない話題だった、とペッサムは口を閉じた。が、姫は意外にくすくすと笑ったままだった。

「それはもう、明日にでも帰った方がいいかもしれないわ。リーヤを借りて、朝一番でお帰りなさいな」

「え。でも授業は?」

「かまわないわ。もともとあなたの目的は治療だったはずよ? 調子の良いときに帰るのは当然だわ」

「はい。ありがとうございます」


 ペッサムは新たな話を仕入れてきます、と約束して、翌朝早くリーヤにまたがって城を出た。

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