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5.八年前の『新しい風』

「……しまったな」

 ローレンティーはぼそりとつぶやいた。

 辺りはもうまっくらだ。寒さが死の恐怖となってゆっくりと身体にまとわりついてくる。

(急がなければ。やっと大陸を見つけて上陸したというのに)

 見慣れぬ砂の大陸で、ローレンティーは遠く目の端にうつった緑に向かって進んだのだ。

 延々……本当に延々と歩いていく途中にいくつか村もあった。だが、やはり緑のなさに耐えかねて、ゆっくりしようとは思えなかったのだ。

リーヤを借り、ようやく緑の中に入ったのだが。

「迷うなんて……私らしくもない………」

 疲れからか、ローレンティーは見事に迷っていた。

 そうこうしている内に陽は完全に落ちた。

 明かりもないまま、事態はゆっくりと、しかし確実に深刻化していた。

(魔法でせめて明かりだけでも……いや、私はもう二度と使わないと決めたのだ)

 寒さと疲れのせいで頭がぼうっとしびれてきた。

 ローレンティーはこんなつまらないことで悩まなくていい方法を知っていた。しかし今はどうしてもその力を使いたくなかった。

(この寒さの中、緑の中で息絶えるのなら、それもまたいいか)

 虚ろな目で歩くのをあきらめかけた、その時――。

「……人の声?」

 かすかに声が聞こえた。小さな高い声だ。

(女……いや子供か?こんな夜、外にいたら死んでしまう)

 ローレンティーは声の元へ足を進めた。

 不思議なことに、声に近づくにつれ辺りが暖かくなっていった。

 そしてほのかに明るく……。

(まさか……亡霊?)

 東の大陸の光景を頭から振り払う。

 そっとローレンティーは声の方に忍び寄った。

「…………、………………」

 話しているようだが、ローレンティーには理解できない言葉だった。

 見つからないように木の影からのぞき見る。

(子供だ)

 ぼんやりとした明かりの中、湯気の出る泉のふちに子供が座っている。

 子供は時折、思い出したように口を開く。

 他に人がいないところを見ると、独り言のようだ。

(それにあれは……カラテアか。この大陸にもあるとは)

 発光する温泉カラテアは、ローレンティーのいた東の大陸にはよくあるものだった。

 子供は温泉の縁にいるのでそんなに寒くはないだろうが、頭から足先まで黒い布を被っていた。ローレンティーからはちらりとも顔が見えない。

 でもローレンティーも黒い衣服をまとっているので、顔はもちろん姿すら子供には見えないだろう。

(どうしたものか……話をしたいが言葉が………。そうだ。古代語なら通じるかもしれない)

 古代語は昔、大陸が分裂する前の時代の言葉だ。

 驚かせない程度にゆっくりと、ローレンティーは子供の前に姿を現して言った。

「『こんばんは』」

「…………」

 子供はローレンティーを見向きもしなかった。

(これは予想外の反応だ)

 立ちつくしているのも変なので、ローレンティーは子供から少し離れた泉のそばに腰を下ろした。

 と、子供が顔も向けずに静かに言った。

「『ディーヴァ……やっと迎えに来てくれたのか。この前は私を連れていき忘れたのだろう? さぁ、私も連れていくがいい』」

(『死の使者(ディーヴァ)』だって?)

 しばらく次の言葉を待ったが、子供はもう話さなかった。

 ローレンティーの反応がないことも、どうでもいいようだった。

(これは……ディーヴァとして行動したほうがいいのかもしれない)

「『幼き子よ』」

 ローレンティーは古代語で、死の死者っぽくなるよう子供に語りかけた。

「『おまえの命は、まだその時を迎えておらぬ。わかるか? おまえにはまだ、やるべきことが残っているのだ。それを終えなくては、連れていけない』」

「『やるべきこと?』」

 怒りを抑えた口調で子供は聞き返した。

「『やるべきことを終えれば連れていくのか? ならば、父さまと母さまは終わったと言うのだな? 作りかけの物や、私との約束……そんなすべてのことをおいて、やるべきことが終わったと言うのか?』」

(父と母が死んだのか)

 相変わらず顔を向けない子供に、ローレンティーは優しく続けた。

「『やるべきこととは、そういった目に見えるものだけではない。その人にしかできぬ何か……それは偉業や特別な事だけではない。その人が存在したという、ただそれだけのことでもある』」

「………」

(納得いかないがどう反論したらいいのかわからない、って感じたな)

 そんな子供を見ているうちに、ローレンティーは今、自分が言ったことを自分自身がまったく納得してないことに気づいた。

(大陸が滅びたのもこうやって冷静に説明するのか? こんな見知らぬ土地でのたれ死のうかという私が?)

「……ふふふふふふ」

 自嘲気味な笑いをもらした後、ディーヴァの飾りをなくしてローレンティーは静かに語りだした。

「『死は……突然起こるものです。その本人や、まわりの意志に関係なくやってきます。死そのものに意味はなく、本人には死ぬ前に、まわりにはその後に何かを残します。それはたとえるなら、一粒の水滴が水面に落ちるようなもの………。波紋が広がっても、やがて消える。それが周囲。水滴は落ちて、水と区別できなくなる。これが死。水滴ができて、落ちる間、その瞬間が生です。私たちは毎日、死に向かって落ち続けているのですよ。あなたは、水面を気にしているようですが、それは詮無きこと。誰もがいつか必ず落ちるのです……。そんなことより、落ち方を考えましょう。私たち水滴は、落ちることしかできないのですから』」

(そう、私たちは『生きること』しかできない……)

 これからのことを考え始めたローレンティーに、子供は初めて顔を向けた。

 ちょうどカラテアが吹き上がり、子供の顔を覆っていた布をめくり上げた。

「!」

 布がとれたことは気に止めず、子供はまっすぐローレンティーを見るとはっきり言った。

「『おまえは誰だ?』」

 太い眉、つり上がった瞳は意志が強そうに見える。

 それよりなによりローレンティーの目をひいたのは、その髪の色だった。

(金………なぜ?)

 目を奪われたままだったローレンティーは、自分の名前を答えた。

「『ローレンティー』」

 ほっとした表情で子供は笑った。

「『ローレンティー……。良かった。人間だな? 詳しい話は後で聞くとして、おまえは今から私の家来だ』」

「『は?』」

「『聞こえなかったか? 家来、だ。私のな。さっそく城に戻って皆におまえを紹介しよう』」

「『……あの、あなたはいったい?』」

 困惑するローレンティーに子供はにやりと笑って言った。

「『言ってなかったか? 私はカルノーサ。跡を継いだばかりのこの王国の王だ』」

「!!」

(王!? こんな子供が? でも……よく見ると高価な布を身につけている。あの頭に付けている大きい石は……緑石か?)

 ひらひらと目の前で手を振られる。

「『ローレンティー?』」

「『……って、どうして私の名前を知っているんです?』」

「『どうしてって……さっきおまえが言ったんじゃないか』」

(しまった―――!!)

 ローレンティーの頭に東の大陸の掟が怒濤のように押し寄せる。

 魔法使いの大陸、東の大陸では、名前も一つの呪文だった。

 自分の名前を教えるということは、その人の人生に自分が深く関わるということ。

 だから普段は仮の名前を使い、真実の名前は自分も親も師匠ですら使わないのだ。

 名前を教え他人と契約を結ぶと自分の能力が上がるが、寿命の長い東の大陸人は他人に縛られることを嫌って、地道な修行を続ける者がほとんどだった。

(それなのに―――!)

 なかったことにはできないことを、ローレンティーは知っていた。

「『カルノーサ様、どうかお立ちください。ここで儀式をします』」

「『儀式?』」

 ローレンティーは自分を覆っていた黒い布を外した。

 長い白髪が泉に照らされ、銀に輝きながらさらさらと肩をすべる。

 しかし顔は若く、彫りの深い優しげな面差しが現れた。

「『おまえは東の大陸の……?』」

「『はい。ですがもう私はあなたのものです。どうかお立ちください。我が力をあなたのために使う、契約の儀式を行います』」

 小さなカルノーサ王は立ち上がった。

 その前にローレンティーは膝をつき、頭をたれる。銀髪はふわりと地面に流れた。

『すべての解を知る真実の神よ……』

(なんだ?)

 ローレンティーは東の大陸の言葉を話しているので、カルノーサには意味がわからない。

 ただ、びりびりと身体がしびれるのを感じた。

(動けない……)

 声を出そうとしたのに、声が出ない。

 そしてその身体も、地面に吸いついたようにぴくりともしなかった。

『私は今ここに、この幼きカルノーサの従者になることを宣言します。私はいかなる時も、カルノーサを守り、導き、力になることを誓います。真実の神よ。どうか、私たちに祝福を』

 二人は視線を感じた。

 足先から頭のてっぺんまで、ゆっくりと値踏みするような視線だ。

 でも、実際それは一瞬のことで、すぐ後に二人の身体の中で小さな爆発が起こった。

 思わず閉じた目をゆっくりと開ける。

 二人の額には古代文字で描かれた『契約の印』が浮かび上がっていた。

(この子の額にも『契約の印』が……。大陸の違いは関係ないということか)

 カルノーサ王の物言いたげな様子に、ローレンティーは自分の額を指して説明した。

「『これは契約の印です。害はありません。儀式が成功した印ですよ。やがて消えます』」

(運命が繋がれたから、離れていても相手のことがなんとなくわかるはず。お互い能力も上がっただろうが……こんな子供ではわからないだろうな)

 身体が動くようになった小さなカルノーサ王は、自分の耳に付けていた飾り石を外した。

「『緑石だ。これでおまえもカルノーサの民として受け入れられるだろう』」

 小さな緑の結晶は、きらきらと不思議な輝きを放っていた。

「『ありがとうございます』」

 ローレンティーは受け取り、自分の耳につけた。

 と、小さなカルノーサ王が座り込んだ。

「『……なんだ? 力が、抜けて………』」

「『儀式は疲れますからね。しばらく休みましょう。私がリーヤを連れてきますから、ここで待っていてください』」

 自分の黒い布をカルノーサ王に被せると、ローレンティーは暗闇に消えていった。

 小さな王は身体を木に預けた。

 なんだかいっぺんにいろんなことが起きて、身体も気持ちもついてこない。

(父さま、母さま。あの男……ローレンティーは本当に東の大陸の民なのだろうか? 魔法使い、か。あの姿、古代語や妙な言葉を話すから、本当なのだろうが……。しかしいきなりあやしい儀式とは)

 くくっと小さなカルノーサ王は笑った。

(変だな。さっきまで、死んでもいいとまで思っていたのに。確かに私のするべきことはまだ残っている。ここで死んでも意味がない! よく考えなければ。まず、何から始めればいい?)

 小枝が折れる音が闇に響いた。

「誰だっ」

 木陰から、おずおずと少女が出てきた。

 不安そうな顔で、目には涙がいっぱいで、今にもこぼれ落ちそうだ。

「あぁごめん。こっちにおいで、寒いだろう?」

 少女はうなずくと、カルノーサ王の隣に座った。

「あったかぁい」

「森に迷ってここに来られるなんて運がいい。さ、これをかぶって」

 王はさきほど被せてもらった布を姫にかけた。

「あったか~い」

 笑顔になった少女は王をあおぎ見て、目を丸くした。

「サルサ?」

 『砂漠の精霊(サルサ)』と呼ばれた王はあいまいに笑った。

(精霊なら後で夢だと思うか)

「サルサ! ファータのね、お母さまはパルピナなの。すっごくきれいよ」

「へぇ、パルピナ? それは美人だろうね」

「うん! すっごくきれい。でもね、さいきん部屋にこもってばっかりで、ちっとも遊んでくれないの。ファータ、つまんない」

 顔が泣きそうに歪んでいく。王は慌てて言った。

「じゃあ今から一緒に遊ぼう! 何がしたい?」

「うんとね、おにごっこと、かくれんぼと、おはなしと……」

「わかったわかった。一つずつしよう。ね?」

「うん! じゃ、おにごっこ!」

「よし、まずは私が鬼だ!」

「きゃ―――」

 喜んで逃げる姫。

「『おや、妹ですか?』」

 リーヤを連れて戻ってきたローレンティーはにっこりと笑った。

「『違う。知らない子だ』」

「キラ!」

「え? こいつのことかい?」

「だってお星様と同じ色の髪の毛だもん!」

 小さな二人の言葉がわからないまでも、『星の精霊(キラ)』と呼ばれたことはわかり、ローレンティーは王を見る。

(そういうことにしときましょう)

(そうだな)

「サルサにキラ、あなたたちが私を呼んだの?」

「え?」

「『なんですって?』」

 ローレンティーの質問に答えず、王は少女に聞いた。

「ファータ、だっけ? ファータは誰かに呼ばれてここに来たのか?」

「そうよ。わたしがねていたら、だれかがわたしをよんだの。わたしが答えたら、まっくらでなにも見えなくなったわ。ずっとずうっといつまでもどこまでもまっくらで、どうしようかこまっていたら、まただれかの声がしたの。『出口は向こうだから、行きなさい。君ならぬけられる』って。初めて光が見えてうれしくて走ったら、いつの間にかここに来ていたの」

「………」

 ローレンティーに、少女の話した内容を古代語で話して聞かせる王。

「『妙ですね……それとも、この大陸ではそういうことが普通に起こるんですか?』」

「『起きてたまるか! ……いやでも、まてよ。まさか父さまと母さまも』」

「『え? 亡くなられたのではなかったのですか?』」

「『勝手に殺すな! 消えたんだよ。いきなりいなくなったんだ』」

「『この少女と似ていますね』」

「『だろう?』……ねぇファータ。初めはなんて呼ばれたの?」

 小首を傾げて少女は言った。

「えっと……たしか『パルピナはここにいるか?』って声だけ聞こえたの。それでわたし、お母さまがパルピナってよく呼ばれているから、いるわ、っていったのよ」

「………」

 王とローレンティーは顔を見合わせる。

「『訳してくださいよ』」

「……めんどくさいなぁ」

 王が古代語に訳して聞かせると、ローレンティーは厳しい顔つきになった。

「『それは……もしかすると、東の大陸の者かもしれません』」

「『なんだ。知り合いか?』」

「『……精霊の研究をしている者がいました。でも……』」

 仲間の屍を思い出したルファー。

 王は話を打ち切り、不安そうな少女の手をつないでカラテアへと戻った。

「『せめて寒くない所にいよう』」

「『そうですね……』」

 少女はカラテアに戻ると、不思議そうに沸き立つ水面と湯気、光を眺める。

「『この子を家に帰さなくても大丈夫なのか?』」

「『今日は危険です。今日さえ乗り切れば、おそらく、五年は大丈夫でしょう』」

「『周期的なものなのか?』」

「『精霊は五年周期で成長すると言われています。それを狙っているのなら』」

「ねぇ、なんのおはなししているの?」

 少女の澄んだ大きな瞳に見つめられ、二人は笑顔を見せた。

「ごめんごめん。さっきの鬼ごっこ、途中だったね。どうする? 続きする?」

「ううん。ねぇ、おはなしして。せいれいのおはなし」

「精霊のお話かぁ……」

 王が困ってローレンティーに伝える。

「『いいですよ。私が知っている話でよければ、話しましょう。あなたが訳してくれるんですよね?』」

「『しょうがない』」

 そうして、少女が眠るまで精霊の話をし続けた。

 

 一晩中起きるため、少女を起こさないように、ローレンティーはぽつりぽつりと自分のことを話し出した。

「『私は、しばらく旅に出ていたんです。大陸を離れ、他の島を転々と……。そしてある日戻ると、大陸がおかしなことになっていました。私たちの神が、私たちの滅亡を予言したと言うのです』」

「『予言? 神が?』」

「『はい。先程の儀式で私たちのことをお知らせしたのですが、真実の神、という、答える神です』」

「『何を答えるんだ?』」

「『なんでも。質問に答えるのが神の仕事です』」

「『へぇ。じゃあすごく便利じゃないか。わからないことなんて何もない』」

 ローレンティーは渋い顔をして続けた。

「『……私は答える神に疑問を持ち、どこかに神の答えと違う答えがあるんじゃないか、そう思って旅に出ていました。それで予言を聞いても気にせず、再び旅に出たのです。ですが、予言の日を過ぎて戻ったら……人々は予言通り死に絶えていました。しかし妙なことに、予言の日に何かが起こったのではなく、予言の日の前に自ら命を絶ったようなのです。そして、死に切れなかった者を殺すかのように、大陸には呪いがかけられていました』」

「………」

「『魔法を使う時、私たちは神の力を借ります。人の力と神の力。それが合わさって魔法になるのです。つまり、魔法は私たちだけでも神だけでも使えない……。だとすると、神が私たちの滅亡を予言した、ということは、私たちの誰かがそれを望んだから、ということになりませんか?』」

「………」

「『大陸にいた者にとって、予言はただの予言ではなく、絶対に起こること、起こらなくてはならないもの、になっていたのです………。それで私は、大陸を出たのです』」

「『今、ここにおまえがいるということは』」

「『神の言葉は絶対ではない、ということです。……そうだ、カルノーサ様。私に新しい名前をつけてください。あの名前は儀式で使ってしまったので、新しい名前が必要なのです』」

「『そうだな。……ルファーはどうだ?』」

「『羽……ですか?』」

「『そうだ。おまえはさっき私に水滴の話をしてくれただろう? この大陸では、水滴ではなく糸でたとえ話をするんだ。無数に垂らされた糸が人、長さが人生の長さだ。そこに風が吹くと……どうなると思う?』」

「『からまりますね』」

「『そう。からまった糸は深く関わる人ということになる。だからここでは運のような目に見えない大きな流れを、風、と言う。羽は、その運命を自在に乗り切る象徴だ』」

「『良い名前、ありがとうございます』」

 ルファーの素直な感想に、王は得意げに笑って言葉を続けた。

「『ちなみに大きな転換期ってあるだろう? おまえにとったら今か? それは、ゼイラス、という』」

「『二つ以上? 良くわかりませんね』」

「『ああ、これは……』」

 王が説明しようとしたとき、少女がうーんとうなった。

 辺りを見まわすと、空が白み始めたらしく、森にうっすらと大気が満ち始めていた。

「『その子を送らないと』」

「『だな。しかし起こすのもかわいそうか』」

「『私に任せて下さい』」

 ルファーはそっと少女を抱き上げると、呪文を唱え始めた。

『何者からも護る守りの壁よ……』

 少女を光が包んでいく。と、大きな目を開いた。

「……お別れなの?」

「そうだよ」

「また会える?」

「もちろん! 今度はこちらから会いに行くから、変な声に返事をしたらいけないよ」

「わかったわ。じゃあ……『イエイラ』」

 古代語で『また会いましょう』と言った少女に、二人は微笑み返す。

『汝の属する場所へ帰りたまえ!』

 少女はふわりとルファーの腕から浮くと、ゆっくりと消えた。

「『大丈夫。無事に着いたみたいですよ』」

「『それは良かった。……でも、これからが大変なんだ』」

 王の言葉の意味をルファーはすぐに知ることになった。


 ルファーがカルノーサ城に入った途端、非難の嵐だった。

「カルノーサ様! こんなどこの者ともわからぬ者を!」

「敵国の間者かもしれませぬぞ!」

「うるさい! 私がよいと言ったらよいのだ!」

 ルファーはすっかり忘れていたが、カルノーサは幼いながらも王だったのだ。

 前王と王妃が突然消え、さらに後を継いだ幼い王までもいなくなって、さぞかし心配していたのだろう。

 前王の側近たちが目の色を変えて、怒ったり喜んだりしていた。

 カルノーサ王国は設立されて十一年目という、まだまだ若い王国だ。

 流浪の民の時代から前王と一緒だった年寄五人が側近として王を支える、という体制をとっていたのだが。

 幼い王にとっては広い王の座に座ると、城の者も整然と広間に座った。

カルノーサ王は宣言した。

「今日より我が王国も大臣を作る。王、大臣、そして王国運営委員会を設置する!」

「カルノーサ様……大臣は、誰に?」

 年寄の一人が聞いた。

 当然、年寄の誰かがなるものと、城の誰もが思っていた。

「ここにいるルファーだ!」

 ルファーが深い礼をする。

 見たこともない黒衣の者の出現に、広間は騒然となった。

「なりませんぞ! こんな素性もしれぬ者!」

「そうじゃ! このようなときに来た者など!」

「考え直してくだされ!」

「カルノーサ様!」

「カルノーサ様!!」

 広間が揺れんばかりの声に、しかし王は断固として言った。

「ならぬ! これは我が命だ! 大臣はルファー! 委員会は年寄と若者の計十名で作る! 委員は本日午後には正式に決定し、明日には第一回王国運営委員会を開く! 以上だ!」

 おさまらないざわめきを後に、幼い王は、今や自分の部屋となった執務室へ、ルファーを引っ張っていった。

 震える手で黒衣を掴んだまま、カルノーサ王は言った。

「『思い出したのだ……私も五歳の誕生日の時、姿の見えぬ声を聞いたことを……。そして今年、私の十歳の誕生日に両親がいなくなった……。これは、どういうことなのだ?』」


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