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2.大陸会議~アフェランドラ王国~

 夕刻、アフェランドラ王国には続々と人が集まっていた。

 今日は半年に一度の大陸会議。これから半期の間、大陸で売られる物の価格がこの日に決まるのだ。

 アフェランドラ王家が始めたこともあるが、最も歴史があり大陸のまとめ役でもある代々のアフェランドラ王が毎年開いていた。

 南端のアフェランドラ王国に、砂漠の大陸にいるすべての王が訪れる。

 どこの王国にも属していない村の長も、この日ばかりは王だった。

 長旅に疲れた王たちを、アフェンドラは娘たちの仰ぐ風と貴重な水で迎えた。

 会議前の短い時間、王たちは砂を気にしなくていい建物の中で、久しぶりに会う隣人たちと話に花を咲かせていた。

「久しぶりですのぅ、カポックの」

 人の良さそうな初老の男が、一年ぶりに見る遠い隣人に声をかけた。

 人待ち顔であさってを向いていた男は、声の主を確認して、いかつい顔をほころばせた。

「アレカヤ爺! ほんに久しぶりです。どうです、そちらは?」

「相変わらず砂ばかりで何も変わらんよ。ところで、あの話をご存じかな?」

 ぴんときたカポックは声を落とした。

「それは……カルノーサの?」

「そうじゃ。なんでも水が豊富じゃとか」

 強面の顔をさらにしかめるカポック。

「去年も同じ噂が流れていて気になっていたのです。去年来ていた村長が、今年は何人も見あたらない。聞くところによると、カルノーサに属したとか。しかし信じられませんな。よりにもよって内陸も内陸、岩場の辺りでしょう? リーヤの餌にも困りそうだ」

「ワシはここに来る途中、ちらりと見たのじゃが……去年より緑が増えたように思う」

「まさか年々増えているとでも?」

「さぁ。そこまではわからんが、水が豊かなのは確かなようじゃ」

「カルノーサには悪い噂も多い。騙されぬようにしないと」

 通りかかった一人の若者が口を挟んだ。

「悪い噂って?」

 カポックはさらに声を落として若者に囁いた。

「色々あるのだが……中でも強烈なのは、カルノーサに水が豊富なのは『邪神』をあがめて、毎日生け贄をささげているからだそうだ」

「王はそのことを知らないの?」

「甘いな若いの。王が率先してあがめているのさ。王は夜な夜な王宮を出て、生け贄となる娘を探しに出かけているらしい。だから娘を持つ親は、陽が落ちると娘を窓辺にも近づけないとか」

 若者は心底驚いた顔をした。

 その顔に満足したカポックは、アレカヤも同じ驚愕の表情を浮かべているのに気づいた。

「どうしたアレカヤの? 私の話が真に迫っていて、恐ろしくなりましたかな?」

「おまえさんは……」

 若者を指して震えるアレカヤの言葉を待たず、にやりと笑って若者は言った。

「申し遅れました。私がカルノーサの王、二代目カルノーサにございます」

「えぇ?」

 カポックはまじまじと若者を見つめた。

 自分よりずいぶんと若い。

 薄汚れた旅装束からはみ出る髪は、少し色あせている。

 太い眉、つり上がった瞳は輝いていて、閉じた唇は笑みを浮かべていた。

「……去年と違うではないか?」

 やっと絞り出したカポックの言葉に、カルノーサは笑った。

「はい。私、やっと成人いたしました。それまでは我が大臣、ルファーが代わりを務めておりましたので」

「そ、そうか。それはおめでとう。うん。では」

 そそくさとその場を去ろうとするカポックに、カルノーサが追い打ちをかけた。

「ご安心ください。邪神の力で呪いをかけてやる、なぁんてこといいませんから!」

 カポックはあっという間に見えなくなった。

「あんなゴツい男でも邪神の噂が怖いとはね」

 一人ごちるカルノーサを、アレカヤは我が目を疑いながら見つめていた。

「ほんにカルノーサ殿じゃ。昔とちっとも変わらん、姿も、声も、性格も……。なんとも懐かしいのぉ」

「アフェランドラ様のおなりです」

雑然としていた広間は静まり、王たちはそれぞれの席に着いた。

 席、と言っても椅子はなく、大きな敷物を大陸に見立てて、自分の王国や村がある場所に座るのだ。

 今日アフェランドラ王は正装である、王国の色である赤を基調にした豪華な衣装をまとっていた。

この独特な深みのある赤を身につけることができるのは、アフェランドラ王家の者のみ。

 染料の作り方からしてどこにも知られていない。

 初老の王は皆が座り終わるのを待って口を開いた。

「それでは会議の前に一つ紹介しよう。今回初めてお目にかかるであろう、この者が現カルノーサ王じゃ」

 アフェランドラ王の正面に座っていた青年カルノーサが、腕を胸前で交差させ頭を下げる略式の礼をした。

 顔を上げたカルノーサに初老の声がいくつかあがる。

「なんと!」

「若返ったようじゃ」

「おぉ覚えている者もいるようじゃが、先代とそっくりでわしも驚いた。今年から会議に出席することとなった」

「若輩者ですが、よろしくお願いします」

「うむうむ。では、始めようかのぅ」

 ざわざわしていた部屋が一気に静まる。

「まずは皆からの希望価格表をごらんあれ。今年はどうも香菜の価格が高いようじゃ。昨年の不作が影響しているのかのぅ。北のコンパクタ、特にそちが出したレイの希望価格は高すぎるのじゃが」

 まだ若い、と言ってもカルノーサより十は上だろうコンパクタが口を開いた。

「確かにこれを見るとそう思えますが、何しろこちらは昨年不作のうえ、嵐が来たのです。レイに限りませんが、種もあまり残せておりません」

「ふぅむ……西のトリカラー、そちは不作ではなかったようじゃのぅ。種をわけては下さらんか?」

「かまわん。その代わり油のナピをどうにかしてくれんか?」

「待て待てトリカラーの。まずはレイからじゃ」

 と、会議はゆっくりと進み、それでもどうにか陽が昇る前にはすべての価格が決まった。


 すべてを照らす太陽が沈んでいる間に、砂漠の気温は下がり続ける。

 夜明け前は一日でもっとも寒い刻だ。

 風を送っていた娘達は、長い会議の途中、人数分のかけ布と小さな火鉢を置いて去っていたが、今は両手いっぱいに食べ物と飲み物を運んできた。

「さぁ、たーんと食ろうてくだされ。遠慮なさると帰りのリーヤから振り落とされますぞ!」

 アフェンドラ王のちゃめっ気たっぷりな言葉に、皆の気持ちはやわらいだ。

「はぁー、ようやっと終わったのぅ」

 うーんと伸びをするアレカヤ。

「ほんとに。ああ、腹が減った」

 カポックは近くの皿に手を伸ばした。

 人垣の向こうにちらりとカルノーサが見えた。どうやら王たちの質問責めにあっているらしい。

「初代カルノーサを知っている方が多いのですなぁ。驚きました」

「カルノーサ殿は元々流浪の民じゃったからのぅ。あちこちの村や王国をまわって踊りを見せたり、古代の話を聞かせたりしておった。それでワシと同年代の者は皆、会ったことがあるのじゃ」

 もぐもぐと口を動かしながらカポック。

「へぇ。それが今や内陸で定住の王ね。まぁ前の妖しい黒衣の大臣よりはずいぶんマシだが……。だいたい悪い噂を信じてしまうのも、黒衣の大臣のせいだ! あの大臣を見てしまうと、どうも妖しい話を信じたくなる」

 少し考えてアレカヤ。

「確かにあやしいかもしれん。ワシもあの大臣については皆ほどしか知らん。大臣が出てきたのはここ数年……顔を知っている者などいないのではないかのぅ?」

「ったく、なんでそんな妖しいのを大臣にするかねぇ」

 ふと目を向けるとカルノーサと目が合った。

 にこりと笑われて、カポックは引きつった笑みを浮かべて目をそらした。

「……えらく余裕じゃないか」

「そういうところが先代そっくりじゃ。生意気な小僧じゃった……おぉ? あの顔は何か企んでおるな」

 嬉しそうなアレカヤの言葉に、どれどれと身体ごと向くと、カルノーサの声が聞こえてきた。

「まぁまぁみなさん。みなさんが私の王国を気にしてくれているのはよくわかりました。たくさんの噂があることもね。どうでしょう? 次回の大陸会議を我がカルノーサで開いては?」

 広間にどよめきが走った。

「もちろん、アフェランドラ様の許しがあれば! ですけどね」

 大声でつけ足すカルノーサ。

「ほぉ、おもしろい。良いぞカルノーサ。次回の大陸会議はそちの王国で開こう」

 わっと声があがる。

「そんな……よろしいのですか?」

「今まで大陸会議はずっとアフェランドラで開いてきましたのに」

「良いよい。わしもカルノーサに興味があるのじゃ。皆もそうじゃろう? ん?」

 皆ぐっとつまる。文句を言いつつも、カルノーサ王国に興味があるのだ。

「楽しみじゃのぅ。さぁ、酒をもて! 夜はあと少しで明けてしまうぞ!」

 夜が明ける前に、と皆急いで酒を飲み始めた。

 寒い刻の酒はまた格別だ。内に炎が灯るように暖かくなるのが実感できる。

「二世と言えば、アフェランドラ様の姫君はいかがおすごしですか?」

「大変美しいと噂だけはよくお聞きしております」

「亡き奥方様にそっくりだとか」

 毎年姫の話題が出るのだが、誰一人として姫君を見た者はいない。

 しかし『精霊にかなうほどの美しい姫』という噂だけは絶えず大陸に広まっていた。


  艶かな黒髪従えて まぶしいほどの白き肌

  花の唇こぼれるは きらめき響く天の音

  夜の瞳に出会うなら ただ愛しさに身を焦がす

  精霊すらも魅了する アフェランドラの王女様


 と、美しさを讃える歌もあるほどだ。

「どこから伝わるのかのぅ」

 感心したようにアフェンドラ王。

「そう、我が姫エクメアファッシアータの美しさは特別じゃ。大陸一と言っても良いじゃろう!」

 おおぉ、と歓声があがる。

「それはぜひ一目お会いしたいものですな」

「姫君は今いずこに?」

「もう寝ておる。今頃は夢の中じゃ」

 やんわりと断るアフェランドラ王。

「それにしてもあの奥方様そっくりと言えば、それはそれは美しいでしょうなぁ」

「十五になられたのでしょう? そろそろ婿殿選びをなさるのでは?」

「まだ十四じゃ。それにエクメアファッシアータの婿は慎重に選ぶ。おいそれと皆の前に出すことはできんのぅ」

 なんとか王の気を引き、姫を一目見られぬものかと盛り上がる。

 と、カルノーサは視線を感じて顔を上げた。

「………」

 目だけで「こちらへ」と促され、目立たぬようにカルノーサは広間を出た。

 大きな柱の後ろからさらに奥へと促される。

 カルノーサは黙ってついていった。


 誘われるまま小さな部屋に入ると、ようやく人影は姿を現した。

 薄暗い部屋で、顔がはっきりと見えない。

「こんな所までお誘いして申し訳ございません」

 言葉は丁寧だが心ない響きに、カルノーサは無言で見返した。

「ここまで来ていただいたのには、深い理由がございます。それは貴方様にとっても損にはなりますまい。おつきあい願えますかな?」

 返事を聞かず先に敷物に座ったその男に続き、カルノーサも腰を下ろした。

「ではお話しします。が、これからお話しすることは、貴方をカルノーサ王と見込んでのお願いです」

 一息おくと、男は言った。

「我がアフェランドラ王国の婿に来て欲しい」

「!?」

 驚いて黙っていると、男は説明し始めた。

「カルノーサはアフェランドラの隣国。しかも貴方は姫と歳も近い」

「ちょ、ちょっと待て」

 カルノーサは慌てて話を遮った。

「『我がアフェランドラ』と言ったな? おまえいったい何者なのだ?」

「これは失礼しました。私、アフェランドラ王国の大臣を務めております、ドラセナにございます」

「大臣? では、その話はアフェランドラ王からの話なのか?」

「いいえ違います。私の独断でございます」

 しばらく黙って考えていたが、カルノーサは話を促した。

「我が王国の加盟村は五十を超え、日に日に忙しくなっております。ところが、我が王はどうも政務に全力をそそがれておりません。愛娘であるエクメアファッシアータ姫のことで頭がいっぱいなのでございます」

 先程の王を思い出す。

「確かに。でもそれが親の心というものだろう? それに政務をおろそかにしているようには見えないが」

「それは私が全力で支えているからで。考えても下さい。先の奥方が亡くなったとき、姫のおかげで王はなんとか政務をまっとうしました。が、もしその姫に何かあったら……。高齢の王は心痛のあまり立ち直れず、アフェランドラ王国は砂に負け滅んでしまうでしょう。そうなる前に、跡継ぎが必要なのです」

 姫の婿になるということは、アフェランドラ王国の王になるということ。

 アフェランドラ王国の王になるということは、王の中の王になるということだ。

 しかしそうするとカルノーサ王国をどうするかが問題になる。

 カルノーサはドラセナを睨んだ。

「ドラセナ、おまえの望みはなんだ?」

「我がアフェランドラ王国の繁栄にございます」

 闇に浮かぶドラセナの目からは感情が読みとれない。

 あきらめたようにカルノーサは言った。

「話はよくわかった。しかし少し考えさせてくれ。何しろ私は噂の姫君を見たこともないのだからな」

「次回の大陸会議をカルノーサで行う、そのための打ち合わせをしたいと王に進言ください。その時こう囁くのです。『我が王国の魔法の話が聞きたかったら姫を同席させてください』とね」

 驚いた顔でカルノーサが口を開く前に、ドラセナが不適な笑みを浮かべた。

「魔法がこの大陸にないことは私も知っています。東の大陸にいた魔法使いたちが滅んだこともね。ですが『魔法』、この一言が必要なのです」

 カルノーサはもともと鋭い眼差しをさらに鋭くした。

「ドラセナ、おまえは何を隠している?」

「何も」

 相変わらず感情の読めぬ瞳でドラセナはカルノーサを平然と見返す。

 その時広間から大勢の足音が聞こえてきた。

 どうやら陽が昇ったらしい。

「ふん。言うとおりにするのはしゃくだがやってみよう」

 広間に戻るカルノーサを見送るドラセナ。

 その薄い笑みが闇に消えた。



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