10.旅立ちの前に
姫と二人きりになると、ペッサムの頭に色々な考えが浮かんでは消えた。
(なんで僕はさっき素直に『はい』って言わなかったんだろう! こんな絶好の機会もう二度とないかもしれないのに。でもやっぱり姫が『いきなり結婚は嫌だ』って言っていたから……。いやそれ以前に混乱してるよね。僕がいきなり男になったようなものだから)
「シャラ」
「はい」
怖くて姫の目を見られないペッサム。
(だいたいなんで姫は『二人きりでお話し』がしたかったんだろう?)
「正直に答えてね。前にシャラが言っていたじゃない? 好きな人のこと……その人には私、かなわないのかしら?」
「あ」
「それなら私……」
ペッサムは顔を上げると慌てて言った。
「私……僕は、ずっとシアのことが好きだったんです! あの夜話したのはあなたのことです! だから、その」
「嬉しい!」
姫はペッサムに抱きついた。
「私ちょっと悔しかったの。シャラがそんなに想う人ってどんな人なの? 誰を想って涙をためているのって、ずっと」
「じゃあ、姫さま……。僕と結婚してくれるんですか?」
姫はするりとペッサムから離れた。
「それはまた別よ。もっともーっと恋してからね」
「え――?」
「うふふ。それより衣をどうにかしましょうよ。気になってしかたないわ。あ、でも、もう同じ所では着替えられないわね。部屋も変えないと」
(もしかしなくても、侍女の時のほうが一緒にいられたよね。いやでも……)
ペッサムはぐるぐると考え込んだ。
カルノーサ王はアフェランドラ王の執務室で八年前のことを話していた。
「……そうことで、アフェランドラ様。本当は、姫をいただくのを辞退してお願いしたかったのですが。私は両親を探す旅に出たいのです。留守をお願いしてもよろしいですか?」
「カルノーサ王国は大丈夫かのぅ。王が不在では」
「そのための王国運営委員会です。私がいなくても国はまわります」
真剣な表情のカルノーサ王に、アフェランドラ王はうなずいた。
「ふぅむ。そちが長い間考えてきたことはようわかった。まさか妃と同じように先のカルノーサたちもいなくなっていたとはのぅ。わしももっと若かったら、一緒に探しに行きたいものじゃが。うむ! そちの不在中、カルノーサ王国のことは引き受けよう!」
「ありがとうございます。……戻ってきたときの話を期待していてください」
「そうじゃな。楽しみにしておるぞ! 我が妃オブッシフォーリアはもちろんじゃが、特に、そなたの母君のサンセベリア王妃。カシワバがオブッシフォーリアを描いた後に描いたらしいのじゃが、わしには見せてくれなんだ。そのくせ、『オブッシフォーリア様に勝るとも劣らない美しさ』と言うではないか! わしは気になって気になってのぅ」
カルノーサ王は苦笑する。
しきい布の向こうからルファーの声がした。
「ドラセナ殿が気づかれましたよ」
ドラセナは長い間、魔法使いにとりつかれていたせいで、しばらく意識が戻らなかったのだ。
そばに来たアフェランドラ王に、ドラセナは弱々しい声ながらも話し出した。
「申し訳ございません、陛下。私が不注意に、何者ともわからぬ声に答えてしまったのです。父が亡くなり忙しかった時期で、頭がぼおっとしていたのでございましょう。それにしてもなんとお詫びして良いか……面目ない」
「いや、ドラセナ。わしもおまえの大変さに気づいてやれなくてすまなんだ。これからはもっと人も増やして、より良いアフェランドラ王国を作ってゆこうぞ」
「勿体ないお言葉です!」
涙ぐむドラセナに、アフェランドラ王は笑顔で言った。
「すでに一人、ファータの婿候補がいるのじゃ。これがまた不思議な話でのぅ」
「なんですと! それはぜひぜひお目にかかって、たっぷりとい……いえ、鍛えてさしあげなければ」
「うむうむ。早く身体を治しておくれ」
「はい!」
(おい……あいつはうまくやっていけると思うか?)
(大丈夫でございましょう。姫もアフェランドラ王も魔法を信じているのです。その期待にこたえてくれますよ。さて、カルノーサ様、いそいでアフェランドラ王国を出ましょう)
(なんでまた?)
(カルノーサ様、妙な約束をしていたでしょう。侍女たちと)
(あ――! そうだったな。早いとこ逃げよう)
慌てて出た城の外には、パキアとマコヤナ、そして侍女たちがずらりと並んで待っていた。
「カルノーサ王!」
「待っていましたわ!」
「や、やぁ。わざわざ待ってもらうなんて嬉しいよ。さぁ、ど、どこに行きたい?」
めずらしく緊張しているカルノーサ王を、ルファーは面白そうに眺めている。
「もちろん、カルノーサ王のおごりですよね?」
カルノーサ王はうなずいた。
きゃー、と声にならない悲鳴が上がる。
「ロベレニー様が開いている料理店があるのです。そこに行きましょう!」
「それはいい! ぜひ行こう! ほら、ルファー。おまえも行こう!」
そうして、カルノーサ王のへそくりはなくなり、ルファーに借金までしたのだった。
美味しいものを満喫しカルノーサ王国に戻った二人は、王国委員会を開き、先代王を探す旅に出ることを説明した。
「なるほど。よくわかりました。それでこそカルノーサの民です。気をつけていってらっしゃいませ」
年寄がすんなりと納得したのに対し、若者はなかなか納得しなかった。
「大丈夫だ。もうおまえたちは立派に仕事ができる。現に、大陸会議も村の新規加入もこなしてきたではないか」
そうしてカルノーサ王は城を出ると、もう一人別れを言うべく町に入った。
「おや……また珍しい刻に来たねぇ」
一般客のために、歌うたいのマルギナータは3曲ほど歌い終わったところだった。
(今は相手できないよ?)
マルギナータの視線にうなずくカルノーサ王。
「私も歌っていいかな?」
「ええぞー。にいちゃん!」
「なんだ? 愛の歌か?」
「熱いね~」
やんやの喝采で迎えられ、カルノーサ王は小さく咳をすると歌い出した。
「『ヴィリアンラー……』」
「なんだ古代語かー」
「古い歌だなー」
それでも懐かしさを感じる旋律に、皆聴き入った。
マルギナータはその歌の意味を知っていた。
懐かしく愛しいあなた
私は今遠く離れて
あなたを想う
疲れた私の胸の奥で
あなたは優しい光を放つ
すべてを許すその光
懐かしく愛しいあなた
あなたの元に帰るまで
変わらないでいておくれ
故郷や恋人、友達や家族など、『あなた』は様々に解釈できるのだが、作り手が旅好きだったことから、『あなた』は『故郷』だろうと言われている。
(あんた旅に出るんだね)
歌い終わったカルノーサ王を、皆拍手で迎えた。
「お客さんに幸運を」
マルギナータはそっとその頬に口づけて囁いた。
「待っているよ」
察しのいい恋人に祝福を返すと、カルノーサ王は店を出た。
リーヤを連れて待っていたルファーが遠慮がちに言った。
「いいんですか? もっとゆっくりしてきても良かったのに。今度いつ戻れるかわからないんですよ?」
「いいんだよ。あんまりゆっくりしたら、行きたくなくなるだろ」
「なるほど」
それぞれリーヤに乗ると、海を目指してゆっくりと走らせる。
「ドラセナ殿にとりついていたのは、やっぱり東の大陸人でした。彼は、予言を信じないで研究を続けていたのですが、呪いに倒れたようです。しかし死ぬ前に、精霊を呼ぶ魔法を逆に使って、自分をこの大陸に送ったそうです」
「そしてドラセナにとりついたのか」
「ええ。彼としては姫の力をとるだけでも良かったのですが、カルノーサ様が現れた。そこで罠にかけて二人から力をとろうと考えたのです。新しい自分の身体を得るためにね」
「しかし失敗した」
「彼の真の望みは精霊の研究。私が手伝うと申し出たら、快く入ってきましたよ」
「は? それは何か? あいつをとりこんだのは合意の上ってことか?」
「そうですよ」
「精霊の研究って、まさか……」
おそるおそる自分を指すカルノーサ王。
「他に誰がいるんです?」
楽しげに笑うルファー。
「で、どうします? 残念ながらどこに精霊を呼んだのかまではわからなかったのですが」
「あーそうそう。まずは孤島に行きたいんだ」
「はぁ?」
聞いてませんよ? とルファーは眉をしかめた。
「シャラをとりに行きたいんだ。ほら、姫があいつのことシャラって呼んでいただろ? だから、結婚式に届けたいなぁって……」
「まったく。マメですねぇ。そんなだから噂が本当みたいに流れるんですよ」
「だーかーら、国中の女に声をかけたのは、ファータを見つけるためで」
「どうだか。だいたいマルギナータ様とはいつ知り合ったのです?」
「う。それは……」
海に出ても、船に乗っても、二人は相変わらずだった。




