9.魔法の儀式
ようやく現れた姫一行に、アフェランドラ王は満面の笑顔で迎えた。
「なんと、本当に花が咲いているようじゃ。ファータ、わしの贈り物は気に入ってくれたかな?」
「はいお父様。大変気に入りましたわ」
うむうむ、とうなずくアフェランドラ王。
「でも、今日はそれだけではないぞ。さぁカルノーサの」
「はい。では姫、こちらへ」
差し出された手に手を重ねる姫。
夢のような光景に、侍女たちは息を飲む。
「ここにお座りください」
大きな壺の前の小さな敷物の上に姫は座った。
よく見ると、広間の床一面に絵が描いてあり、姫はその一部にいるようだ。
「では、向かいにアフェランドラ様」
「なに? わしもか?」
「はい。そして横にドラセナ殿とルファー」
「はっ」
「御意」
不思議そうなアフェランドラ王に、カルノーサ王はにっこり笑って言った。
「この魔法には人の力がいるのですよ」
そうしてカルノーサ王は姫の後ろ、絵の外に立った。
広間の絵は、ごちゃごちゃした模様を省くと、真ん中に大きな壺、その前後に姫とアフェランドラ王、左右にドラセナとルファーとなっている。
「侍女のみなさんは、絵の中に入ってはいけませんよ。入ったらどうなるか保証できませんからね」
笑いながらの言葉に、侍女たちはカルノーサ王の後ろに縮こまった。
カルノーサ王は咳払いすると、大げさな手振りで言った。
「姫の誕生日ということで、我がカルノーサ王国秘伝の魔法をお見せします。しかし魔法はとても繊細なもの。どうぞ静かにごらんください。では、始めましょう……。絵の中にいるみなさんは目を閉じてください。そうしたら、息をすって、はいて、すって……はいて…………。そう、そのまま、気持ちを落ち着けていてください」
カルノーサ王が香炉をささげ持った。
「『今こそ姿を現せ、精霊の血を引きし者よ………』」
しいんとなった広間に、カルノーサ王の声がろうろうと響く。
同時にドラセナとルファーも呪文を唱え始めたが、二人の大臣の呪文には誰も気づかない。
カルノーサ王の唱える東の大陸の言葉の意味がわからない侍女たちは、ただその様子を見守っている。しかし絵には効果が表れてきた。
(見て! あそこ)
(光?)
絵の模様は徐々に輝きをおび、絵を囲む円もやがて光で繋がった。
光は暗くない広間に垂直に伸び、四人と壺はまるで半透明の円形の檻の中にいるようだ。
(すごいわ)
(本当に魔法なのね)
「『我は願う、その力を現したまえ!』」
「!」
がくん、と姫は操られたように立ち上がった。そしてふわりと宙に浮く。
姫の衣で花を象っていた布がほどけ、引かれるように天へと揺らぐ。
あまりのことに目を開けた姫は、自分の状況に驚愕の表情だ。
「シア!?」
「姫さま!?」
「ファータ?」
侍女たちの声に、アフェランドラ王が立ち上がって娘の方へと向かいかける。
「アフェランドラ様! 動いては魔法が効きませぬ!」
カルノーサ王の言葉に、アフェランドラ王はしぶしぶ腰を下ろした。
アフェランドラ王からはちょうど壺が邪魔になって姫の様子がわからないのだ。
祈るような想いで再び目を閉じるアフェランドラ王。
「『満ち満ちたるその力よ、束縛する肉体を離れよ!』」
(今です!)
ルファーの視線受けて、カルノーサ王は後ろにいる侍女たちにそっと囁いた。
(ねぇ悪いんだけど、この城にある壺を片っ端から壊してきてくれない?)
(えー?)
(そんなことしたらクビになっちゃいますー)
そりゃそうだ、とカルノーサ王は考えた。
(クビになったらカルノーサで雇おう。誰かに止められたら、カルノーサ王の言いつけです、って言っていい)
ん――、とまだ考え込む侍女たち。
ルファーが、何やってるんです、早く! と視線を送ってくる。
(――パキア、マコヤナ。お願いきいてくれたら一緒に遊びに行こう!)
(はい!)
(約束ですよ!)
二人が出ていくと、他の侍女たちも続いて行った。
ほっとしたカルノーサ王は、ようやく呪文を続けた。
「『約束されし場所へ移れ!』」
そこでドラセナの顔色が変わった。
(どういうことだ? 姫の力が、私に入ってこない。それになぜ身体が動かない?)
「『おまえの企みは失敗したんだ』」
カルノーサ王の東の大陸の言葉に、ドラセナは目だけを向けた。
「『おまえは精霊の研究をしていたんだって? だからって精霊の力を自分の力にするのはどうかな。今まで奪っていた姫の力も一緒に返してもらうぞ』」
アフェランドラ城にある壺には、魔法がかけられていた。
水は確かに姫をうるおしたが、精霊の力を抜かれ続け、姫は弱っていったのだ。
ルファーの目には、姫から外の壺に、さらにその壺やドラセナから解放された力が目の前の大きな壺に集まっていくのが見える。
(あの廊下だけでも相当の数だったから、歩くたびによほど疲れたことでしょうね)
侍女たちが順調に壺を壊しているらしく、霧のように見える精霊の力は続々と集まってくる。
(すべてそろった壺の中身を姫に戻せば、水は必要でも今より丈夫な身体に戻るでしょう)
カルノーサ王を睨んでいたドラセナが白目をむいた。
「倒れたか?」
「『愚かなことよ……』」
「なっ?」
アフェランドラ王の口から、聞き慣れぬ声で東の言葉が紡がれていた。
ドラセナの後ろにまわるカルノーサ王。
「『選択を誤ったわ。初めからこの身体にとりついておれば苦労も少なかったものを。まぁここまで弱らないとその身体から離れられなかったことを考えると、力を奪ってくれたことに礼を言わなくてはな。さて、我が姫の力は壺の中、か。くくく。良い感じに貯めてくれたものだ。これを手にすれば、きっと我の新しい身体が作れるはず』」
「ルファー!」
呪文の途中なので動けない、とルファーは首を横に振った。
アフェランドラ王の姿は、ゆっくりと壺に近づいていく。カルノーサ王は止めようと、足を踏み出しかけたが。
「『くくく。精霊の力を持つものよ。魔法陣に入ってどうなるか試してみるか?』」
(力が混ざりますよ!)
ルファーの視線がダメだと伝える。
「くっ。アフェランドラ様! 目を覚まして下さい! アフェランドラ様!!」
仕方なく呼びかけるカルノーサ王に、アフェランドラ王の口から非情な言葉が返る。
「『無駄じゃ無駄じゃ。こやつには聞こえぬ』」
「アフェランドラ様!!」
姫にはずっと意識があった。
力を吸い取られ動けないながらも、必死でどうなっているのか考えていた。
そこにカルノーサ王の父王を呼ぶ声が背中に聞こえたのだ。
(お父様!? いったいどうしたというの?)
出ていった侍女たちはまだ戻ってこない。
(シャラ、シャラは? シャラ、来て!)
ペッサムは姫が動けなくなった時に、魔法が嘘ではないと気づいた。
そうすると、いきなり姫の結婚を身近に感じたのだ。
(このままなんて嫌だ! せめて僕の本当の気持ちをちゃんと伝えるんだ!)
見ている間に大臣は倒れ、アフェランドラ王の様子がおかしくなっていった。
(今、僕にできることは、シアを助けることだ!)
ペッサムは部屋に飾り付けた布を伝って登った。
(ここまで上にくれば光の柱にも当たらない。これで絵の中に入ったってことにはならないはず………ん?)
やぶれるような嫌な感触に布を止めた元に目をやると、布はペッサムの重さに耐えかねたようで、壁や天井の留め金を弾き飛ばしながら、ずるずると下がってきていた。
(これじゃあ見つかってしまう。わ、わ! わ――!!)
大きな留め金が一つ外れ、ペッサムはそのまま振り子のように壺のほうへ近づいていった。
そうして、
「え?」
「『ん?』」
ペッサムは垂れた布につかまった状態で、アフェランドラ王を思い切り蹴り飛ばしていた。その勢いで絵から放り出されたアフェランドラ王。
(すみません、アフェランドラ様~)
それでも布から手を離さなかったペッサム。
しかし今の衝撃で、再び布の留め金が外れ、振られる向きが変わった。
(わ――!)
必死で布にしがみつくペッサムの目の前に、浮いている姫の姿がうつった。
ペッサムは思い切り腕を伸ばして、姫をぐいっと引き寄せる。
魔法の影響でか動けない様子ではあるけれど、確かに姫がペッサムの腕の中にいた。思わず抱きしめる。
が、姫の重さも加わったこともあって、さらに天井にとめていた布の留め金が外れ、逆方向に振り返す。
(シ、シアを守らなくちゃ!)
ペッサムの体全体で姫を抱き込んだ瞬間、
ゴン………
大きな音をたてて、ペッサムは全身で絵の中心に置いてあった大きな壺にぶつかっていた。
(い……痛--)
そのままペッサムは、ずるずると床に落ちていった。
姫はからまった布に引かれるようにして、壺の中へと落ちた。
あまりのことにあっけにとられていたカルノーサ王は、思い出したように叫んだ。
「ルファー!」
「『水は海、砂は岩、それぞれの元があるように、力はその元へ戻れ!』」
呪文のせいなのか、ペッサムが思い切りぶつかったせいなのか。壺に無数のひびが入ったかと思うと、大きな音をたてて壺が割れた。
「『くぅ、こんなつもりでは………』」
アフェランドラ王の身体から、なにかもやもやしたものが出てきたのが、カルノーサ王にも見えた。
「『こんなつもりじゃなかった。私はもっと研究を続けたかった。神が滅亡を予言したからこんなことに。新しい身体を手に入れ、まだまだ研究を……』」
ルファーが近づいて手をかざすと、もやもやはルファーに吸い込まれた。
「どうなったんだ?」
「取り込みました」
「どうなるんだ?」
「一日二回使えるようになりました」
「なるほど。さて、姫は無事かな?」
魔法の効果でうっすらと輝いている姫には傷一つなかった。
カルノーサ王は正装のかけ布を外し広げると、姫を寝かせた。
壺のかけらの下にペッサムがいた。丁寧にかけらを取り除いて、同じように寝かせる。
無数の擦り傷やあざがあるペッサムにも大きな傷はなかったが、壺のかけらで侍女の衣が大きく切り裂かれていた。
「普通の人間のようなので、魔法の影響は何もないと思いますが」
ルファーが言葉を言い切る前に、ペッサムの目が開いた。
「シア! シアは?」
カルノーサ王は視線で教えた。
ペッサムは起きあがって、姫の頬に触れるとほほえんだ。
「良かった。無事だった」
「……シャラ?」
姫も目を覚ました。
しかし何度も瞬きを繰り返し、信じられないといった表情だ。
「シア? どこか痛いの?」
ペッサムの心配した声に、姫は不思議そうに聞いた。
「シャラよね?」
「そうよ」
壺の欠片で切り裂かれて露わになったペッサムの胸は少しも膨らんではおらず、反対に巻き布があった首に小さな膨らみが見えている。
「……魔法ね」
「え?」
「私さっき、ずっと祈るように思っていたの。シャラが絶対来てくれる、だから大丈夫だって。その通りにシャラは来てくれた。だけどまさか、男の子にしてくれるなんて思わなかったわ」
「!」
ペッサムはやっと自分の姿に気がついた。
「うぅ、なんじゃ? いったい何があったのじゃ?」
頭を押さえながらアフェランドラ王が起きあがった。
その前に進み、手を貸しながらカルノーサ王は言った。
「アフェランドラ様お喜びください。魔法は成功いたしました!」
「なんと! では約束通り……」
「それが……魔法はこの者がいなくては成功しませんでしたので、褒美はこの者に与えてください」
アフェランドラ王はカルノーサ王の示す少年ペッサムを見た。
「おお! 魔法はこの者にも効いたのか?」
「そうですわ、お父様! そうしてシャラは私を助けてくださいました!」
「そうか。それではおまえに我が娘を……」
「お待ちくださいアフェランドラ様!」
ペッサムは静かに言った。
「それは、それは姫さまに決めていただいてもいいですか?」
「かまわないが……。ファータ、どうするね?」
「……少し二人きりでお話ししたいわ」
「良かろう。では後で呼んでおくれ。わしたちは執務室で待っているよ」
かけらの下からドラセナを掘り起こすと、王たちは広間を去った。




