8.誕生日会の準備
ペッサムは密談を聞いて以来ドラセナの行動を追い、カルノーサ王との会話を盗み聞きするのに成功していた。
「これをカルノーサ王にもっともらしく唱えていただきたい。私が仕掛けをしておきますので、いかにも魔法がかかっているように見えるでしょう。でもいいですか? その間、何が起ころうとも中断してはいけません。絵の中に入ってもいけません。他人を騙すにはまず自分から、これを覚えておいてください。呪文もそういう気持ちで読んでくださいよ?」
「ドラセナ。これでは地味ではないか。我が大臣も連れてくるから、姫とおまえだけでなく、アフェランドラ王と我が大臣の四人にしよう。その方が大げさでいいだろう?」
「ううむ。わかりました。まぁいいでしょう」
会話から察するに、明らかに魔法は茶番だ。
(でも、どうしよう? これをアフェランドラ様に言っても、信じてもらえなさそうだ。いったいどうすれば……)
思案していると、いきなり腕を引かれた。
「な……」
カルノーサ王だった。
長身のカルノーサ王は、ペッサムの口を塞ぎ軽々と部屋にひきずり込んだ。
「おや? 侍女の一人ですな。どうします?」
「問題ない。私が言うことを聞くようにしておくから、おまえは外してくれ」
「ふふ。お願いしますよ」
にやにや笑いながらドラセナが出ていくと、カルノーサ王は口を塞いでいた手を離した。
両手を掴まれじたばたと暴れるペッサムを、王はまじまじと眺める。
「何をする気です! 離して!」
王はそのまま頭と喉を覆っている巻き布を外した。
「!」
(しまった! ばれた!)
凍りつくペッサム。
「ふん」
ペッサムを掴んでいた手が離れた。何も言わないカルノーサ王に、ペッサムはたまらず口を開いた。
「どうする気だ? 僕のことを大臣に言うのか?」
「いや」
「じゃあ、アフェランドラ様に言うのか?」
「いいや」
なんだか拍子抜けしてしまい、ペッサムはふと聞いてみた。
「どうして効きもしない魔法なんか。やっぱり姫とこの王国が欲しいのか?」
「……」
答えないでただ不敵な笑みを浮かべるカルノーサ王。ペッサムは悔しくなった。
「姫が欲しいのなら、本当に姫を治してよ! 姫を幸せにしてくれる人にしか、姫は渡さない!」
カルノーサ王は低い声で言った。
「ドラセナには『言うことを聞くようにしたから準備を手伝わせろ』と言う。おまえも合わせろよ?」
「え?」
「巻き布を忘れるな」
そうしてカルノーサ王は部屋を出ていった。
(見逃してくれた……?)
「誕生日って悲しいことが多いの。お母様が亡くなったのも誕生日、カシワバ爺が亡くなったのも誕生日。五歳の誕生日から私はこうしてお城に籠もることになったのよ」
父王からの贈り物である新しい衣を侍女たちに着付けてもらいながら、姫はため息をついた。
「アフェランドラ様が広間の飾り付けをはりきっておりますよ」
「それに今日はカルノーサ王もいらっしゃるとか」
「今から楽しみですね!」
「きっとカルノーサ王は正装でいらっしゃるはず。はぁ、もう、想像しただけで……」
「アフェランドラ様とドラセナ様、二人が直々に準備をするなんて、どんなことをなさるつもりでしょう?」
「きっとすばらしいことに違いありませんわ!」
「この衣を着た姫さまが、アフェランドラ様やカルノーサ王と並んだら、どんなに美しいでしょう!」
「まさに絵のようでしょうね!」
侍女たちのどんな言葉にも姫は笑顔にならなかった。
「シャラは?」
「姫さま、ペペロミアはアフェランドラ様のお手伝いにでかけております」
「姫さま、うんときれいにして、着付けを見られなかったペペロミアを驚かしましょう」
パキアとマコヤナの言葉にも、姫はただ息をつくだけだった。
(いったいどうしちゃったわけ?)
(やっぱり今日のこと嫌なんじゃないの)
(姫さまには決まった想い人もいないのに?)
(そうね。変だわ)
(それにしても、なんだってペッサムは広間のほうに? 絶対着付けをすると思ってたのに!)
(それよそれ。なんだか妙なことも言ってたわ。姫から目を離さないでくれって。まるで何か起こるみたいな感じで)
(何が起こるっていうの? アフェランドラ様、ドラセナ様、カルノーサ様までいるのに)
(最近、ペッサム一人で行動していて、なにを考えているのかさっぱりわからないわ)
ふぅむ、と顔を見合わす二人。
(ま、なにかあったら私たちだけでも姫さまをお守りしましょ!)
(もちろんよ!)
「カルノーサ王が到着しました!」
伝令の言葉に、緊張が走るアフェランドラ王。
「待ちかねたぞ!」
廊下から緑の正装をしたカルノーサ王と、その後ろに黒衣の大臣ルファーが続いた。
二人は大きな包みを持ってきている。
「本日はお招きにあずかり恐悦至極に存じます」
二人は両腕を交差させ頭を下げた。表向きは姫の誕生日会なのだ。
「よう参られた!」
アフェランドラ王に続き、カルノーサ王、ルファーと続く。
「姫は?」
「着替えておる。今日は誕生日じゃからのぅ。元気になった姫の姿を、早く見たいものじゃ」
色とりどりの壺の側を通り抜け、一行は広間へと入った。
広間にはアフェランドラ王家の美しい赤の布が、天井に渦を巻くように飾られ、華やかな雰囲気が漂っている。
「これはこれはカルノーサ王。よくいらっしゃいました」
絵の中心にいたドラセナが、略式の礼で迎えた。
「カルノーサ王ご推薦の壺はそれですかな? どうぞここへ」
(まったく。それらしくするためとは言え、なぜ急にこんな物を)
苦々しいドラセナの眼差しをふいとかわし、カルノーサ王はアフェランドラ王に笑いかけた。
「本日は必ず成功させますよ!」
「頼もしい限りじゃ!」
カルノーサ王はルファーと一緒に絵の中心へ壺を置いた。
布を飾り付けていたペッサムとカルノーサ王の目が合う。
「はじめまして。ペペロミアにございます」
慣れた仕草で礼をするペッサムに、カルノーサ王は目を細めた。
「かわいらしいですね」
「初めは大変身体が弱かったのじゃが、今はもうすっかり元気になった。我が娘もこうなって欲しいものじゃ」
「大丈夫でございますとも陛下。そのためにカルノーサ王をお呼びしたのですから」
「そうです。今日を記念すべき日にしてみせますよ」
ドラセナとカルノーサ王の力強い言葉に、アフェランドラ王は笑顔になった。
「そうじゃな。そろそろエクメアファッシアータの用意もできたのではないか? ペペロミア、ファータを呼んできておくれ」
「かしこまりました」
姫の部屋へ急ぐペッサム。
(どうしよう)
先程のカルノーサ王の姿が焼き付いて離れなかった。
カルノーサ王のことは調べていたので、噂や評判は知っていたし、この前は薄暗い部屋でも会った。
しかし実際に正装した姿を目の前で見ると……。
大陸の基準から離れてはいるけれど魅力的な容姿。城をよく抜け出すのはご愛敬で、王としての力量はある。先日の大陸会議はとても好評だったと聞いている。
(あの人は王様なんだ。僕なんかとは違う。容姿、地位ともにシアとつりあう人だ。それにアフェランドラ様にも信頼されている。僕なんかよりシアにとって、カルノーサ王の方がいいかもしれない。あぁ、いっそカルノーサ王がもっとひどい人だったら。たとえ魔法が嘘だとしても、カルノーサ王国は水や緑が豊かだというから、そこで暮らせばシアの身体だって治るかもしれない。カルノーサ王国にしかない、特別な薬草があるかもしれない。それでシアが幸せになるのなら、もう、僕にできることは何もないんじゃあ……)
ペッサムは姫の部屋の前に着いた。紐を引く。
「はい?」
かわいらしい声に、ペッサムは覚悟を決めて言った。
「シア。陛下がお呼びです。広間にいらしてください」
「……わかりました」
さざ波のように侍女たちのくすくす笑いが響いた。
ペッサムは入り口から離れて立った。
正装したパキアとマコヤナがまず出てきて、しきい布を開いて持った。
ペッサムはさらに一歩下がって姫が出てくるのを待った。
正装した月の日の侍女たちが出てくると、廊下に並んだ。同じく火の日、木の日、金の日、土の日と続いた。
「?」
「シャラ、入ってきて」
意外な姫のお召しに、ペッサムは入り口をくぐった。パキアとマコヤナがしきい布をおろす。
「……!」
一瞬、ペッサムは自分がどこにいるのかわからなくなった。
壺も壁も、部屋一面が緑色の布で覆われいた。部屋に灯るのは薄暗い明かりだけで、いきなり森の中に入ったようだ。
「シア?」
明かりの元に近づいても、姫はいなかった。
「シア? 陛下が」
「シャラ」
姫の小さな声が聞こえた。
「広間に行ったら、何をするか知っていて?」
「……」
「お父様が言ったの。私が魔法で丈夫になったらカルノーサ王と結婚させるって。もし魔法が効かなくても、結婚させるって……。カルノーサ王国は水や緑が豊富だから、そこで暮らせばきっとよくなるだろうって。そりゃあ魔法で身体が丈夫になるなら嬉しいわ。水や緑がいっぱいあるところで暮らすのも夢だった。でも、いきなり結婚は嫌なの! 前にシャラが言っていたこと、それもわからないまま結婚なんて嫌なのよ!」
「でも、シア」
ペッサムは自分の口が知らぬ所で動いているように感じた。
「結婚してから、その気持ちがわかるかもしれないですよ。カルノーサ王は噂ほど悪い人ではないようですし、容姿も悪くありません。水と緑の豊富な王国なら、きっとシアも幸せになれると」
「みんなと同じことを言うのね」
「!」
「わかっているの。私だってわかっているのよ。でも、シャラだったら、もしかしたら違うことを言ってくれるかもって、思っていたの」
「シ……」
「ごめんなさい。お父様が呼んでいるのね、急がなくっちゃ」
鈴のなる音がした。
その音にパキアとマコヤナはしきい布を上げた。
闇を切り裂く光の中に、薄紅色の花飾りをいくつもつけた美しい姫が現れた。
「さぁ、行きましょう」
その笑顔はとてもきれいだったけれど。




