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王と魔法と新しい風  作者: 高山小石


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6.ペッサムの波瀾万丈な日々(4)

「申し訳ございません! 私がこんな寒い中、姫さまを外に連れだしたから。本当に申し訳ございません!!」

 執務室、アフェランドラ王の前で、ペッサムは床について謝っていた。

 姫は部屋に運ばれ、薬師が様子を見ている。

「いや、わしも話していなかったからのぅ。それにそちは身体が弱いから、まさかこんなことをするとは思っていなんだ。顔をお上げペペロミア。こちらへおいで」

 優しい声で、アフェランドラ王は執務室の隣にペペロミアを誘った。そこは小さな部屋で、壁に一枚絵があるだけの、それ以外は何もない部屋だった。

 大きな絵にはどこか幼い感じの、髪の長い美しい女性が描かれている。

 絵に見入るペッサムに、アフェランドラ王は言った。

「わしの妃じゃよ」

「姫さまとそっくりですね」

「そう。十五年前の妃の姿じゃ。あまりにも美しかったので、わしは前の大臣カシワバに頼んで絵にしてもらったのじゃ」

 絵でもこれほど美しいのなら、実物はもっとすごかったのだろう。

「妃オブッシフォーリアには少し先の事を言い当てるという、不思議な力があった。海の動きや嵐の様子など、とても重宝したものじゃ。しかしやはり身体が弱くてのぅ。なぜか水分が側にないと具合を悪くしたものじゃ。そして、我が姫エクメアファッシアータもそうなのじゃ。城にいくつも壺があるのを知っているじゃろう?」

 ペッサムはうなずく。

「あれには毎日海水を入れておる。ああやっておけば、姫は城の中だけでも自由に歩き回れるからのぅ。初めは水だったのじゃが、さすがに続かず、海水にしたのじゃ」

 形のない金貨と言われるほど、真水は高価だ。毎日のこととなれば、いくらアフェランドラ王国といえども傾くだろう。

「妃もそうしてなんとか城で暮らす中、ファータを産んだ。その時妃が言ったのだ。『この子が五歳と十五歳になったら、新しい風がふきます』とな。初めわしは気にも止めなんだが」

「確かその時」

「そう。我が妃のことは知っておるじゃろう。実はあの時、ファータも行方知らずになったのじゃ」

「!」

「しかしおおよそ一年後、ファータは知らぬ間に部屋に戻っておった。だからわしが悲しみに暮れていたのは、妃を失ったせい、ということになっておる。実際、姫については妃の言葉を聞いていたので、少なくとも十五歳までは生きられると信じておれたのじゃがな。なんにせよせっかく戻ってきたのじゃ。もう絶対に手離したくない。水分が容態に影響するのだから内陸では生きることすら難しいじゃろう。それで城に閉じこめ、日替わり侍女を呼んだり、そちを呼んだりしているのじゃ」

「知らぬとはいえ、とんだことをしてしまいました」

(僕、今日追い出されるかもしれない)

 呆然とした。一歩間違えば、姫がいなくなり、再び王を悲しみに突き落とすところだったのだ。

「わしも早うに言うておけば良かった。なに、ファータは大丈夫じゃ。十五歳までは絶対にの。ただ十五歳まであと少し……」

 厳しい眼差しで絵を見つめるアフェランドラ王。

「何か方法はないのでしょうか? 姫の身体を丈夫にするような」

「薬師にはずっと調べてもらっておる。しかし、そちには効いてファータに効かないのを見ると、どうもそれだけではないようじゃ」

 疲れた表情のアフェランドラ王に、ペッサムは膝をついて頼んだ。

「アフェランドラ様! どうかエクメアファッシアータ姫のことをくわしく教えてください! 何か、良い考えが思いつくやもしれません!」

「しかしもう、やるべきことはやり尽くしたのじゃ」

「それでも!」

 ペッサムはまっすぐアフェランドラ王を見て言った。

「これであきらめたら、姫さまは外のことを何も知らないままです。私も身体が弱かったのでよくわかるのです。ずっと家にいることがどれだけ寂しいか。外の世界がどんなに光り輝いて見えるか! 姫に外の世界を見せてさしあげたいのです!」

 真剣な瞳に、アフェランドラ王はようやく理解した。

「そなた……。そうか。それでリーヤに。そちの気持ちはよくわかった。ファータのことは、薬師に聞けばわかるじゃろう。今は姫の部屋に行っておくれ」

「え。よろしいのですか?」

「良い考えが浮かぶのを期待しておるぞ!」

「はい!」

 嬉しげに姫の部屋に急ぐペッサムを見送るアフェランドラ王はつぶやいた。

「それでもどうしようもなければ、もう、魔法しかない」



 ペッサムが姫の部屋に入ると、姫は意識を取り戻していた。

「もう大丈夫だ。また何かあったら呼んでくれよ」

 薬師はすれ違いざまペッサムに耳打ちすると気をきかせて部屋を出ていった。ペッサムはそっと寝床に近づいた。

「シア、すみません。私が連れ出したから」

「ううん。嬉しかったわ。初めてリーヤに触れたし、一人で乗れたのだもの」

 微笑む姫の小さな手を、ペッサムは優しく握った。

「シア、水がないと苦しくなるのは本当ですか?」

「……ええ」

 姫は目をそらした。

「どうして教えてくれなかったのです?」

「だって変でしょ? それにシャラが治ったから、私も平気になったのかと思ったの」

「私とシアは違うでしょう?」

「そうね」

(『姉妹』と呼び合っていても、やっぱり違うのね)

 ペッサムと一緒にいられることは嬉しいのに、具合が良くなるのはペッサムだけ。姫は苦い気持ちになっていた。

「私、薬師さまにもお話を聞いて、もっとシアのことに詳しくなります! そうして必ず、シアを健康な身体にしてみせます! だからお願いです。無理なことは無理と言ってください。そうじゃないと、私……」

 声が途切れたのに顔を向けると、ペッサムが泣いていた。

「ごめんなさいシャラ。これからはちゃんと話すわ。だから泣かないで?」

「約束ですよ?」

 二人は繋いだ手を固く握りしめた。




 そうして調子を取り戻したペッサムは、以前にも増して姫のことを考えるようになった。しかし今度は、姫の様子がおかしくなった。

 陽の日、いつものようにペッサムはしきい布の向こうから声をかける。

「シア! 一緒に布の柄つけをしませんか?」

「ごめんなさい。私、ちょっと……」

「あの、じゃあ、焼き菓子でも作りませんか?」

「それも、ちょっと……」

「あ、あの、じゃあ、いいです」

 姫の部屋の前で、ふぅと息をつくペッサム。

(いったいどうしたのかなぁ? 最近、授業以外ずーっと部屋にこもっちゃって)

 仕方なくペッサムは言った手前、布の柄つけを終えた後、焼き菓子も作り、姫に渡すためのつつみ布を探すために布置き場へと向かった。

「……です。手順は………」

「……なるほど。しかし………」

 低い話し声に足を止める。

(誰だ? この声は大臣、と?)

 足音を立てないように、そっとペッサムは声の元へ近づいて行った。陽が落ちたこともあり、難なく壺の影に隠れる。

「アフェランドラ様は魔法の話にのってきました。もう一押し、といったところですね」

「私はぜひあなたを次代に、と言っておきました。緑や水にひかれていましたよ」

「ふふふ。そう、実行する日なのですが、大陸会議の後でかまいませんか? 準備やなにやらで忙しいのです」

「そうですな。それならいっそ十五歳の誕生日その日にしましょう。その頃には王も気が気じゃないはず……」

(!!)

 ペッサムは慎重に慎重すぎるほど気をつけてその場を離れると、一目散に部屋に戻った。

(ドラセナ大臣とカルノーサ王だ! アフェランドラ王が魔法? きっと姫の身体のためだ! 次代って、次のアフェランドラ王ってことか? そんな、そんな………)


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