彼女の不思議な言動について
時間を入れ替えたのはどうやら一日だけだったようで、翌日からはまた、ケイナが昼間に出てくるようになりました。
ちなみにケイナが僕の布団に潜り込んだ理由は「そっちのほうが寝心地がよさそうだったから」だそうで、途中から一人でのびのびと眠れたことを喜んでいました。ええ、もちろん謝罪なんてありません。
ケイナがそんな人物である上に電波系だという認識を持たされたはずの友樹は、しかしよほどケイナの顔が好きなのか、また昼休みにせっせと貢ぎに来るようになりました。
どうやら、僕とケイナが恋人同士で同棲をしていると思い込んでしまったために落ち込んでいただけで、トールのおかげで誤解だとわかった瞬間、恋心が見事に復活したようです。
しかし二人で会話を続ける自信はないらしく、改めて企画した飲み会には友人一同を巻き込むことにしたようです。僕も誘われましたが、残念ながらバイトが終わるのは夜の九時なので遠慮させていただくことにしました。
「じゃあ、八時からにするからさ、バイト終わったら来いよ」
それではケイナが参加できません。
「いや、悪いよ」
そう断りましたが友樹に真意がわかるわけもなく、
「いいっていいって。他にもバイトって奴、いるだろうし」
と、その場で他の友人たちに連絡を入れられてしまい、僕はそっとケイナの様子を窺いました。
僕の発言のせいでケイナの時間中に飲み会が行われなくなったことに機嫌を悪くしているのではないかと思ったのですが、意外なことにケイナはいたって平然としていて、さらに意外なことに断りの言葉を自ら口にしたのです。
「せっかくだけど、私は遠慮するよ」
当然のことながら、友樹はとても慌てました。
「え!? どうしてですか?」
「いつも八時には寝るから」
当然のことながら、友樹は呆気にとられていました。
「え……と、じゃあ……別の日に……」
数秒後、友樹が発したのは「小学生か!」というツッコミではなく、ケイナの事情を考慮した上での極めて前向きな言葉でしたが、ケイナはそれも断りました。
「もう他の人に連絡しちゃったんでしょう? いいよ、悪いし。代わりにトールが行くから、みんなで楽しんできて」
――どういうことでしょう。ケイナが食べものにありつけるチャンスを自ら逃すなんて。
トールに頼んで、また時間を入れ替えることもできるはずです。友樹が他のメンバーに連絡を入れる前に「行けない」と言うこともできたはずです。それなのに――連絡を入れ終わるのを待ってから断ったように見えたのは気のせいでしょうか?
不思議に思いましたが、友樹の前で真意を質すわけにもいきません。
なんとかして誘おうとする友樹の言葉をのらりくらりとかわすケイナの姿を、僕はただ黙って見つめていました。
「……どういうことですか?」
三時限目の講義が終わってからようやく、僕はケイナに尋ねました。
「なにが?」
「ケイさんが飲み会に行く話をトールに譲ったことです」
「だって、八時からなら仕方ないじゃない」
「……方法はあるでしょう」
周りに人がいるためはっきりとは言いませんでしたが、ケイナには伝わったはずです。
しかしケイナから返ってきたのは「色々あるんだよ」の一言で、それは周りに人がいるからとかそういう理由ではなく、話す気がそもそもなさそうな声でした。
(色々って……)
答えがわからないもどかしさと、教えてもらえない苛立ちが顔に出ていたのでしょうか。ケイナが僕に向かってわざとらしく笑いながら言いました。
「それより、いいの? トールの分は出してくれないと思うよ、あの人」
「――――あ」
「竜馬とトールの二人分。結構な出費だねぇ」
くすくすと笑う声は、まるで小悪魔のようです。
「……今日から節約のために夕飯のおかずを減らしましょう」
「え!?」
「そうですね、とりあえず今夜は梅干しご飯で我慢しましょうか」
「えぇ――――――っ!?」
仕返しの威力は抜群で、ケイナの瞳が懇願するように見つめてきました。
「それは竜馬の分だけにして!」
前言撤回。
悪魔です、この人は。