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夜の彼女について

 昼間にトールが出ていたからでしょうか。その日バイトから帰ってくると、ケイナが待っていました。

「ちょっと、なんで食べるもの置いていってくれないの? ひもじくて死にそうだよ。早く御飯ご飯ごはんー。おなか空いたおなか空いたおなかすいたー!」

 ひもじくて死にそうなくせに、耳をふさぎたくなるくらい元気だというのはどういうことでしょう。

「……そんなに元気なら、あと二時間くらい先でも大丈夫ですね」

 うんざりして言うと、騒がしい声がぴたりとやみました。そしてケイナがテーブルの前にちょこんと座ります。犬のようなその動作に、少し気が晴れました。


 今日は一日中トールが出ているものだと思いこんで、なにも準備をしていかなかった僕にも落ち度はあります。

 少しばかり可哀想なので、支度の間になにかつまむものを出してあげましょう。確かここに肉まんが……と、冷凍庫を開けた瞬間、気づきました。

 ケイナもトールも、どこに食べものがあるかを知っています。レンジの使い方も知っています。

 それなのに、冷蔵庫の中身どころか戸棚の中のお菓子類さえも、手を触れた形跡すらありません。

「あの、ケイさん……」

「なに?」

「自分でなにか出して食べようとは思わなかったんですか?」

「だって、食べていいって言われてないもん」

 ――なんでそんなところだけ躾が行き届いているんですか。

 帰ってきた瞬間にあんなにわめき立てるほどおなかを空かせているのに、僕がいるときは遠慮なくどんどん取っていくのに。

 でも――確かに今までバイトから帰ってきたときに、なにかが減っているとかなくなっているとか、そういうことはありませんでした。僕が用意しておいた食べもの以外は。

「……常識的な部分もあったんですね」

 三週目にして気づいた事実はとても意外で、極めて些細なことなのですが、ケイナという人物を見直しました。

「なんか私が非常識みたいな言い方だね」

「非常識じゃないですか。道で会っただけの人の家に転がり込んで、三週間も一銭も払わずに居座って、大学の講義も勝手に受けてますし、人の友人に興味もないくせに食べものは貰うだけ貰って本人はほったらかし……」

 並べているうちに先ほど見直した部分はなにかの間違いのような気がしてきました。

「失礼な! 今日はなにを持ってきてくれるかなって、毎日楽しみにしてるよ!」

「……だから、友樹自体には興味がないんでしょう?」

 心外だと言わんばかりにそこを強調してどうするんですか。


「だいたいですね、僕は初めに言いましたよね? 間違っても異世界から来たことを気づかれないようにしてくださいって。なんで自分から暴露してるんですか」

「いいじゃない。誰も信じなかったんだから」

「信じたらどうするつもりだったんですか!?」

 思い出したのでついでに文句を言いましたが、ケイナに反省の色は見られません。それどころかケロッとしています。

「竜馬は異世界人っていうのを隠したいみたいだけど、そんなに気にしなくて大丈夫だよ。私たちの経験からすると、“他の世界から来た”なんて台詞を信じる人は、自分も異世界から来ているか、空想と現実がごちゃまぜになっているかのどっちかだよ。常識のあるその世界の人は信じたりしない」

「……信じている僕には常識がないとでも言うつもりですか」

「常識のある男の人は、初対面の女性を部屋に連れ込んだりしないんだよ!」

「あなたが勝手についてきて、無理やり転がり込んだんでしょう!」

 それなのに、どうして僕が犯罪者みたいに言われなくてはならないのでしょう。

「それに、夜はトールに代わっているのでなんの問題もありません。男友達が泊まっているようなものです」

 そう言ったら、ケイナが首を傾げました。「あれ? 友達になったんだ?」

「いえ……“ようなもの”で……」

「トールも“なった覚えはない”って」

「………………そうですか」

 どうしてこうもこの人との話は疲れるのでしょう。げんなりしていると、ケイナが僕をからかうような声を出しました。

「それより、今夜いるのはトールじゃなくて私なんだよ。ほら、問題あるじゃん」

「……いえ、まったく」

 一瞬だけ考えてみましたが、ケイナのこの性格では問題を起こす気にもなりません。

「えぇー!? こんな美人を前にしてなにも感じないの? おかしいよ、それ」

 なにかして欲しいんでしょうか、この人は。しかも自分で美人って……。

「そもそも、こんな美人をおなか空かせたままって非人道的だよ。早く御飯ご飯ごはんー!」

「たった今、肉まんを食べたでしょう!」

「全然足りないよー! 早くはやくぅー」

 テーブルを叩きながら催促するケイナを見て、僕は夜ケイナがいることの問題点に気づきました。

 問題点その一。

 会話が成り立たなくて疲れます。


  ◇―◇―◆―◇―◇


 自分が出ていないときも視覚と聴覚は共有できるはずですが、ケイナはDVDの操作を自分でやりたかったらしく、なんだかとても嬉しそうにデッキを触っていました。

「昼間も起きていたと思うのですが、寝なくていいのですか?」

 不思議に思って訊くと、「これ見たら寝るよ」という回答が返ってきました。きっと、相手の時間は自分で動くわけではないので、起きていても体力の消耗が少ないのでしょう。

 そう納得して、僕はケイナに「おやすみなさい」と言いました。

「おやすみー」

 彼女たち用の布団の上から返ってきた声を聞き、僕は自分の布団に横たわりました。

 すぐに眠気が襲い、ケイナが見ているDVDの音も遠くなっていきます。


 それから、何時間が経ったのでしょう。

 ふと目を覚ました僕の横に、なにやら温もりが。

(…………え?)

 ケイナ? いえ、トールでしょうか。次に切り替わるのは八時でいいのでしょうか。あぁでも、通常は朝の八時からケイナの時間なので、切り替わらずにいくのでしょうか。だとすると、やっぱりケイナ?

(………………どっちでもいいですね……)

 慌てて考えたことにさほど意味がないことに気づき、僕は息を吐きました。

 どうして僕の布団で寝ているのかは知りませんが、仕方ありません。今日は向こうで寝ることにしましょう。

 僕は布団からそっと抜け出し、彼女たち用の布団へと移動しました。

(トールならこんなことないのに……)

 夜にいるのがケイナだと、こんな問題点もあるようです。やっぱり夜はトールのほうがいいなぁ、なんて思いながら、僕は再び眠りにつきました。


 このとき、ケイナは寝ていましたが、中でトールは起きていたようです。

 次の日の夜、「あんた、本当になにもしないんだな」と、感心したような呆れたような声で言われました。

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