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彼らの体質について

 いつも朝起きたときにいるのはトールです。

 でも、なにしろケイナが食べること大好きな人なので、朝ごはんは八時を過ぎるのを待ってケイナが食べます。だから初日以降、トールは僕が朝食を用意するのをただ見ているだけでしたが、その日はなぜか違いました。

「今日はケイを待たなくていいぜ」

 トールがそう言ったのです。

「………………え?」

「心配するな。二回食べるわけじゃない。ケイがここの食事を気に入っちまったから、体型維持すんの大変だしな」

 僕の経済状況を鑑みてくれていたわけじゃないんですか――って、それは今どうでもよくて。

「えっと、ケイさん、どうしたんですか?」

「今日の昼は出てこない」

「えっ?」

「俺たちの生活にも例外があってな。互いに承諾していれば、他の魂の時間を使うことができるんだよ」

 それは初耳です。つまり、ケイナが承諾さえすれば、トールは昼間でも動くことができるんですね。

「――って、あのケイさんが自分の時間を譲るなんてことがあるんですか!? 大丈夫ですか? どこか悪いんじゃないですか?」

 僕の反応に、トールが苦笑しました。

「……あぁ、うるさい。今日はおとなしくするんだろうが。“どういう意味!?”って、言わんでもわかれ」

 右耳を押さえながら話しているので、ケイナは起きてはいるのでしょう。つまり、起きているのに身体はトールに渡しているという異常な状況です。

「大丈夫なんですか? 病院に行ったほうがよくないですか?」

 あぁ、でも、体の具合が悪いわけではないのでしょう。もしそうなら、共有しているトールが元気というのはおかしいです。だとするとどこに行けばいいのでしょう。精神科でしょうか。

「……あんたも、ちょっと黙れ」

「……あ、すみません……」

 うんざりしたトールの声で我に返ります。あまりにも予想外の出来事すぎて、ついつい取り乱してしまいました。

「でも……本当に大丈夫なんですか?」

「心配か?」

「えぇ、まぁ……」

「ふぅん」

「………………え? それで終わりですか?」

 淡白な反応を返しただけでなぜか僕の顔をまじまじと見るトールに抗議したら、はっとしたような顔で謝られました。

「わりぃわりぃ。こんなに迷惑被ってんのに、よく心配できるなって思って」

 その言葉で、僕は今の我が家の経済状況を思い出しました。

「……わかってるなら、なんとかしてください」

「俺が? あいつを? 無理だ」

「そうでしょうね……」

 あっさりと投げ捨てられ、僕は思わず嘆息しました。言ってはみましたが、あのケイナを止められるなんて思えません。理由はどうあれ、トールは食べるのを我慢してくれているのです。それでよしとしなくては。

「まぁ、あいつが迷惑かけたうちの一個は、今日なんとかしてやるよ」

 慰めてくれたつもりなのかなんなのか。笑いながらトールが言った言葉は唐突な上に曖昧すぎて、僕は首を傾げました。



 トールが平気な顔をしているので、ケイナは大丈夫なのでしょう。

 どうしてトールに動ける時間を譲ったのかはわかりませんが、大学に着く頃には心配する気持ちがほとんどなくなっていました。

「いっつも見てたけど、ホントでかいな、ここ」

 はじめて自分の足で構内を歩くトールが隣で呟きます。相手の時間中でも視覚と聴覚は共有できるらしいので、毎日様子を見てはいたのでしょう。

「日本でも上から何番目かのマンモス校らしいですから」

「へぇ。じゃあ、普通はもっと小さいのか」

「そのはずです」

 いつもと同じ姿、同じ声。

 けれどいつもと違うテンション、違う口調で喋るこの人のことを、事情を知らない他の人はどう思うのでしょう。

 僕のその疑問は友樹以外の友人たちが教えてくれました。


「……え? 双子?」

 はじめましてと挨拶をしたトールに、友人たちは一様に驚きました。

 水曜日の一時限目は僕の友人全員がとっている講義で、この三週間、僕と一緒に行動していたケイナのことはもちろん知っています。

 友樹が「すっげぇ美人連れてる」と言いふらしていたようで、初めて会ったときこそケイナに興味津々でしたが、ケイナの性格を知ってからは興味を失ったらしく、ただの友人の友人くらいの扱いになっていました。

 そこにトールがやってきて、友人たちの興味は復活したようです。

「双子、だよな……? 少なくとも兄妹だよな?」

「そんなようなもんだ」

 トールがわずかに残した否定のニュアンスは、ありがたいことに無視してもらえました。

「へぇー。男女の双子でもこんなに似るんだ」

「背格好とかまったくおんなじだよな」

「黙って立ってたら、わかんねぇよ」

 物珍しげにトールを見つめ、盛り上がる友人たちを見て、僕は心の中で今いるのがケイナでないことに感謝しました。ケイナだったら、きっと「当たり前だよ! 体は同じなんだからね!」と、内緒にしておいてほしいことを高らかに叫んでいることでしょう。

「よく言われるよ」なんて当たり障りのない一言で済ますなんて、あの人には無理です。なにしろ、目立たないでください異世界から来たことを気づかれないようにしてくださいと初めに約束しておいたにもかかわらず、大勢の学生がいる教室で堂々と「この世界の人間じゃない」などと言ってくださるお方です。

 その点、トールは必要最低限の気遣いだけは持ち合わせているので、僕は安心して席に座りました。


 最近早めにきていた友樹が来たのは九時ぎりぎりになってから。

「あ……おはようございます」

 昨日までとまったく違うテンションで視線を逸らすように頭を下げました。おそらく、この場にいるのが昨日「この世界の人間じゃない」などと痛い発言をしたケイナだと思ったのでしょう。

「――あんたが友樹か」

 トールが発した声に、座ろうとしていた友樹が動きを止めました。

「ケイナがいつも世話になってるらしいな。ありがとう」

「……え? いや、あの、そんなたいしたことは……」

 戸惑う友樹に、友人の一人が助け舟を出します。

「ケイナさんの双子のお兄さんだってさ」

「……え? 双子? マジ?」

「マジ、マジ」

 本当は違うのですが、僕もトールも訂正はしませんでした。

 トールとケイナは双子の兄妹。

 そう思っていただいただけるなら、それが一番です。わざわざ否定して面倒を増やす必要はありません。トールの頭がかすかに傾いた気がしますが、気づかなかったことにしましょう。どうせ友人たちが勝手にトールを兄扱いしたのが気に入らないのです。

 最低限の気遣いを持ち合わせているトールは、かすかに傾いた頭を静かに戻し、さらに僕を救ってくれる一言を口にしてくれました。

「竜馬とはちょっとした知り合いでな、二人で居候させてもらってるんだ」

 朝言っていた“迷惑をかけたうちの一個”とは、このことなのでしょう。友樹が僕の顔を見て「本当か?」と無言の問いを投げかけてきます。僕はもちろんしっかりと肯定しました。

「なんだ、同棲を始めたわけじゃなかったのか」

 友人たちのつまらなそうな、ほっとしたような声で、僕は誤解が解けたことを確信しました。あとは“ちょっとした知り合い”の中身をどう説明するか、なのですが、悩む必要はありませんでした。

「――で、今日、ケイさんは?」

 ケイナへの想いが冷めたわけではなかったらしく、友樹がすぐにそう訊いてくれたのです。

「あいつは今日休みだ。で、俺が代わりに来た」

「え!? ケイさん、どうかしたのか!?」

「女だからな、色々あるんだろ」

 その一言で、友樹は納得したようです。

「……そうか、大変だな……」

 病気ではなくむしろ健康であるから来るのに体調に異変をきたすという、知識では知っていても自分には決して体験することのできない日だとでも思ったのでしょう。

 それはまったくの誤解なのですが、例によって僕らに訂正する気はありません。是非とも誤解していてください。本当はトールと身体を共有していて、男も女もないらしいのですが。排卵は必要なときにされるという猫のような体質らしいですが――えぇ、黙っておきましょう。

「でもなんで、あんたが来るんだ? 講義の内容を知りたいなら、竜馬に聞けばいいだろう?」

「頼りないんだろ」

 なんだか不名誉なことを言われた気がしますが、黙っておきましょう。沈黙は金です。

「あぁ、なるほど」

 友人が揃って納得していましたが、ここで反論したら負けです。沈黙は金です。金なのです。

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