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異世界人の発言と友人の反応について

 たとえおなかいっぱい夕飯を食べたとしても、昼食まで不要になることはないでしょう。そのくらいは僕もわかっていました。それに関しては、あわよくば、くらいの気持ちでしか考えていません。

 朝食は二割くらい期待しましたが、相手はケイナです。寝たらリセット、なんてことは充分に考えられます。だから期待も二割でした。

 しかし、しかしです。

 夕方六時から飲みに行くのにまさか帰ってきてから夕飯を食べるなんて、いったい誰が想像できるでしょう。この人たちと三週間一緒に暮らして、ケイナが好き勝手食べた分、トールが我慢しているところをさんざん見てきた僕だって予想外です。

「食事に行くのに、どうして家でも食べるんですか」

「外食と内食は別腹だよ!」

 思わず文句を言うと、またしても新しい迷言が飛び出しました。あなたの腹はいったいいくつあるつもりなんですか。実際は一つしかないんですから、太りますよ――って、あぁ、そうでした。トールがその分我慢してるんでした。

 夜の八時からしか動けない同志を想い、憂いていると――


「……えっと……ケイナさんって、竜馬の家に行ったりするんですか……?」

 友樹が色々と複雑な想いの入り混じった質問をしてきました。

(しまった……!)

 顔から血の気がひくのを感じましたが、ケイナはまったく気にしていないようです。

「うん。居候いそうろうさせてもらっているの」

(言わないでください――――――!)

 血の気がさらにひくのを感じながら、僕はこの場を切り抜ける方法を必死で考えました。

 一、ケイナが異世界人だということを話す。

 二、なにかもっともらしい理由を付ける。

 ――って、そのもっともらしい理由が思いつかないんじゃないですか!

「竜馬」

「はい!」

 静かな声に思わず姿勢を正します。

 今の僕は、友人の想い人を部屋に泊めていることを黙っていた最低野郎です。

「ケイナさんは、おまえの彼女でも親戚でもないんだよな?」

 先ほども訊かれた問いに、こくこくと頷きます。

「じゃあ、なんで泊めてるんだ?」

 それは僕が訊きたいです――なんて言えるわけがありません。

 どうしましょう。

 選択肢の一番は、選べるわけがありません。そんなことを知られたら最後、僕の平穏な生活は遥か彼方に消え去ります。

 つまり僕が選べるのは選択肢の二番。なにかもっともらしい理由を、なにかもっともらしい理由を……。

 必死で頭をフル回転させていた、そのときです。


「それは私がこの世界の人間じゃないからだよ!」


 選べるはずのない選択肢の一番を勝手に選んでくれた迷惑なお方がみえました。しかも“こっそりと”ではなく、“高らかに”告げております。

 もちろん、僕はとても慌てました。

 異世界人として政府やら怪しげな研究施設やらもっと怖い人やらに追われるのがケイナたちだけなら問題ありません。彼女たちが元の世界に帰ればいいだけの話ですから。

 しかし、もし僕までその仲間だと思われたら――いえ、そう思われる可能性は大なのです。彼女たちは、もう三週間も僕とともに生活しているのですから。それこそ、説明できるような理由もなく。

(ケイさんの馬鹿……!)

 僕が普通の日本人として大学に通い勉強する日々を諦めかけた、そのときです。

「……えっと…………そういう設定……?」

 戸惑いを隠しきれない友樹の声が聞こえてきました。

「設定じゃないよ! 事実だよ!」

 すぐさまケイナが余計な反応を返していましたが、友樹はとりあえず謝った上で、大海原のような広い心で話に乗ることにしたようです。

「……えっと……ケイさんはどこの世界から来たの?」

「ごめんね。それは答えられないんだ。守秘義務ってやつで」

「あ、そうなの……色々大変だね」

 いつのまにか友樹の口調が幼い子どもに対するようなものに変わっています。

 僕は諸手を上げて喜びたくなりました。異世界人云々の話を友樹がケイナの妄想だとでも思ってくだされば、ケイナが痛い人扱いになるだけで僕の生活は守られるのですから。


「――あ、そういえば今日はバイトが入っているんだった。すみません、ケイさん。飲みに行くのはまた今度ってことで……」

 やや棒読みな友樹の台詞に、ケイナが「えぇー!?」と心底悲しそうな声を出しました。

「本当にすみません。また誘いますので」

 そそくさと友樹が教室から出ていきます。いつもは見送りもしないケイナが立ち上がりながらその背中に向かって叫びました。

「絶対だよー!」

 そして座り直して、僕にこう言います。

「今日の夕飯はいつもより多めにしてね。飲みに行くつもりだったから、おなか空いちゃった」

「……ケイさんが食べ終わったのは五分前です。そもそも飲みに行くなら普通は夕飯を食べません。食費だって馬鹿にならないんです。少しは遠慮してください」

 浮かんだ言葉をすべて吐き出すと、ケイナは一瞬きょとんとしてから、小さく噴き出しました。

「なにがおかしいんですか」

「いや、ごめん。……うん、君は大丈夫そうだね」

 笑いながら不思議な言葉を落とし、さらに左側に向かって「わかってるよ」と小さく呟きます。おそらくなにか言ってきたトールに反応したのでしょうが、なにを言われたかは僕にはわかりません。

 タイミングの悪いことに教授が教室に入ってきてしまい、ケイナが言った“大丈夫”の意味も、トールがなにを言ったのかも、確かめることはできませんでした。


  ◇―◇―◆―◇―◇


 バイトが終わり家に帰ってからトールに訊いてみましたが、「企業秘密だ」と言われました。

「……だから、どこのどんな企業ですか」

「俺達の世界にある、俺達が所属している企業」

「……よくわかりました」

 トールに答える気がないということが。

 僕が諦めたのを悟ったのでしょう。トールが軽く笑いました。

「まぁ、そのうち教えてやるよ。そうだな……あと、一週間ってとこか」

「一週間後に、なにかあるんですか?」

「それもそのときに教えてやる」

 わけのわからない回答で、僕はひとつだけ確信しました。

 少なくともあと一週間、この人たちはここに居座るのでしょう。

「あ、昨日見た映画、続編出てるらしいからよろしくな」

 遠慮などということを一切せず。

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