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学校での振る舞いについて

 翌朝、家にいたのはトールでした。

「ケイは八時まで出てこねぇよ」

 本当にきっちり半日ずつ分け合っているようです。

 でも、夜の八時からと朝の八時からというのは不公平ではないでしょうか。夜の八時から動けるようになっても、開いているお店はそんなにありません。

「俺達の世界ならやってるんだよ。夜しか動けねぇ奴らがゴロゴロしてるからな。空が暗くなったり明るくなったりするだけで、店も学校もなにもかも、一日中開いてる」

 僕の質問に、トールは機嫌の悪い声で答えました。ここはトールたちの世界ではないので、夜の間、暇を持て余していたようです。

「まったく、それがなきゃあ他の世界ってのは面白いんだがな」

 仕方ないのでトールは夜寝て、ケイナの活動時間中に意識を共有していることが多いとか。

「でもそれって、自分の意思では動けないんですよね?」

「ああ。そんでも、やることがなくてぼーっとしてるよりはよっぽど面白い」

 味噌汁をすすりながらの言葉には諦めが滲んでいました。


「……DVDでも借りてきましょうか」

 ふと思いついて口にすると、トールの眉が上がりました。

「DVD?」

「あ、映画とかの記録媒体です。大きな音を出さなければ、夜でも見れますので」

 暇つぶしくらいにはなるんじゃないかと思っての提案でしたが、トールが引っかかったのはそこではありませんでした。

「それは知ってるが……あんた、俺達のこと追い出そうとしてるんじゃなかったか?」

 ――あ。

「…………えっと、今の話、聞かなかったことにしてください」

「もう遅ぇよ」

 トールが楽しそうに笑います。

「丁度よかった。しばらく厄介になる予定だったんだ。DVD、楽しみにしてるぜ」

 さすがにこのときは、空を見上げてしまったことではなく、自分の迂闊さを呪いました。


 とはいえ、同性だからでしょうか。トールはケイナよりも話しやすく、一刻も早く縁を切りたいという気持ちはかなり薄まっていました。だからこそ、迂闊を踏んでしまったわけなのですが。

(……まぁ、他の世界から来たことが知られなければ問題ありませんし……)

 彼らがなにをしに来たのかもわかりませんし、いつまで居座るつもりなのかもわかりませんが、悪い人たちではなさそうです。かなり強引なだけで。

 食費がかかるという問題はありますが、そのあたりは見切り品や安売り食材でなんとかしましょう。


 ――なんて甘いことを考えていたからでしょうか。

「えーっ、トールばっかずるい! 私も朝ごはん食べるぅ!」

 八時に切り替わったケイナが開口一番そう言いました。太りますよと忠告してみましたが、やはり無駄でした。

「大丈夫、だいじょーぶ。私が食べた分、トールが我慢すればいいんだから」

 ダイエットをしない側の魂だということを堂々と宣言され、溜め息しか返せません。ここは諦めて、ご飯と味噌汁を用意いたしましょう。

「いっただっきまーす」

 幸せそうに手を合わせる姿は用意した甲斐があったと思えなくもないですが、やはり二度は勘弁して欲しいものです。明日はトールに我慢してもらうようお願いしましょうか。

 当然のように明日も彼らがいる前提で考えてしまっていたことには、あとで気づきました。


  ◇―◇―◆―◇―◇


「あっ、大学行くの? 私も行くー」

 出掛ける準備をしていたら、なんだか恐ろしい台詞が聞こえてきました。

「……すみません。うちの大学は部外者立入禁止です」

「大丈夫、だいじょーぶ。どうせ全学生を把握している人なんていないよ。バレやしないって」

 残念ながらその通りです。いわゆるマンモス校なので、僕も友人以外の学生はほとんど覚えていません。

「でも、なにしに来るんですか。うちの大学に食品を扱うような学科はありませんよ」

「あ、私が食べものにしか興味ないと思ってるね。ひどいなぁ」

「え? 違うんですか?」

「それはおなかが空いているときだけだよ!」

 なんだか情けない訂正が入りました。いえ、情けないというのは客観的な感想で、本人は堂々としたものです。

「普段は他のことにも興味あるよ。こう見えても勉強は大好きなんだからね!」

 “普段”が彼女の時間のうちの何割を占めているかは知りませんが、そう言って、ケイナは大学についてきました。



 おとなしくしていてください目立たないでください間違っても異世界から来たことを気づかれないようにしてください。

 僕が出した条件を「大丈夫、だいじょーぶ」と流したケイナは、物珍しげにきょろきょろとあたりを見回していました。もうすぐ前期も終わろうとしているこの時期にそんなことをする学生が他にいるわけもなく、目立って仕方ありません。

「すごいねぇ、おっきい建物がいっぱいだよ」

 だから大きな声でそんな感想を述べないでください。皆さんがちらちらとこちらを見ているじゃありませんか。


「……ん? あれ? 竜馬?」


 ちらちらと向けられる視線の中から、聞き慣れた声が聞こえてきました。友人の永岡(ながおか)友樹(ともき)です。

「えっと……誰?」

 集まる視線に臆することなく近づいてきてくれた友人は、控えめにケイナを指差しました。

「はじめましてー。竜馬のお友達ですか? 私、ケイナって言います。ケイって呼んでね」

 ケイナの方はまったく気にする様子もなく、にこにこといつものハイテンションで答えます。その瞬間、友樹はケイナの顔を初めてまともに見たようで、妙に緊張した声で言いました。

「え、っと……僕は、永岡友樹って言います。竜馬くんとはお友達させていただいてます」

 なんでしょう、この口調。友樹の一人称は九割方“俺”で、“僕”と言うことなど滅多にありません。しかも「お友達させていただいてます」って、僕はそんなに立派な人間ではないのですが。

 疑問に思っていたら、首に腕を引っ掛けられ、後ろを向かされました。


「おい。誰だよ、あの美人」

「は?」

 思わず振り返ってケイナを見ました。不思議そうに小首を傾げるその顔は、よくよく見れば確かにきれいな顔立ちをしています。

「えぇっと……」

「彼女か?」

 答えに迷っている間にそう訊かれ、僕は即座に否定しました。

「違うのか? 彼女じゃないのか? 本当だな?」

 首を絞める力が段階的に強くなっていきます。こくこくと必死で頷くと、ようやく友樹は納得したようで、僕を開放してくれました。


 友樹がやや緊張した笑顔でケイナを振り返り、わざとらしいくらいに明るい声を発します。

「見学に来られたんですか? 僕がご案内しますよ」

 なにを考えたのか知りませんが、僕は咄嗟に口を挟みました。案内なんてされたら、どこでケイナの正体がバレるかわかったもんじゃありません。

「案内は僕がするから……」

「いいえ、僕がします。竜馬くんは勉学に忙しいでしょうから」

 さっきからどうして“くん”付けなのでしょう。いつもは呼び捨てなのに。

「せっかくだけど、遠慮するよ。建物には興味ないからね」

 ケイナの言葉に友樹はがっくりと肩を落としました。講義をサボる口実でも欲しかったのでしょうか。不思議に思いながらほっと胸を撫で下ろしていると、ケイナの視線がこちらに向きました。

「それより、一時限目は何時から始まるの?」

「九時からです。――って……うわ、もう行かないとっ」

 時計を見たら、もう五分前になっていました。マンモス校なので敷地の広さも半端ありません。移動時間はぎりぎりです。友樹はべつの講義をとっているため、僕らはそこで別れました。



 勉強が好きというのは本当のようでした。ケイナは僕の教科書を見ながら熱心に教授の話を聞き、無断で忍び込んでいるにもかかわらず、堂々と質問してみせたのです。


「だから目立つことはやめてくださいって……」

 もちろん僕は、講義が終わったあとにケイナに文句を言いました。

「学生が疑問に思ったことを質問するのは当然のことだよ。それで目立つこの世界の方が間違ってる!」

 確かにそれはそうなのかもしれません。しかし、どんなに力説されてもここでは目立つのです。そして僕はケイナに目立って欲しくないのです。間違っていようと、いよまいと。

「……とにかく、次の講義からは黙って聞いているだけにしてください」

「えー」

「だいたい、ケイナさんはここの学生じゃないでしょう」

「それは大丈夫! 竜馬の質問する権利を私が使っているだけだから!」

 なんですかその勝手な言い分は。

「……そんなものを使う許可を出した覚えはありません」

「いいじゃない。余っているんだから」

 教授に質問する権利というのは余るとか余らないとかいうものだったでしょうか。……いえ、そもそも質問する権利ってなんでしょう。

「……とにかく、次の講義からは黙って座っててください」

 頭痛を覚えながら先ほどと同じ言葉を繰り返し、ふと思いついたことを続けてみました。

「守れないなら、昼ごはん買ってあげません」

「え? わかった! 黙ってる!」

 子どもに向けるような脅しでしたが、効果はてきめんでした。ただし、その代わりに――


「……ものを食べながら教科書を読まないでください」

「だって時間が惜しいじゃない」

「あぁっ! ほら、パンくずが落ちたじゃないですか!」

「あっ、本当だ! もったいない!」


 ――などと噛み合わない会話をしながらケイナが行儀の悪いことをし続けた結果、高い教科書にサンドイッチのマヨネーズがつきました。

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