ひらめきの行方について
食事を減らされたくなかったらお昼ごはん用におにぎりを作ってください。
その条件に、ケイナは顔を輝かせて「いいよ!」と答えました。
これで昼ごはん代がかなり浮きます。飲み会代分になるくらいまで続けてもらえば、夕飯のおかずを減らす必要はなくなります。もっと続けてもらえば、その後の家計も助かります。僕が朝早く起きる必要もありません。
なんて素晴らしいアイデア。昼食が毎日おにぎりという少々悲しい状況さえ我慢すれば、その他はいつも通り過ごせるのです。思いついた瞬間、僕は自分で自分を褒めてあげたくなりました。
「あんた、夜から朝にかけているのは俺だってこと、忘れてただろ」
「――あ」
バイトから帰ってきた僕の反応を見て、トールは“やっぱりか”というような溜め息を落としました。
「“あ”じゃねぇよ。米の用意するのも握るのも俺じゃねぇか、まったく」
トールの指摘はまったくそのとおりで、つまり、ケイナははじめからトールにやらせるつもりで「いいよ!」と力いっぱい返事をしたわけです。ケイナのその行動もどうかと思いますが、気づかなかった僕も僕です。
「すみません……」
「まぁ、いいけどさ。ケイの尻拭いをするのは慣れてる」
トールはそう言ってはくれましたが、吐く息が重く、こちらを向いてもくれません。
「あの……お米の用意はともかく、握るのはケイさんにやってもらってもいいんじゃないですか?」
ケイナが表に出てくるのは八時。そこから朝食を食べて出掛ける支度をしても、いつも十数分ほど余裕があります。それだけあれば、おにぎりを作るくらい……と思ったのですが、トールの「やめとけ」という声が聞こえてきました。
「握った端から胃袋に消えていくのがオチだ。かえって食費がかかるぞ」
想像に難くないどころか、言われてみれば他の想像ができません。後半の言葉にぞっとした瞬間、なにかがぶつかってきたかのようにトールの頭が大きく傾きました。
「俺はやらねーよ! 一緒にすんな!」
……ケイナの文句は予想とは違ったようです。
「自分が食べることは否定しないんですか……」
「あいつは自分の性格をわりと正しく理解しているからな」
ちっとも褒めていない褒め言葉とともに、トールが再び溜め息を落としました。
飲み会に行くのはトールなので、トールがおにぎりを作るのは間違っていないような気もしますが、そのおにぎりを食べるのはケイナで、もとはと言えばケイナがこれでもかというくらいに食べるので経済的に困っているわけで、その負担を少しでも軽くするためにおにぎりの提案をしたのですが、でも飲み会が決定打ではあるから……。
考えているうちにわけがわからなくなってきました。そして、考えたところで作ってくれるのはトールだという事実は変わりません。
結局は少しだけトールに“悪いな”と思いながら、おにぎりをいただくことになりました。
「――え? 三つずつなの? 竜馬は少食だから二つでも大丈夫だよ、きっと」
………………あなたはもっと“悪いな”と思ってください。
それと、他の人がたくさんいる教室で、中にいるトールと大声で会話しないでください。