出会いについて
ふと見上げた空の中、屋根の上に人がいました。
風に服をはためかせたその人は、手に身の丈ほどの長い棒を持っています。
さて――
それを見つけてしまったこの僕は、いったいどうすればいいのでしょう。
一、「なにをしてるんですか」と声をかける。
二、「変な人がいます」と通報する。
三、見なかったことにする。
三がいいと思う人――はい。
うん。やっぱり、見なかったことにしましょう。善良な一市民としては一か二を選ぶべきなのかもしれませんが、君子はきっと近寄ったりしないでしょう。
ちょうど信号が変わったこともあり、僕は今見たものを記憶の端に追いやって、自転車のペダルを踏みました。
が――
「ちょっとちょっと、目が合ったのに無視するなんて失礼じゃない?」
なんということでしょう。横断歩道を渡りきったところで、手に長い棒を持った人が僕の目の前に降り立ったではありませんか。
「目が合ったんだから挨拶くらいしようよ、君。人との出会いは大切だよ」
咄嗟に止めてしまった自転車ににじり寄りながら、その人が言います。
「え、いや、その……遠くて目の位置なんてわからなかったので……」
僕は随分と焦っていたのでしょう。
確かに、この人がいたのは横断歩道の向こうにあった駐車場の向こうの建物の屋根の上で、目の位置などわかるわけがありません。
でも、今重要なのは、どう考えてもそこではありません。しかし、目の前の人は「あ」という顔をして、僕に謝ってきました。
「ごめんごめん。こっちの人はあんまり視力がよくないってこと、忘れてたよ」
馴れ馴れしく叩かれる背中に痛みを感じながら、僕は必死で考えました。
“こっち”とは、どちらのことなのでしょう。