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除忌身  作者: Nox
2/3

2-ツクヨ

 体は、見えない。

 顔の左半分だけ、覗き込むように斜めに傾けてカーテンの隙間からこちらを見ている。

 嬉しそうな笑顔で。

 俺たち四人を凝視して。


「おい、智、お前の番だぞ」

「え? あ、うん……パスで」

「だろうなー、こんだけ縛られちゃあな。おら、スペード縛りのキングでどうよ」

「……もったいない気もするけど、いいか。はい」

「うっおジョーカーかよ!? マジかー」


 捨て札の山が流されて、幹也からの仕切り直しになる。

 俺は窓をチラ見してみたが、男の子の顔はもうなくなっていた。

 深夜に窓から覗き込む顔。

 おばけ。幽霊。

 これまでも視線を感じた時にそういう類のモノの視線だったことがないわけじゃない。

 けど、アレだけはっきりと見えるのは初めてだ。

 だからなおさら不気味だったのだけれど、いなくなってくれたのなら良かった。

 俺は内心ホッと胸を撫で下ろしつつ、5のペアカードを処分した。


「んー、ここでペアかー、ペアなんだよなー」


 なにかプランがあるらしい真斗は、手札を見つめて眉根を寄せる。


「悩むのもいいけど、早めにな」

「分かってる、分かってるけどなー」

「悩め悩め、悩んで失敗しろ」

「智くぅん、言ってくれるねぇ? よし、ここはパスだ!」


 と言った瞬間、視線を感じる。

 目を向けると、白い男の子の顔。

 笑顔の男の子の顔が。

 真斗の後ろ。

 二段ベッドの下の段、さらに下。

 床とベッドの間から俺たちを見ていた。


「!」


 思わず声を上げそうになって体が揺れる。


「おんやぁ、なにかミスに気づいたかね智きゅぅん?」

「きゅんってなんだ。じゃあ8ペアで流す」

「あー、幹也くんの手札もだいぶ少ないね。これまずいなぁ」


 誰も気づいていない。

 あるいは、誰も見えていないのかもしれない。

 けど、俺にははっきり見えている。

 ニヤニヤと笑う、男の子の顔。

 その目と目が合う。

 すると、歪む。

 これ以上ないくらいに、嬉しそうに、楽しそうに、不気味に、笑顔が歪む。


 ゾッと背筋に寒気が走った。

 あれは良くないものだ。

 見ているのも良くない。

 まして目と目があったのはかなりまずい。

 そう俺は直感する。


「……わ、悪い」

「ん?」

「俺、もうだいぶ眠いわ。このゲーム終わったら寝るな」

「はぁ~? まだいけるだろー!?」

「悪い」

「え~……まあ、しょうがないか」

「三人でも大貧民できるしな」

「そうだね」

「いや……みんなももうそろそろ寝た方が」

「冗談。1時までは粘るぜ俺は」

「まあ、最後まで起きてるのは俺だけどな」

「ははは……」


 促しては見たものの、三人はまだまだ起きている気満々のようだ。

 少し不安だが、見えている俺と違い見えないのなら問題ないかもしれない。


 結局真斗は一度勝てば必勝のプランを崩せず、その隙に幹也が手札をさばいて大富豪となった。

 そこから座り順の恩恵で俺も貧民で終わったけど、これで抜けるのであまり関係ない。


「それじゃあ、お休み」

「おう、お休みー」


 立ち上がろうとしたところで、また視線を感じる。

 今度は真斗の後ろ、ベッドの奥から男の子の顔がこっちを見ている。

 しかも、ゆっくりとこっちに近づいてきた。


「!」

「? どうした? やっぱもっとゲームするか?」


 動きが固まった俺にのんきな言葉をかける真斗。

 その後ろから顔はスーッと近づいてきて。


「い、いや、寝る、よ」

「そっか。じゃあ」


『オヤスミ』


 顔が、真斗の顔と重なった。

 それと同時に、真斗の顔もあの楽しそうで不気味な笑顔になり、声がなにやら二重に聞こえた……気がした。


「……みんなも、早めに寝なよ」


 どうにか寝ることを勧めて、俺は二段ベッドの下段に潜り込む。


「じゃあ再開するか。大富豪平民大貧民でいいか?」

「お前それだと大貧民スタートになるけどいいのか?」

「そっちのが楽しくない?」

「僕は富豪平民貧民でいいかな……」


 そんなやり取りと。

 なにかの視線を背中に感じながら。

 俺は頑張って目を閉じて寝ようとする。

 どうにも寝られそうにないと思ったけど、意外と疲れていたのか俺はあっさりと睡魔に囚われていった。




 目を覚ましたのは、強烈な視線を感じたからだった。

 これ以上ない、焼いた鉄串で目を貫かれたような、衝撃的なほど強い視線。

 けれど直前まで夢の中にいた俺は視界も意識もはっきりしない。


 ──その表情を認識するまでは。


「……ッ!?」


 見下ろしていた。

 俺を、真上から、あの嬉しそうで楽しそうで不気味で恨みがましい矛盾した笑顔が、俺を見下ろしていた。

 真斗の顔で。

 その表情で。

 俺を見下ろし。

 俺の両腕を掴み。


 俺に真斗の首を締めさせている。


「な……!?」


 俺は慌てて腕を動かそうとするが、出来ない。

 まるで腕枕のまま寝てしまった時のように、両腕が痺れて動かせない。

 さらにがっしりと俺の両腕の肘あたりを掴んだ真斗の腕が、まるで万力のような力で俺の腕を押さえつける。

 そのせいで真斗の首から自分の手を外せない。

 真斗は笑顔のまま、体重をさらにかけ俺の手に首を食い込ませる。

 みるみる赤く染まっていく真斗の顔。


「ちょ……くそ……だ、誰か……!」


 歪む。

 真斗の顔が歪んでいく。

 笑顔のまま。

 苦悶に。

 憤怒に。

 恐怖に。

 表情が歪んでいく。


「やめっ……た、たすっ……!」

『……ぇんぃす………ぇんぃす……』


 真斗は笑顔でなにか呪文のようにつぶやき続けている。

 俺は声をあげようとするのだが、まるで肺が縛り付けられてしまったように動かない。

 空気をうまく吐き出せず、口から漏れる声は掠れた弱々しいものばかり。

 涙目になる俺を見下ろして、笑う。

 真斗の顔で、その内側から、あの白い男の子が嗤っている。

 このままだと、俺が真斗を──


「ぅ──ああああああああああああああッ!!」


 その時爆発したのは、恐怖だったか怒りだったか。

 ともあれ感情に任せたのが幸いしたのか、俺は大声で悲鳴を上げることに成功した。


「……? なんだ、なんか寝ぼけたのか……?」


 隣の二段ベッドの幹也が上体を起こしたのが視界の端に映る。


「みっ、幹也っ……! せっ、せんっ、先生呼んできて……!」

「智? どうした、体調でも悪──!? なにやってんだ、お前ら……?」


 部屋が暗いのと、自分の首を締めさせるという異常な行動に理解が追いつかないのか、幹也が怪訝そうな声を上げる。

 けど、こっちはそれどころじゃない!


「早くっ! 真斗が変になった! 俺じゃこの腕外せないッ!」

「は? いや……えっと……」


 躊躇う幹也。

 けどその間に、真斗の顔が赤から紫色に変わり始め。


「先生! 呼んで!」

「う……お、おう……!」


 慌てて幹也がドアへ駆け寄り開く。

 するとちょうどそこに担任の先生がやってきて。


「お、どうした? 大声があったみたいだが、喧嘩か?」

「せ、先生! こっち!」

「お、おお? なにが──お前ら!? なにしてる!」


 先生は真斗が俺の首を締めていると勘違いしたらしいが、ともかく真斗の体を羽交い締めにすると俺から引き剥がす。

 するとその瞬間。


『……アトスコシ……』


 真斗のようで、真斗のものではない声が聞こえて、表情がスッと真顔に変わる。

 それからぐったりと力が抜けて、ぴくりとも動かず。


「おい、大丈夫か!?」

「せ、先生……ち、違う、首を締められていたの、真斗の方……!」

「は? なに!? おい!?」


 真斗に向き直り、呼吸を確認して──目を見開く先生。

 それから心臓マッサージと人工呼吸が行われるのを目の当たりにしながら。

 視線を感じて窓の外を見ると、あの白い顔の男の子が真顔でこちらを見ていて、ニィ、と笑ってからフッと消えた。

 真斗は先生の応急処置の甲斐あって呼吸を取り戻し、他の先生が呼んでいた救急車に乗せられ病院へと運ばれていった。


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