1-シセン
洋ホラーで表明したのに、あとから思いついた和ホラーが先に出来上がりました。
とまあそんな経緯ですのでいつもの如く思いつくままにな拙作ですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
見ている。
見られている。
俺は大人いわく頭がおかしい子だった。
なぜなら、視線を「感じる」から。
誰かに見られていると、それが分かる。
このことを言うと、両親は俺を病院に連れて行った。
結果は異常なしの健康体。
両親は俺のことを否定するようなことはなかったが、外ではこのこと絶対に言わないようにと躾けた。
そのことを恨んだりというようなことはない。
特別と異常は仲良しだ。
俺は俺が特別であり同時に異常なのであると、その時に学んだ。
だから、ソレに気づいてしまった。
「ん? どうした智」
俺の様子に気づいた真斗が声をかけてくる。
別に隠すことでもないから、素直に答える。
「いや、あそこに誰かいるからさ」
指を差して見せる。
するとその方向へ真斗は視線を動かして。
「え? 誰もいなくね?」
言われて再度視線を向けると、そこには誰もいなかった。
あるのは昼間でも薄暗い竹やぶだけ。
隠れられそうなところがないわけでもない。
俺に指を差されて隠れたのだろうか。
「おいおい大丈夫かよ。あれか、初めての臨海学校で緊張してんのか?」
緊張。
なるほど、緊張しているのかもしれない。
考えてみれば俺が見たのは、俺たちと同じくらいの男の子の顔だ。
視線を感じたのが錯覚で、思い込みのせいで窓ガラスにうっすら映った自分の顔を勘違いした。
考えにくいけど、完全に否定もできない。
「ほら、荷物置いたら集合だぜ」
「分かってるよ」
リュックサックを割り当てられた二段ベッドの上に置いて、中からしおりを取り出す。
同室の幹也と雄大はすでに準備を終えて廊下に出ている。
待たせていると気づいて小走りでドアへと向かって。
「……」
また、視線。
けど俺が振り向くよりも早く真斗がドアを締める。
「よし、じゃあ食堂に行こうぜ」
「……そうだな」
少しだけ視線の主が気になったが、近所の子かもしれないし気にしてもしょうがない。
俺は他の三人と食堂に向かうことにした。
二回目に視線を感じたのは、夕食の時だった。
もちろん視線自体はそれまでにも何回も感じてはいたけれど、それら全てはクラスメイトや先生からのものだった。
けど、今回のは違う。
角度的に食堂の外から、窓ごしに見られている。
視線を向けると、目が合った。
「っ」
思わず息を飲む。
不気味な男の子だった。
まず、全体的に白い。病的と言っても良いくらいに白かった。
そしてその表情。
笑っていた。
楽しそうではある。嬉しそうでもある。
けど、俺の背筋をゾッとさせるのは、まったくと言っていいほど友好的ではなかったことだ。
まるで快楽的殺人犯が次の獲物を選ぶ最中に浮かべているような、そんな狂気を感じさせる笑顔。
「どした? カレー辛かったか?」
俺の正面の席に座る真斗が首を傾げる。
それで俺の隣の幹也、真斗の隣の雄大も俺を見る。
「違う。なんかそこの窓からこっち見てるやつがいるからさ」
「窓から?」
俺以外の三人も窓の方を見る。
しかし男の子はすでにいなくなっていた。
「あの窓か?」
「うん」
「見間違いじゃねぇの?」
幹也が胡散臭そうに言う。
「嘘じゃないって。はっきり見たから」
「マジか? 俺たちをからかったり怖がらせたりしようと言ってるんじゃねぇの?」
「なんでだよ」
「うん……この宿舎、塀とかあるわけじゃないし、近所の子とかかもよ?」
俺の加勢をしてくれる雄大。
しかし幹也も折れない。
「いや、近所の子だとしたっておかしいだろ。怖ぇよ」
「怖い、かな? 近くに同年代の子が来てたら気になるんじゃない?」
「そういう問題じゃなくて……え、お前ら、気づいてないの?」
「なにが?」
幹也は俺と真斗を交互に見るが、俺も真斗もなんのことか分からない。
「……ここ来る時、坂があっただろ? ここ、周囲と比べるとちょっと低いところにあるんだよ。んで、その窓は道路に面した方向だから、こっちからはちょっと高めの位置だけど、外からはかなり低い位置にあるはずなんだよ。つまり、マジでそこから覗き込んでいたってんなら、そいつは外の道路で寝っ転がるような体勢だったってことだぜ」
「……は?」
そんなわけはない。
だって、俺が見た男の子は、ほとんど顔だけしか見えてないが寝ている体勢のようには見えなかった。
そう、肩だ。どんな風に伏せたとしても、寝転んでいる体勢だったなら肩が見えたはずだ。
でも見えたのは顔だけ。
ならつまり、あの男の子は伏せたりせずにこちらを見ていたはずで──
──じゃあ、幹也が嘘をついているのか?
それも、違う気がする。
「なるほどな、確かにそうまでしてこっちを見てたなら怖ぇな。ってことは──」
真斗は顎に手をやりニヤリと笑うと。
「──おばけだな」
「……そだな、夏だしな」
「昔このあたりで水難にあった子供が、賑やかな声に誘われて……」
「そんな事故があった場所に臨海学校先に選ぶか?」
「ワンチャン?」
「ねぇよ」
けらけらと笑う真斗に、仏頂面でカレーを食べる幹也。
「智くん?」
「……見間違い、かな」
不安そうに雄大がこちらを見るので、苦笑いしてそう答える。
もちろん、俺自身は見間違いだと思っていない。
けど幹也の言うことももっともで、これは変な話だ。
だから意地になってややこしくすることもない。
そう思った。
結局、それからは妙な視線を感じることもなく、感じたとしても友人たちや先生のもので、不気味な男の子は見なかった。
俺たちは海水浴や水族館見学、近くのお寺や神社の見学といったスケジュールを順調にこなし、いよいよ帰る最終日。
その夜中。
俺たちは消灯時間が過ぎてもまだ起きていた。
最終日だからこっそり夜更かししよう、という真斗の提案に乗ったためだ。
「ほい、階段縛り」
「……じゃあ追加で黒縛り」
「あー、じゃあパス」
カーテンを少しだけ開いて入ってくる月明かりで大貧民をしていると、なにかいけないことをしているようで妙にワクワクする。
見回りの先生の足音に気を配り、聞こえたらすぐさまトランプを隠して寝ているフリをしたりしていると、スパイ映画の主人公になったような妙な緊張感があるのも楽しい。
だから、俺はすごく後悔した。
視線を感じたこと。
そして。
つい反射的に、視線が送られてくる方へ目を向けてしまったことを。
「……!」
カーテンがおよそ10cmほど開かれた窓。
その中ほど、俺が立ち上がった時の頭の位置とほぼ同じ高さの場所に。
あの白い男の子顔があった。