我輩は魔王である。名前はマーダ=ナイ。
思いつきで書きました。万引きはしないけど、お釣りをちょろまかす小市民化しつつある魔王をお楽しみください。
我輩は魔王である。名前は「マーダ=ナイ」
現在は日本という国で生活をしておる。
元勇者の牙城に君臨しておる。我輩という高貴な存在が近くにおることを咽び泣いて感謝するが良い‼︎フハハハハ‼︎
「ちょっと!静かにしてよ!近所迷惑でしょ!」
我輩が日課の発声をしておると、勇者がエプロン姿で文句をたれに来る。
「すまぬな!ただの日課だ‼︎」
「日課ってなによ!それより、あんまし大きな声出すなって言ってんでしょ?」
「うむ。安普請では、確かに音が響くか…魔王城では、叫ぶ様に話さねば会話も出来なんだのでな。不思議な気分だ」
「やすっ…仕方ないじゃん!私の給料じゃこのレベルが精一杯なの」
団地というのか、アパートというのか、我輩にはよく判らんのだが、とにかく集合住宅の三階に居を構えておる。
「そうカッカするでない勇者よ。別に我輩も不満が有るわけではないのだ」
「何偉そうなこと言ってんの?ただの居候の癖して、不満があった日にはほっぽり出すわよ?」
この女、見かけによらずの女傑であり、愚痴など言おうものなら、本当に外に出されるだろう。
「だから、不満などないと…あ、いや、一つだけある」
「あ?何さ?言ってごらんよ」
言葉では言えといっているが、顔は不機嫌に歪んでおる。
「うむ。では、言わせて貰うが、何故、エプロンの下に服を着ているのだ?」
「は?」
こいつ、何言ってんの?という顔で我輩を凝視する。魔王城ではそんな顔で見られたことなぞなかったので、少し新鮮な気持ちになる。
「いや、エプロンという物は、素肌に直接身につけるのが作法なのではないのか?」
「誰に聞いたの?」
「この本に書いてあるぞ」
我輩とて、人間界の事を勉強するために、色々な文献を蒐集しておるのだ。我ながら、その努力に心が震える。
その内の一冊、「変態紳士大全」を勇者の目の前につきつけてやる。
「ふぁっ‼︎」
初心な小娘の様に、顔を朱に染めた勇者に本をひったくられる。
「あんた‼︎なんてもん持ってんの‼︎ってか、家に隠してんの‼︎」
「これ、勇者よ。大声を出すなと言ったのはお主であろう?」
矛盾した行いを咎めてやる。感謝するがよいぞ。
「そんなこと言ってる場合か‼︎いいから、どっから持って来たの⁈」
うるさい小娘だ。が、住まわせてもらって居る感謝が無くもないので、寛大な我輩は答えてやることにする。
「近くの本屋から購入して来たに決まっておろう?我輩の世界では写真という物は存在せぬしな」
こんなに素晴らしく肌色を残せる技術のある、勇者の世界は掛け値なしで褒めてくかわす。
「いや、え?お金はどうしたの?」
「ふん!くだらんな。日々の買い物の小銭をちょろまかすなぞ、この魔王にとって、造作も無いことよ‼︎」
万引きなんぞという、小悪党の働く様な犯罪に手を染める訳がなかろう。もし、そんな疑いでもしていたなら、恩人であろうと、キツく言ってやらねばならぬ。
「あ、あんた…私のお金でこんなエロ本買って来たっての⁈」
「何を怒る事がある?この様な素晴らしい芸術を堪能することの何が悪い?」
「悪いに決まってんでしょ!人のお金を無駄遣いして!」
「無駄ではないぞ?ちゃんと使用しておる」
「そんな情報いらないのよ!バカ魔王‼︎」
言葉と同時に拳が飛んで来る。本気ではなかった様で、片手で受け止め、
「何に怒っておるのか判らんが、少し冷静になってみてはどうだ?」
「元凶に言われるとすっごいムカつく‼︎ってか、私の攻撃簡単に受け止めんな‼︎」
「理不尽な要求だな。防御せねば、我輩が痛いではないか」
「当たり前でしょ‼︎そうなる様にしてるんだから‼︎」
と、声を荒げたのと同じくして、
『ドン‼︎』
隣の壁が打ち鳴らされる。
「あ、すみませ〜ん。静かにしますぅ〜」
それを聞き、勇者は身を縮こませて謝罪を口にする。
「だから、我輩、注意したではないか?」
「誰の所為だと思ってんのよ」
その様に恨みがましい視線を向けられたところで、我輩にはさっぱり判らんのだが?
「はぁ」
ため息をついて、勇者はゆるゆる首を振り、
「もういいわ。今度からお使いの時は、ちゃんとレシートも持ってくる事!」
「うむ。承知した」
今度からはレシートに乗らない部分でおまけをしてくれる店を探すとしよう。
「それから、今日の魔王のご飯はご飯と味噌汁だけ」
「え?」
「え?じゃない。ちゃんと反省なさい」
勇者はそれだけ言うと、キッチンに戻って行った。
「何故だ‼︎何故こうなった‼︎」
我輩の心からの叫びは、再びの壁からの打撃音で打ち消されることとなる。
因みに、その日の夕食は漬物まで付けてくれた。我輩泣きそう。
夕食の筑前煮と鮭のホイル焼きは勇者が美味しく頂きました。後、例の雑誌は翌日の古新聞回収に出されて、一日魔王は部屋の隅で落ち込んでいたとか。