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第六話


そのうちに「あの日」がやってきました。前の晩からマコちゃんの具合がとても悪く、はあはあと言っていました。私は心配でたまりませんでした。マコちゃんは身体中がくさくなっていました。とくにおしっこをするところが。ぐちゃぐちゃになっていました。とてもかわいそうでした。目の下もまっくろになっていました。私を見ても笑わなくなりました。学校や周りの人には病院へ入院しているといっていましたが、それはうそなのです。

 お医者さんも看護師さんも誰もきません。ママが時々思い出したように何かのクスリをあげていましたけど、そのクスリを飲ませたらマコちゃんは死んだように眠りますが、そのあとキーキーいうのです。歯ギシリして目は大きく見開き、何かとても怖いものを見ているようにおびえます。身体を細かく震わせるのです。

「マコちゃん、だいじょうぶ? 私はここよ」

 マコちゃんは私がもう見えないようで、見えないものに向かって「おおお」とほえたりするのです。私はもうダメだ、どうしたらいいのだろうか、と考えていました。

……日曜日の朝でした。ピンポンという音がしました。私はちょうどキッチンにいてマコちゃんのためのジュースをついでいました。その音で、隅で寝ていたお父さんが、起きました。そして、がくがくと身体をふるわせました。お父さんはママやとなりのお兄ちゃん、そしてたまに見せる大きな身体のおじさんがこわいのです。お父さんはちょっと前にここから逃げようとしたらしく、足の裏がめちゃめちゃにされていました。足の裏の皮がなくて、生の足の裏に直接釘がささっていました。だから杖がないと歩けない状態になっていました。

 でもそのピンポンの音はママでもとなりのお兄ちゃんでも大きなおじさんでもありませんでした。だってこのうちに来る人は、いつでもだまって入ってくるからです。だからこのピンポンという音はめったにききません。だれかきた、というのはわかりますから、私はげんかんのほうへ行こうとしました。ママはそのとき、いませんでした。お父さんが私にむかって「デルナ」とひくい声でいいました。足音がきこえてきました。それから声も。

 ドアのあたりで「ガキは、はいっちゃだめ」という声がしました。となりのお兄ちゃんです。

「マコちゃんとミコちゃんにおかしをもってきたよー!」

 まもるくんのこえでした。私ははっとして、お父さんにかまわず、げんかんのドアを開けました。まもるくんがひとみちゃんと手をつないで立っていました。まもるくんが私を見て、にっこりしました。

「あっ、やっぱりこの部屋だった」 

 隣の受付のお兄ちゃんたちがふりかえって私にいいました。

「知っているコか?」

「うん、私とおなじクラスのひとみちゃんとお兄ちゃんのまもるくんだよ」

「ふうん」

 まもるくんは二人のお兄ちゃんたちを横目で見ながら言いました。渡されたビニール袋の中にはクッキーが入っていました。

「一緒に食べよう。マコちゃんどうしてる?」

 私はお兄ちゃんをちらっと見ました。お兄ちゃんは、くびを横にふりました。私はお兄ちゃんの言いたいことを代わりに言ってあげました。

「あの、ここにはよその子供はきてはいけないの、マコちゃんは、びょうきだから」

 お兄ちゃんたちが私のあとをつぎました。

「だから早く帰りなよ」

 まもるくんは私の方を見ました。

「ねえ、このお兄さん、ミコちゃんのお兄ちゃんなの? となりの人なの?」

 この見張りのお兄ちゃんはいつでもとなりの部屋にいました。となりの部屋から出て来て「がきは入っちゃ、だめ」といったのでそう聞いたのです。私はどういっていいかわからず、困った顔をしてお兄ちゃんをみました。お兄ちゃんは怖い顔をして、まもるくんに言いました。

「えっと俺は、となりにすんでいて、今ママがいないから、ミコちゃんたちを見てあげている」

 するとひとみちゃんが言いました。

「中にいれてもらえないの? おうちの中が見たいな。いぬとかねこはいるの?」

 すると……すると、です。なんと部屋の中からマコちゃんが出てきたのです。赤ちゃんのようにはいはいして、ろうかをはってきたのです。あけはなしの玄関のドアからろうかをはっているマコちゃんを、まもるくんとひとみちゃんが見ました。マコちゃんは、まもるくんやひとみちゃんの声がしたので出てきたのです。ひとみちゃんは大声で言いました。

「あっ、マコちゃんがいる? マコちゃん、ひとみだよ」

 まもるくんは驚いた顔をしています。となりのお兄ちゃんもみました。

「ちィっ」

 おにいちゃんは外からうちのドアをらんぼうにしめようとしました。まもるくんたちにマコちゃんを見せたくなかったからです。まもるくんは私のかおを見ました。

「マコちゃんはここにいるね、入院中じゃないね?」

  お兄ちゃんは、まもるくんのかたに手をおきました。

「マコちゃんは、病院から退院してきたところだ。だからゆっくりねかしてやりな。早くきみも家にかえりなよ」 

 するとひとみちゃんがいいました。

「ねえ、ミコちゃん。マコちゃんは歩けなくなったの? あかちゃんみたいにハイハイしていたね?」

 私はもうがまんできなくて、声を出して泣いてしまいました。

「うっ……そうなの、マコちゃんはびょうきになったの。ひっく……とっても……かわいそうなの!」

 とじられたドアの中からマコちゃんのかぼそい声が聞こえてきます。

「ミコちゃん、ひとみちゃん、まもるくん……。私も学校へ行きたい、いっしょにおべんきょうがしたい、おねがい……私をおいていかないでぇ……」

「マコちゃん」

 まもるくんがドアをあけようとして手をかけました。するとお兄ちゃんが「おっと」とまもるくんの手をほどきました。

「さっさとかえれ」

 まもるくんは目をふせました。そして小さい声で私にいいました。

「ミコちゃん、この人、ほんとのお兄ちゃん? この人たち……だれ?」




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