4.お昼寝がしたい
「祐二! なにやってるの!」
駆け寄った恵美は、とぐろを巻いて眠っている祐二の頭を、ペチッと手のひらで叩いた。祐二は何が起きたかわからない様子で、しょぼしょぼとした目をして首を少しもたげた。
「これはあなたの蛇ですか?」
警備員の一人が警棒の先で祐二を示した。巨大な黒蛇に、警備員たちはどうしたものかと話合っていたところだった。
「ごめんなさい。私のペットです。探していたのです」
「君、困るよ。店内は動物持ち込み禁止だからって、こんな所に大蛇を放し飼いにしてもらっては」
「すみません、本当に、すみませんでした。祐二、さあ、ザックに入って。早く入るのよ!」
起きぬけで状況を理解できない祐二は、恵美に言われるままに、緩慢な動きでのろのろとザックに収まった。恵美は大急ぎで、散らかっている服を拾い集め、それらを祐二と一緒にザックの中にぎゅうぎゅう詰め込んだ。大きな体の祐二と詰め込まれた着替えで、ザックはパンパンに膨れ上がり、口のファスナーがきちんと閉まらない。恵美の額に汗がにじむ。あせればあせるほど、うまく収まってくれない。ザックの奥から隙間なく詰めても、ザックの口は大きく開いてしまっている。警備員たちは黙って見ている。
――もうやだっ!
恵美は、自分の行動のすべてが、複数の視線に追われていることをひしひしと感じ、場つなぎにひきつった愛想笑いを浮かべた。どうなってもいい覚悟で力ずくで祐二の体をぐっと押しこむと、ファスナーを無理やり閉めた。
「おさわがせしてごめんなさい!」
恵美は、驚きあきれる警備員たちに深く頭を下げ、人が取り囲んでいる障害者トイレから出た。
「何? 変質者じゃなくて蛇だって」
「何でそんなのがトイレにいるの」
ざわめく人々の声が耳に入ってくる。トイレから出てきた恵美は、すっかり太ったザックが注目を集めているのに気が付いた。ショッピングセンターへ行くには、ふさわしくない登山用の大きなザック。
恵美は、りんごのような頬になりながら人の輪を破り、全身汗だくでショッピングセンターから逃げ出した。
「祐二のバカ! 何考えてるのよ!」
ぶつぶつと怒りながら、とりあえず、店内から出たものの、どこへ行っていいかわからない。今日は、遊園地は臨時休園。他のショッピングセンターを探す、というのも疲れる。駐車場の端まで来て、恵美は立ち止まった。
「ねえ、どこへ行こうか。あのお店にはもう入れないよ」
「どこでもいい。俺にはこのザックは狭すぎて死にそうだ。とにかく早く出してくれ」
祐二の声は苦しげだ。恵美はすぐに出してやろうかと、周りを見たが、人どおりもそこそこあるのでやめた。
「ごめん、ここでは出してあげられない。どこか人目のないところ、やっぱりトイレか……遊園地の外にあったね。女子トイレでいいなら、遊園地まで戻ろう。がまんしてね」
恵美は遊園地の方向へ向かって歩き出した。遠くに観覧車が見えるので方向を間違うことはない。祐二がザックを揺らしてくる。
「もう限界だ。苦しい、恵美、出してくれ」
ずしりと重いザックが肩に食い込む。恵美が無視しているので、中の祐二が、ザックを食いちぎってでも出ようとして、もそもそ動きだした。
「だって、こんなところでまずいよ。もうちょっとがまんして」
「恵美、だめだ、もうがまんできない、せめて口を少しだけ開けてくれないか。恵美、頼むよ、恵美……息ができない……」
確かにザックには余裕はなかった。空気はほとんどないだろう。無理やり閉めてしまった口。頭を抑え込まれた祐二の、うらめしげな視線が恵美の脳裏をさまよい、申し訳なさが湧きあがる。恵美は眉を下げて、道の隅によりその場でザックをおろした。そして、上着を脱いでザックにすっぽりかぶせると、しゃがみこんで手探りで口のファスナーを開けた。
――つもりだった。ファスナーが妙に滑りが悪く、思いきり引っ張った。
「ウガァァァー! 恵美、痛いって!」
「えっ?」
「おいっ、俺の皮膚がファスナーに噛んでる」
「ごっ、ごめん、上着の下で手探りだから、少しファスナー元に戻すよ」
「やめろ! うろこがはげるじゃないか」
「戻さないと取れないの。ちょっと我慢しなさい」
「わー! 加減しろ。俺は一応生き物だ。痛!」
「ギャーギャーうるさいわね。動くと余計にとれないじゃないのよ」
――数分後。
「ふう……酷い目に遭った。ファスナーに肉をつままれた。おまけに酸欠だ。おまえ、よく家からずっとこんな狭い所に入っていたな。思った以上に息苦しいザックだった。本当に死ぬかと思った」
かけられた上着の下で、ザックから顔を出した祐二は新鮮な空気にふれ、安堵のため息を漏らした。ザックを下ろした場所は、遊園地までのまっすぐな道路沿いの、街路樹が植わっている歩道の片隅だ。おろしたザックがひっくり返らないように支えながら、かがんだ恵美が小声で話しかけた。
「祐二の方が体が大きいもんね。着替えだけこっちの袋へ出すね。祐二と着替えをそのザックに一緒に入れておくのはどう考えても無理だったかも。最初から、着替えだけ買い物した方の袋に入れればよかったんだ。ごめんね。あせってたから……そもそも祐二が、あんなところで昼寝なんかするから大騒ぎになったんだからね。何であんなところで蛇になるのよ。ああいう所には普通、蛇はいないから騒がれるのはあたり前じゃないの」
「人間のままではあのベッドに入らないじゃないか。俺は、ちゃんと見つからないように鍵をかけたのに、何で人が入って来たのかわからない」
「そんなの、決まっているでしょう。いつまでもあのトイレの鍵が閉っていたら、おかしいと思う人だっているよ。鍵が壊れているって、誰かが店の人に言ったんだ。ノックされなかったの?」
「ノック? 知らなかった。とにかく眠くて」
「あそこのトイレを本当に必要としている人もあるのよ」
「誰でも使っていいんだろう? せっかくベッドがあったからちょっと借りた」
「あれは眠るためのベッドじゃなくて、赤ちゃんのおむつを換えるためのベッドだったの」
「そうかもしれないけど、早いもの勝ちだ」
「あぁ……人の常識のない祐二に言っても無駄だった」
「俺は騒ぎを起こすつもりなんかなかった。このところおまえを背負って歩いてばかりだろう? ちょっとばかり疲れていたから寝たかっただけだ」
「そっか……ごめん、祐二ばっかりに歩かせて、重い目をさせてたもんね。もういいよ。あたしも悪かった。怒る気失くした。祐二をゆっくり休ませてあげられる場所、どこか探すね」
恵美は周りを見回した。ずっと遠くに目に入ったラブホテルが目に入ったが、残金が千円以下なので利用できそうにない。その辺りの公園のベンチでも、と思ったが、まだ三月末ということもあり、肌寒く、外でお昼寝というわけにはいかなかった。
「ようし、それなら……だめもとで頼んでみよう」
恵美は、口の開いたザックに上着をかけた状態で背負うと、また遊園地へ向かって歩き出した。
「まったく今日はついていない」
ザックの祐二がぼやく声が聞こえた。
「それはあたしのセリフでしょう。だってさ、不審者だの、変質者だのって……変質者って何よ。そんな大騒動の中、気持ちよさそうに昼寝して。顔から火が出るほど恥ずかしかったんだからね」
「……」
しょぼん……祐二のへこむ音が聞こえたような気がした。