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2.祐二、冷や汗をかく

 翌日も恵美入りザックを背負い、遊園地の職員用の出入り口から入った祐二は、トイレの個室にこもり、恵美と交代した。恵美が酒甕かめの臭いに耐えられないので、今日の蛇役は祐二、恵美が客寄せと決めたのだ。

 恵美はザックから出て人の姿になり、ザックに一緒に詰め込んできた長そでTシャツに、ひざの抜けたジーンズに着替えると、園の黄色いジャンバーをはおった。このジーンズもごみから拾ったもので、少々薄汚いが、他に服はない。

 きつめのジーンズの下には何もはいていない気持ち悪い感覚に耐えながら、恵美は祐二入りザックを背負ってトイレの個室から出ようとして、あっ、と立ち止まった。トイレの鍵を開けるのをためらう。

「ちょっと待った。祐二、ねえ、ここって……もしかして男子トイレじゃないの?」

「たぶんそうだろうな」

「たぶんって……どうやって出ろって言うの! あたしは一応女なの。こんな男子トイレから出るのはやだよ」

「誰もいないうちにさっと出ればいいじゃないか」

「うええー……」

「それならずっとここでこうしているのか? 早くしないと、客が来てしまう。また俺が客寄せやってもいいけどさ、おまえ、酔っ払うなよ。やっぱりおまえが蛇役にするか? 俺はどっちでもいい」

「いいよ、今日は祐二が蛇役で。祐二ばっかりに客寄せやらせるの悪いもん。あたし、変な目で見られてもいいから、ここから出るね。今なら――」

 祐二の入った重いザックを背負い、決死で男子トイレからの脱出しようと、トイレの鍵を開けようとしたその時――

(やだっ、誰か来た!)

 早足の靴音に、恵美は、はずしかけたトイレの鍵から手を離した。いきなり恵美のいる個室の扉がたたかれ、あわててノックを返す。

(ちょっとぉ……隣の個室、空いているはずなのに、何で人のいる場所にわざに来るのぉ……)

「すみません、警察です。今、この園内に爆弾をしかけたと脅迫がありまして、調査しておりますので、大急ぎで出てください。遊園地は本日は休園に決まりました」

「……はい、わかりました」

 恵美は顔をしかめながら、できるだけ低い声で返事をした。警官は隣の個室を調べ、恵美の出てくるのを待っているようだ。恵美は、ザックの口を開けて、ひそひそと祐二に耳打ちした。

「祐二、代わって。あたしこれでは出られない」

「仕方ないな。今日はついてない。休園になるなら今日は稼ぎなしか」

 恵美は祐二と交代してザックに収まり、人の姿になった祐二が個室から出た。そこにいた強面の中年の警官は祐二の背負っていた大きなザックに目を止めた。

「君、ちょっと待って。その中身見せてもらえる?」

「どうぞ……」

 祐二は背からザックを下ろし、ゆっくりと口を開くと、蛇姿の恵美がにゅっと頭を出した。

「おわあぁぁぁ!」

 悲鳴をあげた警官は、尻もちをつき、首を延ばす白蛇の恵美から逃れるように尻であとずさった。朝一番のトイレはまだ清掃が終わったばかりでタイルは濡れている。警官は思いきり尻を湿らすこととなってしまった。

「おまわりさん、大丈夫ですか?」

 警官は、祐二が笑いを噛み殺して見下ろしているのに気が付き慌てて立ちあがった。警官の太い眉がつり上がっている。

「君! いたずらにもほどがある。君が警察官を脅かすために、爆弾をしかけたといたずら電話したのか?」

「ち、違いますよ……」

 祐二はこみ上げる笑いを喉に押し込めたが、おもしろすぎて声が震えていた。警官は不快そうに口元をゆがめ、わざとらしく眉間にしわを寄せ、祐二をにらみつけた。

「この蛇はなんだ? どうして遊園地にこんな物を持ちこんだんだ。ちょっと署まで来てもらおうか」

「これは商売道具です。園内でスネークショーをやっているんです。この園の事務所にきちんと許可をもらっています」

「それなら、その蛇の下には何が入っている。爆弾じゃないだろうな。調べるから蛇を出せ」

「着替えが入っているだけですけど、確かめたいならどうぞ」

 警官はザックに近寄ろうとしない。

「あの、どうぞ」

 祐二がうながすと、警官は小さく頭を横に振った。

「……飼い主の君が、その蛇を出してくれ……」

「おまわりさん、蛇が怖いんだね」

「い、い、いや、そんなことはない。警察官に怖いものなど――」

「怖くないんだね。それなら、恵美、出てきて甘えてやれよ」

 恵美は鎌首をもたげ、ザックから身を伸ばして出ると、警官の足首に首をからませ、あっと言う間に体を登って、首に巻きついてしまった。

「う……あぁ……」

 警官の顔は真っ青になり、わななく唇から言葉にならないうめき声が漏れた。

「おまわりさん、かわいい子でしょう。この子、恵美ちゃんって言うんですよ。世にも珍しい巨大白蛇。恵美、おまわりさん大喜びしてるよ。サービスしてやれ」

 恵美はチロチロと舌を出し、警官の首周りから耳元をこそぐった。

「ぎゃあぁぁぁぁ! やめてくれぇ! ひぇぇぇ! あっ……ぁ……」

「あはっは……おまわりさん、やっぱり蛇が怖いんだね? さっき怖くないって無理してただろう? 死にそうな顔してる」

「ぐわぁぁぁ! 離してくれ! やめろ! やめてくれと言っているじゃないか」

「おいで、恵美」

 祐二はくすくす笑いながら恵美を自分の体に移らせた。恵美を首に巻きつけて、戯れている祐二。警官は息を切らし、こめかみから汗をたらしながら、そんな祐二をさきほどよりも強くにらみつけた。

「逮捕してやる! 公務執行妨害だ。爆弾を探す任務を邪魔したな」

 カンカンに怒っている警官に、祐二は涼しい顔だった。

「俺は恵美を出してやっただけだ。あなたが出せって言ったくせに。ザックの中身が見たいなら、早く調べろよ。もちろんそれには爆弾なんか入っていない。本当にどこかに爆弾が仕掛けられていたらどうするんだよ。爆弾は俺も怖いから、さっさと園外へ逃げたい」

 警察官は恵美の出たザックを調べ終わると、大汗をかいた顔のまま、一応、住所と名前を尋ねた。祐二は、住所は北海道の恵美の実家を、名前は『矢内恵美』と、恵美の本名を名乗った。『森神祐二』の名でもよかったが、死んだ人間の名を使っていることがばれると面倒だと思ったのでそうした。警察官は、その名に、ん? と眉を動かした。

「えみ? それはこの蛇の名だと君がさっき言ったじゃないか」

「この子、かわいいんで、自分の名をつけたんです。なあ、そうだよなあ、恵美ちゃん……」

 祐二は首に巻いている恵美の体を大切そうになでた。

「君はもしかして女性か?」

「いや、れっきとした大人の男ですよ。男の証、見ますか?」

 祐二は、にぃっ、と笑ってズボンのボタンをはずしかけた。

「もういい。園外へ出てくれ。まだこの園の安全は確認されていない」

 そこへ警官の悲鳴を聞きつけた複数の他の警官が走って来た。

「どうした、何か悲鳴がこの辺で聞こえたぞ」

「いや、悲鳴は……それが原因だ」

 腰を抜かした警官は、そう言いながら、尻もちでよごれてしまったズボンを見せまいとさりげなく尻を壁に向けた。入ってきた人々の目に入った白い巨大蛇。祐二は得意げに体に恵美をからませていた。

「おお、白い蛇? でかいな」

「スネークショーに使うやつらしい。まだ爆発物は発見されていない。ここは何もなかった。他を当たろう。君はもう行っていい」


 警官から解放された祐二は、園外へ出ようと出口へ向かって歩いていた。ザックにしまってある恵美が話しかけてくる。

「ねえ、祐二、あのおまわりさん、ちょっとかわいそうだったね」

「まあ、いいよ。俺だって冷や汗かいた。おまえの名を使うのはちょっと無理があったな。やっぱり今度から『森神祐二』にしよう。その名の入ったザックをじろじろ見ていたな」

「冷や汗って、おまわりさんを驚かせて楽しそうだったじゃない。笑いをこらえすぎて、汗が出たってことでしょう? そんなの冷や汗とは言わないよ」

「いやさ、その……もし……本当に男を見せろってあの時、言われたらさぁ……パンツのゴムに元気がないのがばれちまうだろう? だから、冷や汗だよ、冷や汗!」

「パンツのゴムって……きのうの帰り、脱ぎ捨てたやつ?」

「そうだよ」

「えーっ、なんでそんなの、またあれをはいたのぉ?」

「人間としての身だしなみに、パンツはつけないとダメかなと。あれしか持ってないし……」

「……そっか……確かにそれは冷や汗だね。ズボンを脱いだら、いきなりのびて落ちかけのパンツ。それ、結構怖いよ……」




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